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猫叉先輩  作者: 灰梅澄人
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猫叉先輩と僕ときつねうどん祭りの話

 姫子さんが寝ている。

 眠姫子さん。タレ目気味の瞳にすっとした鼻梁。口元も柔らかで、ボディバランスは綺麗に整っている。黒い長髪も綺麗だ。総合して、美人である。寝ていても、それがよく分かる。これだけ美人で更にお金持ちの御令嬢となれば、言いよる男も多いだろうが、浮いた話は聞こえてきたことすらない。情報統制とかより、姫子さんの習性、いつでも、どこででも、どんな空気でも寝てしまうというのが関連しているのだろう。

 ここは僕のいるクラスで、今から昼休みというタイミングだが、姫子さんは授業中も寝ていたのではないかというくらいに熟睡している。でも、授業中はちゃんと起きていたので、終わった瞬間に寝てしまったのである。この辺の癖の強さが、男性陣には一つ壁になっている感はある。ちなみに女性陣にはその一癖ゆえに変に角が立たない状態である。ある種のパーフェクトな部分を、残念な所が帳消しにしているから、というものらしい。その姫子さんと僕は猫叉先輩を介した友達であるが、クラスは同じとはいえ、普段はそれ程話すことも無い。

「くー、くー」

 とはいえ、このまま寝ていると昼ご飯を食いっぱぐれるんじゃないかと思い、僕は姫子さんを起こしにかかる。

「姫子さん、姫子さん」

「ん、んーっ? 誰ー、起こしてくれるの、ってダーリンかー」

「ダーリンは止めてくれるように言っているはずだけど」

「ところでお昼ご飯の時間なのかな。周り騒がしいけど」

「そうだよ、お昼ご飯時。食べないと午後に力出ないよ?」

「そうだねー。お腹空いてると気持ちが沈むからねー」

 若干違う方向だろ、と口に出す前に、姫子さんは「こうしちゃいられないよー!」と立ち上がり、妙に重厚感のある歩みで教室を後にする。しばらく所在無げにしていた僕だが、放っておいてはその辺で寝ちゃうんではないか、と考えてみる。いくらなんでもこんなすぐに寝る訳ない、とは言えないのが姫子さんである。そう思いいたり、僕は後を追いかけることにした。そしてすぐに追いついた。

「くかー」

 寝ながら歩いている! 寝ているのは想定内だったが、歩いているとは思わなかった。どういう仕組みなんだろう。というかぶつからないか? と思ったら、周りはするすると避けている。それでも危険には変わりない。僕はまた起こしにかかる。

「姫子さんってば!」

「んゆー。あー、ダーリンだー。学食行くのー?」

「それは行くけど、色々そういう問題じゃないよ、姫子さん。歩きながら寝るとか、駄目だよ? 危険過ぎるよ?」

「ダーリンは優しいねー」

「だからそういう問題じゃなくてね?」

「くー」

 もう寝てる! 本当に空気読まないな!

「起きてって」

「んゆー。あー、ダーリンだー」

「その件もういいから!」

 このまま放置する訳にもいかないが、学食には行かないと食いっぱぐれる訳で、だからどうにかするとしたら、ということで、僕は姫子さんの手を引いて、学食に向かうことにした。その途上、猫叉先輩と遭遇する。

「君、何してるの? 校内デート? お熱いね」

「変なこと言わないでください」僕は弁明する。「姫子さんが歩きながら寝てるから、危ないと思って先導しているんです」

「ふーん、そうなんだ。ふーん」

 猫叉先輩は今日も猫叉先輩である。トレードマークの猫耳が自然と動く様は優美で流麗である。その身長は低いし、体の凹凸も僕とも見間違えるレベルで少ないが、それでも猫科の動物のしなやかさを持っている。対して姫子さんは主張は弱いのだが、実際には大変良い体つきである。メリハリがしっかりあり、美しい。どちらもどちらで正しい姿。これはつまり、姫子さんは姫子さんの、猫叉先輩は猫叉先輩の正解なのだ。

 さておき、その猫叉先輩が、歩く僕と姫子さん(寝)に付いてくる。

「猫叉先輩は弁当派じゃなかったですか? このまま学食に?」

 と僕。

「今日は早弁しちゃったから、お昼はお昼で食べるんだよ」

 と猫叉先輩。

「くかー」

 姫子さんはやはり寝ている。そして歩いている。仕組みが分からない特性もあったものである。

 そうやって歩いているうちに、学食まで到達した。やや出遅れている。寝歩いている姫子さんのペースに合わせたからしょうがない。それに遅れたと言っても、まだ席は空いているし人ごみもそれ程ではない。

「今日は何食べようかなあ」

 と依然姫子さんを連れて、券売機の前。お金を入れた、その後の段階で悩む僕。こういう選択肢には弱い。特にお腹が空いている時は、ついつい無駄に考えてしまう。それも、堂々巡りになりやすい。何が腹にたまり易いか。いや、健康志向を。高いの奮発するか、安いので妥協するか。

「んなもん、うどんでいいでしょ、うどんで」

 そう言って、猫叉先輩はボタンを押した。きつねうどんである。って!

