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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇序章【生き、逝き、行く】
14/79

序章【用語解説】


用語集・五十音




 ◇◇◇



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◆あまやどり【雨宿里】


 シンタニタイの地、チィカバの町にある宿。

 町が村だった頃より営みをしている、町で最も歴史ある老舗である。

 かつては町一の賑わいを誇ったが、時代の流れに押されて既に過去の栄華は見る影も無い。

 本来の母屋だった場所は、今や別の宿に取って代わられており。元々は離れだった建物で細々とした営みを続けている。




 ◇◇◇



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◆イディオヌのたみ【獣合/獸合の民】


 鳥獣(ちょうじゅう)の特徴を身体に持つという、人であり人外の種族の事(※解説として『イディオヌ』とは古い言葉であり、文法や語彙での明確な体形が風化しており。一個体のみに対して限定して用いられる場合や亜人類(あじんるい)的な特徴全般を指す意味合いもあるので、一括りにイディオヌといっても定義が曖昧)である。

 たんに人よりも耳が長い、犬歯が尖っているといった者など。周囲の他者と身体的特徴の差異が大きい相手に対しても『イディオヌの如き』などと呼称される場合が多々あるが、やはりそこは定義が曖昧。しかしその呼称に蔑視的(べっしてき)な差別や偏見の意を含める事はあってはならない人の軌範だ。

 彼らの起源の一切が不明だが、一説には『元々人類と同じ存在であったが、何かしらの要因により種として枝分かれした亜人類種』とも『人間の先祖返りが種として定着したもの』とも(※なお人類との交雑が可能な程度には種として近縁と)される。

 神学では『神に、獣に近い姿へ貶められた咎人』または『愚かな人の身を見限り、半獣と成りて自然の中に回帰する事を選択した聖人達の末裔』などと複数の相対的な解釈(かいしゃく)がなされる。

 此土の何処かに獣合の民だけの國があるとも噂されるが、真偽は不明。人類との個体数の比率も不明であり。土地や國々によって地位や立場や権利が異なるが、イディオヌの民はある程度成熟した個体ならば、人間の大人が数人程度では手がつけられない程の力(※各々の鳥獣の特徴により、人類よりも特化した腕力等)を持つことと、元々彼らが種としては積極的に人と関わらない気性だという理由もあり、殆どの場所では不干渉が定石となっている。

 もしも彼らと関わらなければならない場面があるとしたら、向こうが比較的に温厚で慎み深い気性だからといって傲るべからず。彼らを蔑んだり愚弄し、横暴な振る舞いすることは愚かであると同時に命知らずでもあり。さながら、度胸試しで猛獣の尾っぽを踏みに行くが如し。不用意な禍因を作りたくないのならば、誠意を欠いた気安い態度や行動で接する事も憚るべきだろう。




 ◇◇◇



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◆イヌモノ【穢】


 此土(しど)に存在し遍在した、生きて逝った、全ての命の残滓(ざんし)。曰く『何処かへと()ぬもの』の意。

 目に見えず触れる事もできないが、どこにでも遍在する“何かだったもの”の“大いなる流れ”の一要素であるのだとされ。植物等からはほぼ発生せず。とりわけて本能的、感情的、思念的に強い在り方をする生命の遺した“意”の残滓が“その存在”として留まりやすいと語られている。

 (イヌモノ)は“大いなる流れ”の奔流(ほんりゅう)に乗って此土を(めぐ)り、いつしか命の揺籃(ようらん)に抱かれ、希釈(きしゃく)され浄化される程度のもの。基本的に無害で、普段は意識する必要もないものだが、神学では『此土(しど)にはなくてはならない要素の一つでもある』と信じられており。

 この(イヌモノ)の本質は『生きとし生けるもの全ての想いや願い、所謂(いわゆる)想念(そうねん)”のようなものの“循環(じゅんかん)機関(きかん)”であり。此土(しど)が己の上に繁栄(はんえい)する生命達の“命の声”を汲み取る指針(ししん)』なのだとされる。

 多く【穢】と表記される所以は、(イヌモノ)が万人にとって、生者にとって。いずれ何処かに去ってしまうのだとしても“残滓”として世に遺されてしまったというのならば。流れの滞った水が汚れてしまうように。ともすれば、その“モノ”は『不浄であり、濁りであり、澱みであり。即ちケガレである。一度(ひとたび)よくない形で歪み結び付けば、生者を呪う厄たる禍遣(マガツ)にも転じてしまうのではないか?』という古来よりの(おそ)れからきた借字(しゃくじ)である。

 土地によって微妙に色(※色彩ではなく存在、在り方の比喩)が異なり、住み慣れた地から遠方にムリな旅をしたりすると、突然の慣れぬ地の(イヌモノ)にあてられて穢不慣(イヌモノミシリ)という病にかかる者が稀にいる。




 ◇◇◇



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◆ウゾティケクパ【系統樹】


 彼の命の苗木。その通称。

 一般的な神学では、此土の創世より生きとし生けるものの辿って来た“系統”という“大いなる流れ”の“根源”が生命一つ一つに無意識下に信仰され神格のようなものを獲得したことで、神世(かみのよ)概念的(がいねんてき)位相(いそう)の世で樹木の形をとったものと定義されている。

 此処始導至集(しどしどうししゅう)にも直接的な描写は少ないが、存在を暗示されるような形では多く登場する。それ即ち『系統樹こそが此土の繁栄を量る拠り所であり、彼ノ者達が見守り、育て、導いていた秩序の(かなめ)であったのだろう』と謳われており。

 諸説(しょせつ)あるが、“終末”や“此土の終わり”を意味する古い言葉の【タチガレ】の語源はここから来ているのではないかとされる。

 系統樹の存在自体はあくまでも概念的なものであり、質量や実態を伴わず。そもそも地上には存在しないとされるが。その在り方の全てが“此土の命の繁栄”に依存する以上、命との繋がりは絶対的なものであり、樹の影は此土のどこかに非常に不安定ながらもいくつか存在しているのだという。

 



 ◇◇◇



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◆えだ/エムシ(エミシ)(エムシェ)【枝(枝刃)】

(※ここでは植物のモノでなく、統巫の所持している“枝”の説明を記載する)


 統巫の所持する脇差しや小刀状の物の総称。

 所持する統巫によって、その形状や色彩に差異があり。人工の刀剣では再現不可能な、他の物質と物理的に不可解な相互作用を起こす(やいば)と、見る角度により変化する万華鏡の如き刃文(はもん)を持つのが特徴とされる。柄には統巫各々の紋様(もんよう)があしらわれており、美しい装飾がなされている。

 彼女ら統巫の羽衣(ユリカゴ)同様に人類にとっては謎が多い代物。記録が残っているある統巫の弁によると、統巫が力を行使する際にその力を(たまわ)る為の“鍵”や“媒体(ばいたい)”と称す。または神々との(えにし)とも。

 意図して造り出される物ではなく。統巫が統巫として産まれながらに所持している身体の一部のような物らしい(※詳しい真偽は不明ではあるが)。

 所持する統巫によっては、人間(※参考。より詳しく言うと、その統巫以外の存在)が触れると非常に危険な代物であるともされ。語られる話の一つでは、統巫が落とした枝を拾おうとしただけで『全身が突如として上がった(ほむら)に包まれ、危うく死にかけた』との逸話がある。

 有名な『統巫の枝に触る』という言葉の比喩は、その者にとって『過ぎたモノに安易に触れれば身を滅ぼす』という故事から派生した言葉である。古い言葉では“枝刃(エムシ)”或いは(エミシ)(エムシェ)とも呼ばれ、統巫達は主にこちらの呼び方をするという。

 統巫が何らかの事象により自らの(エムシ)を損壊、及び失ってしまうという事は、それは統巫として不能となってしまう事と同義とされる。だが、それは一時的なものであり。必ずしも(エムシ)の復元をすることや取り戻す事が叶わないという事ではないらしく。また、必要に応じて相性の良い別の統巫の(エムシ)を借り受けるという手段も存在するらしい。

 また、役目を終えた統巫(※統巫に世代交代が存在するという根拠となりうる)が形見として遺していったとされる(エムシ)の存在が確認されており。そういった(エムシ)は元々の性質から変容していると語られていて。贈られた主のみならず、その一族の血を長く守護し繁栄させる(※統巫の手を離れた(エムシ)は、徐々に刃文がくすみ、錆つき、崩れてしまうらしく。それまでの間は)加護を持っているとされる。

 当然の事だが、統巫から(エムシ)を奪おうとする行為は冒してはならぬ禁忌であり。その行為にどのような大義を掲げたところで、或いは、己の無知を免罪符としようとも。畏れ多い行為の代償として、己が身を滅ぼす愚行となるに違いない。