「ちょっと! 猫叉先輩!」

「時間は多くないんだから即決しなよ。それに、ここで待たれると後ろのあたしとしてもいらつくんだよ」

 言いつつ、出てきた券を僕に渡し、自分の分の券もすぐに買う。きつねうどんである。

「何ー? きつねうどん祭りとか何かー? じゃあ私もー」

 いつの間にか起きていたらしい姫子さんも、きつねうどんを選択した。何が祭りだ、と思ったが、口には出さず。

 皆でカウンターに券を提示し、渡してきつねうどんを受け取る。そして連れだって移動し、食堂の席の一角に腰を据えた。

 お腹が減っている。学食で提供される中で一番安い値段のきつねうどんですら、非常に心踊る食べ物に見える。実際、この学校の学食はレベルが高いので、こういうものでも大変美味しいのだ。あげもきっちり大きい一枚だし、かまぼこもそれなりに太めに切られている。ネギもたっぷり。平凡ながらしっかりした作りだ。

「いただきます」

 言い、きつねうどんを、黙々と食べる。何しろお腹が空いている。普段でも美味しいのが、更に倍加された感じである。脇目もふらず、一気に食いにかかる。

 麺を食べる。最近は讃岐うどんの店もこの辺りにあるが、それに比肩するくらい、しっかりとコシのある麺だ。それが十分にある。それだけでも食べごたえはあるが、出汁と煮汁が組み合わさったきつねうどんメインイベントのあげも美味い。汁の具合も素晴らしく、これがワンコインでお釣りがくるレベルで食べられるとは、この学校のレベルが高いと近県に伝わっているのも分かるものだ。そして、勢いのまま、食べる。喰らい尽くす。

 トン。と、汁まで飲み干して、椀を置き。

「ごちそうさまでした」

 食べつくした。汁まで飲んでしまったので、若干お腹が許容量越えそうだ。だけど、それ故に満ち足りた気分にもなる。

 見れば、他の二人はまだ食している最中である。空気を読まずに早食いしてしまったな。

「君ね、ふーふー、早食いは、ふーふー、体に良くないよ?」

 猫叉先輩は猫科の妖の流れを汲む一族の出なので、当然のように猫舌だ。だからさっきから吹き冷ましながら、じっくりとうどんを攻略している。そしてそうやって必死に冷まして食べている様は中々微笑ましいものがある。

 姫子さんは至って普通のペースで食べている。流石に寝ながら食べるという大道芸は無理なようである。椀の中に髪が入らないよう、ポニーテールにしていて、ちょっといつもと違う雰囲気。それもまた似合っている。優美に食べるその姿も堂にいるというやつだ。そして、その姿に、どうやら周りの視線が集まってきているようで、姫子さんを見ている視線をずらして目があった男子がすぐ目線を逸らした辺り、気のせいでもないようだ。

「ごちそうさまでした」

 姫子さんが食べ終わる。その隣で汁が程良い温度になったのか、猫叉先輩の食べるスピードが上がる。でも、それは小さい子が一生懸命食べている姿であり、なんというか、可愛いなあ。

「君。今、失礼な事を考えたろ」

 と指さしてくる猫叉先輩。

「猫叉先輩が、可愛いな、って思っただけですよ」

「……えと、そ、そうなんだ」

 いきなり舌鋒が緩む猫叉先輩に対して、姫子さんは「ダーリン、私はー?」と突如尋ねてきた。

「姫子さんも、可愛いですよ?」

「……ふーん」という姫子さんの表情はいつも通りの物、ポーカーフェイスめいたにこやかさだ。だが、若干嬉しそうに見えるのは気の迷いだろうか。

 そして、

「ふーん、そう」

 と、これまた言う猫叉先輩の視線が怒りの表情を帯びているようなものになった。なんだこの展開。

「ごちそうさま」

 食事が終わった猫叉先輩は早々に立ちあがり、流し台へ食器を持っていく。僕らもついていき、一緒に流し台に食器を置いた。さて、どうするか、と思って時計を見れば、昼休みがそろそろ終わりにさしかかっているのを、時計の針は示していた。

 早々に戻らないと、と思いつつ、姫子さんを見れば、もう当然。とばかりに寝ていた。

「姫子さん、起きて! 授業始まっちゃうよ!」

「うーん、後三杯はいける」

「いけなくていいから起きて!」

「んゆー」

 目を覚ました姫子さんを強引に引っ張り、僕は猫叉先輩が立っている食堂入り口まで行く。そこで追いつく。

 と。

「……ったく、なんでこんなので」

 と猫叉先輩が何か呟いていた。

「何が、こんなので、ですか?」

 と尋ねると、猫叉先輩はバックフリップ一つで距離をとる。今日はあんまり猫の気が強くないと思ったけど、警戒心強いから勘違いかな?

「そこまでするほどじゃないんじゃないですか?」

「こ、これは君がいきなり声を掛けてきたから吃驚したんだよ!」

「吃驚ついでにー、パンツ披露はサービス精神旺盛だねー」

 姫子さん、言わんでいいのに、この人は!

 指摘された猫叉先輩は顔を青くして、そして赤くした。

「君!」

「あっはい」

「見た!?」

「見てません!」

「本当に!?」

「本当です!」

「お父さんとお母さんに誓って!?」

「ごめんなさい赤いのがちらりと」

「バカ!」

 猫叉先輩はそう吐き捨てるように言って駆けだし、あっという間に遠くなる。あー。

「ダーリン、嘘を吐くなら吐き通さないと」

「いや、そもそも君が不要なこと言ったからこうなったんであってね?」

 強めに言うも、姫子さんはどこ吹く風である。

「あ、授業始まっちゃう。急がないとくかー」

「急ぐって言ったそばから寝ないで!」

 僕は姫子さんを起こしつつ、後で猫叉先輩に謝罪が必要かな、と思うのだった。

大分日常話。軽めでいいじゃん、という意識で書いた感が爆裂四散している。

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