 ◇◇◇



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◆かのもの【彼ノ者】


 神、神々。信仰される者。畏怖(いふ)される者。

大衆(たいしゅう)万人(ばんにん)に認知される、それらに(じゅん)ずる(とうと)き存在全般の呼び習わしであり。人知が及ばぬ、彼の先の者。故事集である此土始導至集などで謳われる存在達のことを指す。

 彼の何処(いずこ)より顕現(けんげん)したのか、はたまた世の始りとともに産まれ出たのかは何処にも語られておらず。創世(そうせい)されて間もない此土に降り立ち、(ことわり)と秩序を(さだ)め、万物の運行と繁栄(はんえい)を促した尊き者達。




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◆コムイセポ【毛毬兎】


 毛に包まれた毬玉のような姿をした兎。実際の体躯は細くしなやかであるが、それを覆うように油分を含む多量の縮れた毛が生えている。天敵との遭遇時に危害を受けた際、強い外的刺激等により、表皮ごと毛塊を身体から切り放し囮とする。

 夏の始まりと秋の終わりに換毛期があり。比較的楕円形となり毛量が少ない夏毛と、完全に四つ足と長耳が生えた毛毬の見た目となる冬毛とを交互に繰り返す。夏毛の際は『コムイセポ』と、冬毛の際は『コムコムイセポ』と呼び分けられており。毛織物として使用される抜けた毛にも夏と冬では含有油分や繊維の太さといった質に違いがある為に区別される。

 刷り込みや餌付けでは懐いたりはせず。一定期の間に近距離で過ごしていても己に対し危害を加えてこなかった動く存在達の匂いを覚えて群れの仲間であると認識する。一度群れであると認識すると、認識した群れから離れようとはせず。追従し付いて回るようになるが、暫くその群れでまともな餌がありつけないと興味を失くしたように去ってしまう。




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◆コムコムイセポ【毛毬兎】


 上記、コムイセポの冬毛の際の呼称。

冬場は毛皮の他に、食肉としても重宝される。




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◆けいとうどうふ【系統導巫】


 統巫の一柱。役は『此土に(あまね)く命の系統を導く』統巫とされる。詳しい性質は不明。

 具体的に『命の系統』とは、どのようなものかは不明(※参考。一説には、生命系統、生態系の調和、安定。及び、天命や自然界の摂理から外れた悪しき命を清算するのが役目だとも)。

 語られる系統導巫の特徴としては、特定の場所(※参考。シンタニタイの地にあるチィカバという町から山二つ三つ離れた場所)を自身の領域として認識し、その座につき留まり。殆どその領域から外を出歩くような事をしないという(※それは自らの力が、むやみやたらと世に影響を与えてしまう事を避けているのだと謳われる)のと、金と銀の髪と眼をした、美しくも人ならざる身体的特徴を持つ女性だという二つのみ。




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◆しじゅう【使従】


 上記、系統導巫の従者のような者(※?)。ここでは統巫が稀に引き連れている眷族の一種として扱う。系統導巫には代々彼女だけに仕えているという一族の存在が確認されていて、その一族の人間を指すのではないかとも考えられるが詳しくは不明。




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◆しど【此土/此ノ土】


 この世の事。この世界。この大地。

広域で彼土の対義語として使う。




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◆しどしどうししゅう【此土始導至集】


 現存する中で最古の故事集。

 作者は何者か。いつ頃に、何処で詠まれた(※或いは書かれた、彫られた)ものなのか。なぜ広範囲の各地で同じ銘を与えられ、現代まで語り継がれて残ったのかなど、その一切が不明。

 形体としては口承での他に、紙や木札に綴られたものや、果ては壁画や岩に彫られたものまである。全てに【始導(しどう)至承(ししょう)】と銘が刻まれており、それが呼び名の元となっている。

 内容を紐解けば『まだ此土に統巫ではなく彼ノ者“神々”達が明確な形を保って過ごしていたという“悠久なる過去”』創世期の世を舞台とした幾つもの譚(※実は伝承形体の多様さにより、総数が不明である)の集まり。

 近年の研究では、現代の神学と本流を同じにするものか、あるいはその雛形ではないかとの説が有力視され解明が進められている。

 だが、皮肉な事に“神学から派生して新約”した凡神学では『眉唾ものの馬鹿げた譚』として扱われる事が多い(※参考。最古の故事集にしては“そこに矛盾”や“ちぐはぐな印象”を受ける者も多く。書き手の深い知性と、現代でも通用する文飾や巧みな文流の表現等がやや時代錯誤であるのは確かであり。その他にも、いったい何者の視点で語られている譚なのかが不明であったり。これから此土におこる出来事への独白ともとれる奇妙な記述があったりと不可解な部分も多い)(※ただし、実際にその『馬鹿げた譚』として扱われる理由の大半は、この譚には人類にとって必ずしも都合が良い事ばかりが綴られているわけではない為。また、超自然的な現象や存在を否定する凡神学の教義に反している故である)。




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◆シンタニタイ


 地名。シンタニタイの地。

 テイネシヌイナの地から南方に位置し、トイヨンノッカの地より北東に位置する。

 全体の六割を占める山岳部と、いくつかの台地と扇状地(せんじょうち)からなる土地。

 比較的に豊かで肥沃な土地ではあるが、その反面で『一部不安定な気候』『山々が多く交通が不便』といった地理的な特徴を含有している。

 また元来の土地の形成過程に所以するものか、北方の山岳部から南方の扇状地に行くにしたがって地盤が緩くなり。山岳部から流れる河川が台地でいくつにも分かれ、多くの支流が扇状地に巡っている。そういった特徴が相俟って、一度(ひとたび)大雨でも降れば様々な災害に見舞われる危険性を孕んでおり。古くから、住まう者や通過する者にとって災害と隣り合わせの過酷な地として名が語られた。

 通じて(ひな)の土地として扱われている。

 古い言葉で『揺籃の御森』といった意味合いの名前であるとされている。




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◆たちがれ【タチガレ/立ち彼】


 此土の避けられぬ終わりの時。

始まったものがいずれ(いた)(さだめ)。終末。




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◆チィカバのわさびまんじゅう【山葵饅頭】


 シンタニタイの地、チィカバという町の名物。

 名前の通り、山葵(わさび)の入った饅頭(※山葵の他にも、紫蘇(シソ)、ドクダミ、その他複数の香草を塩麹(しおこうじ)と酒粕で混ぜ合わせたものを練り。小豆(あずき)及び澱粉(でんぷん)(あん)に、隠し味で醤油と味噌を加えて。厚めの生地で包んで蒸かす伝統の製法の饅頭)である。

 その独特な風味で好みがわかれるものの。クサみじたいは少なく。口当たりは良く、さっぱりとした後味が引き立つ(オツ)逸品(いっぴん)。甘過ぎず意外と酒の(さかな)にもなると評判。

 焼き印の無いものは販売を認可されておらず。粗悪品は材料の配合比率が悪く。伝統の製法なぞ知らぬ輩が(こしら)える為に香草などの下処理も不十分である為に、とてもじゃないが食べられたものではない。注意されたし。

 また【度胸試し山葵饅頭(公式)】なる毒々しい包装がされた怪しげな饅頭もあるが。こちらは正規の品。包まれた幾つかの山葵饅頭の中に、山葵の代わりにニュウクサ(※灰汁を抜かないと凄く苦い草)を餡に練り込んだ饅頭が、必ず一個以上は故意に混入されており。まさに食べようとするのは度胸試しの隠れた名物饅頭である。




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◆トウフ【統巫/~統導巫とも】


 此土で最も彼ノ者、神々に近い存在。

其は畏れ多き、敬うべきもの。この憂き世たる此ノ土を成り立たせる万因(ようそ)の統括者。それ即ち此土を神々の代行として統べ導く(もの)。伝承や信仰に紐付けられ、(いにしえ)より(うた)われてきた存在達。

 神々の依代、神々の代行者、または統巫自身が現人神(あらひとがみ)(※人の姿で此土に現れた神のこと)であるとも語られ、前述の通りに様々な土地や國々で畏敬(いけい)の念を抱かれている尊き存在達。

 此土に一体幾柱の統巫が存在し、どのようにして世代交代をするのか、そもそもの前提で人類と同じ命の在り方をしているのか?(※彼女達にも血が通い、死や個の終わりという概念こそ有るようだが)定命を持つ純粋な生物なのかさえ不明なのが人類の大衆的認識の限界である(※解説。秘匿とまではされてはいないようだが、その存在や御力が悪意ある形で利用されないようする為にか。彼女達は、人類への不必要な知識の伝達。及び過度な干渉を憚っているきらいがある)。

 共通の特徴として、統巫は必ず美しい女性ないし少女の姿をとっており。【ユリカゴ】と呼ばれる羽衣状の物を身に纏い、【(エムシ)】と呼ばれる小刀状の力を行使する為の媒体(ばいたい)とされる物を(たずさ)えている。

 また法則的に、統巫は完全な人と同じ姿をしてはおらず。獣合(イディオヌ)の民のように、決まって身体のどこかに人ならざる特徴を持つ。それは人と統巫の線引きであり、人との境を明確にする為であるとされており。その統巫ごとの、己が統べる万物の柱を司っていた彼ノ者達の姿を写した人外の特徴を身体に持っているのだと謳われている。

 携える(エムシ)のひと振りで超自然的な具象を引き起こし。人智を越えた巫術、御技(みわざ)を操り。身に纏う羽衣(ユリカゴ)は絶対堅牢の障壁。神の如き存在にして、ただそこに居るだけで何かしらの恩恵を人々や此土にもたらしていると伝えられる。が、殆どの統巫にとっては、人と自ら達はあくまでも対等な存在であるとの認識のようである。

 そんな統巫だが、一面としてやはり人々に畏れを抱かせる部分は多く。その姿こそ万人の精神に魅了の感情を抱かせるものの、同時に本能的な畏怖の念に襲われ(※統巫の立ち振舞いにもより、感じ方に個人差もある)。前述の超自然的な御技を操るのは元より。どのような場合でも、決して彼女達の『人格や在り方を冒す事』は有ってはならない“禁忌”とされ。もしも、無知や愚か故にその禁忌を破れば恐ろしい天災が降り掛かると伝わり、人はそれを畏れる。

 更に、彼女達の身を害する事は禁忌中の禁忌であり。万が一にでも統巫がその命を失うような事象が発生すると、その統巫が統べ司っていた一柱にして万物の一要素たる(かなめ)が欠落し、世界に【タチガレ】を招くとの伝説がある。事実、統巫の強大な力を手中に収めようとして、交わした契約の裏をかく事でその御身を屈伏させ、傷付け。末に“殺害”までしてしまったという大國が、天災としか思えない事態によって数日の内に消滅したとの話はあまりに有名である(※殺害された筈の統巫が、消滅した國から生き延びた民達の前に現れて、事の顛末を語り“それ”を戒めとするように告げていった。とされる記録があり。本当に統巫の身に“死”の概念が有るのかさえ疑われる)からだ。

 近年広まりつつある“凡神学”という教義は『神や禍淵のみならず。統巫も含めた超自然的な現象や神秘、奇跡や定めといったものは、人類の進歩と繁栄を阻害する“悪しきもの”にして“まやかし”である。古き因習を否定し、人は人みずからの足で歩んでゆくべき』というものであり。凡神学の教えが強く浸透した地域では、統巫の実在そのものが強く否定され、彼女達に纏わる事象の一切に緘口令が敷かれているという。




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◆ひど【彼土】


 違う世界。彼方(かなた)の場所。認知(にんち)の及ばない、ここではない遠い場所の意。

 或いは命の死後、命だったものが招かれ、大いなる流れに乗って辿り着くとされる久遠無窮(くおんむきゅう)楽土(らくど)の比喩としても使う。




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◆マガフチ【禍淵/魔淵】


 厄災の如きもの。大いなる流れの(ひず)みであり欠陥。此土の秩序に溜まる穢膿、摂理の癌。忌むべきもの。良くない物の濁った澱みによって生じるとされる“架空”の化物。または災害などと称される。

 その実在(じつざい)の有無に関わらず、禍淵と定義される所以(ゆえん)は“実害(じつがい)”であり。(※村人全員が正体不明の何かに無惨に喰い殺された村といった事例や、禍淵(マガフチ)が居ると信じて恐慌に陥った人々の狂気的な行動等)目に見える形で、禍淵(マガフチ)とされる“実害”が発生している。発生したかどうか。

 放置すれば(マガ)(フチ)は、此土全体を(おか)(フチ)と転じ、厄災は伝染し侵食するもの。多くの土地や國で禍淵(マガフチ)とされる事象が発生した場合は、必要に応じたその周囲一帯が禁足地(きんそくち)と定められ。古来(こらい)より伝わるその土地事の禍淵(マガフチ)(しずめ)る為の、(しか)るべき(はら)い事と(きよ)めの(なら)わしが取り行われるとされる。




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◆モユクアリキキ【勇まし狸】


 シンタニタイの地周辺で発祥した民芸品の総称。

 肉体の限界まで鍛えに鍛え上げられた、美しくあり力強くもあり勇ましく固く張りのある滑らかに盛り上がり突起しつつ引き締まった(たくま)しく漲る強靭(きょうじん)精悍(せいかん)な鋼のごとき筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)な筋肉を持つ擬人化された雄々しき狸の表象が利用されたもの。主に木彫りの置物や掛軸が大部分を占めるが、その他様々な物品に利用され親しまれている。

 発祥の経緯には諸説あり定かでないものの、有名な説としては『巨大な丸太にふざけて彫って作られ、そのまま置いておいたところ。その地が水害に襲われた際、その丸太に彫られた狸にまるで魂でも宿ったかのように流れて行き、激流に飲まれた多くの人々を救って回った』というものがある。

 とぼけた顔と不釣り合いの肉体に妙ちくりんな愛嬌があることに加え、狸の肉体の限界まで鍛えに鍛え上げられた美しくあり力強くもあり勇ましく固く張りのある滑らかに盛り上がり突起しつつ引き締まった逞しく漲る強靭で精悍な鋼のごとき筋骨隆々な雄々しき筋肉は、筋肉が届く範囲で災厄を寄せ付けず、周囲の者達に日々を過ごすのに必要なだけの活力を与え、己が筋肉のように何者にも侵されぬ夫婦円満な営みを見守り、努力を怠らぬ者に富をもたらし、怠け者や悪意や卑屈な感情を抱いている者には改心の拳骨を落とし、勤勉な善き者であり続けられればゆくゆくの商売繁盛や良い発展の機会を招いてくれるらしい。そんな多様なご利益がある縁起物としても扱われている。是非お土産としてどうぞ。




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◆ユリカゴ【羽衣】


 統巫の肩に掛かるように存在する羽衣状の物体(※物体に物理的な干渉力を有するが、実体が本当にあるのか不明。そもそも彼女達の身体の一部なのか、統巫特有の超自然的具象で形作っている存在なのか、はたまた独立した命なのか、単に身に纏っているだけの物なのかさえ解ってはいない)とされる。

 表記上は【羽衣】と書いて、そのまま『ユリカゴ』と宛てて読むのが一般。

 統巫の意思によって第二の手足同然に動かす事ができるようである(※実際にそうなのかは、確かめようが無いので不明)。その名の通り、赤子を外の世界から守る“揺り籠”のように、統巫達をあらゆる害、悪意、災いから護る絶対(※少なくとも人類が統巫を暴力等により直接的に害するのが困難な程度には絶対である)堅牢の障壁。ユリカゴを纏っている事が一種の統巫の証しであるとも言えるだろう。




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◆ようちゅう【陽虫/陽蟲とも】


 近年になり、照明として広く利用されるようになった生物。便宜的に虫や蟲と書くが、正確には虫ではなく寄生性を持つ粘菌類に近い。

 元々自然界の中で『光を発する存在に反応して対象を本能的に捕食する生物』に取り込まれる為に淡く光る生態を取っており。そうして捕食されると、自身を取り込んだ生物(※宿主に適した生物)の内部で定着した後、一定期共生しながら増殖する事で菌数を増やす生物だと判明している。

 一定領域下で菌数が飽和を迎えると、宿主から養分を急激に吸い上げて代謝活性化し、高代謝の上で生成する発光作用のある物質の反応とそれを促進する酵素により光る。宿主の内側から強い光りを発する事で、宿主は本能から光(を出す自分自身の躰)を攻撃して絶命する。あるいは短期間で体内から養分を過多に吸われて衰弱死する。そうして絶命した元宿主である生物の死骸を苗床にして『再び自身を取り込み増やしてくれる新たな宿主』が現れるのを待ち、再度淡く光り出すといった循環過程の流れを取る生態。

 人類を含む哺乳類動物が誤ってこれを飲み込んだとしても、消化器官を通る過程でほぼ完全に死滅してしまい。仮に生存したとしても体内には定着する事ができずにそのまま体外へと排泄される為に無害である。しかし発光作用の有る物質の反応を促進させる酵素には、他の物質との作用により微弱な毒性を発生させる可能性が有り、注意は必要。

 照明として利用されるものは品種改良による光度と増殖の制御をされていて、瓶の中に生かさず殺さずの状態で栄養となる固形の有機物と共に閉じ込められている(有機物が切れると、緩やかに死滅してしまうので、瓶内部の固形物が小さくなったらそれが交換の目安である)。


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