猫叉先輩と僕と夜会の話
猫叉先輩が走る。
猫叉、つまり猫の妖を基盤としているとはいえ、基本的な体格は人の物ゆえ、当然二歩足での走法だが、それでもどこか猫のエッセンスと言う物を感じる、しなやかで美しいフォームである。そいて速い。流石に猫叉で無ければちゃんと国体とかにも出れた足ではない。
それをちらちら視線に入れながら走るのは乙な物だが、体力的に大変に厳しい。
「まだ付いて来てる?」
「いや! もういない!」
僕の問いにそう答え、「助かった!」と天を仰ぐ不動尊君。
「んーう?」姫子さんは目を覚まし、伸びをする。今日はまたお姫様抱っこだったので、姫子さんの表情はたるんとしているがとしているが赤くなっている。
「さておき、一息つけたね」
若干息の荒い猫叉先輩がであった。それより息の荒い僕。不動尊君も流石に息が荒い。姫子さんだけが平静である。
「猫叉先輩、もうちょっと作戦をマシなのにとかしません? 毎度突撃じゃあ、いつか破綻しますよ?」
「しょーがないでしょ、考えるより体が動く性質なんだもん」
「しょーがないで、済ませる問題じゃ、ないですよ!」
息も切れ切れに言う僕。対して。
「その通りですよ! 猫叉先輩! 小生もいつ意識を手放すか冷や冷やでしたよ!」
全く息が切れていない不動尊君。ガタイもだけど、体力も大きい男である。
「君の霊嫌いも治らんねえ」
猫叉先輩はくつくつと笑いつつ、手に持つ物、猫叉先輩が“祭具”と呼んでいたものをいじり始めた。
「猫叉先輩、今回は壊さなかったんですね」
「ねえちゃに、壊れてないのを所望されてたんでね」
「でも、猫叉先生にも伝手はあるでしょうから、僕らが手に入れなくても」
「下手な鉄砲数撃ちゃ、ってことをしなきゃならない事情があるんでしょうね。それに、これにはあたしも興味があるんだ」
喋りながら、色々と角度を変えて“祭具”を眺める猫叉先輩。ちょっと興味がある獲物を確認する猫のような振舞いだ。なんか可愛い。
「んー、こんなのが“祭具”ねえ。特段の異常は感じないんだけどなあ」
「使用後なんじゃないですか? 幽霊の中心にあった訳ですし」
「そだね」
“祭具”、円形の木を弄ぶ。行動がジャグリングめいてきた。そのついでのように、猫叉先輩は言う。
「こうなると、やっぱりそうなると、やっぱり君が」
「……またその話ですか」
僕はうんざりする。ちょっと前から、猫叉先輩は僕に交霊会に潜入しろ、と言ってきているのだ。通常な交霊会ですら願い下げだというのに、今回のは雑多な霊が大量に招くもののようで、つまり危険度は計りしれない。フォローはすると言われて、素直に頷けないのは当然と言えよう。
「僕は、乗り気じゃないんですけど?」
これも何度目かの発言だが、猫叉先輩は意を解さない。
「とはいえ、この案件では不動尊君は怖がって駄目だし、姫子ちゃんは寝ちゃうから駄目だし、あたしやねえちゃは有名人だから駄目だし」
「それで、凡俗な僕ですか」
「そう。君なら出来る」
「やるメリットが無いですよ」
僕の何度目かの発言に、猫叉先輩は何度目かの苦笑をする。
「うーん、まあ、それを言うとねー。でも今巻き込まれてること自体が十分なメリットではあるとは、私は思うんだけどー」
お姫様抱っこから解放された姫子さんが、そんな事を言ってくる。この人は中々に鋭い所がある。おっとりした雰囲気に惑わされてはいけない。言葉を選ばないと……。
と、考えていた僕の隣から声が出る。
「なら小生ではどうですか! 猫叉先輩!」
不動尊君が、いきなりそんなことを言いだした。
猫叉先輩は呆ける。それも当然だ。先に怖がるから駄目、と言っているのもある。この案件の核心部分である交霊会に不動尊君が耐えられるとも思えない。不動尊君自体、優れた霊視の霊能力を持つ霊能者だが、基本的に幽霊が苦手だ。苦手というのも見るのも怖いし近寄るのも怖いし遠くても怖いしというレベルで、霊能力、霊視が100年に一人の天才レベルであり、つまり余計に見える為に、霊に対しての恐怖に常に囚われている。そんな彼が霊が集まってくる場所にいて耐えられるはずはなく、大体気絶するのが目に見えている。だから、猫叉先輩もこの潜入の人員の勘定に入れていないのだ。というのにこの言。猫叉先輩ならずとも「一体どういう心境の変化だ?」と思わざるを得ないだろう。思ってるかどうか知らないが。猫叉先輩は勿論、普段表情を変えない姫子さんも驚愕が顔に浮かんでいる。
「何を言っているのか、分かっているよね?」
「無論!!」
猫叉先輩の問いに力強く答える不動尊君。だが、しばらく間を置くと、体がカクカク震え始めた。冷や汗も出ており、どこをどう見ても想像の段階で駄目になっているのが丸分かりであった。
見るからに大丈夫じゃない人にはさせられない。それ以前に彼がどうしてそんな事を言い出したのかに思いが至ると、僕は自然と声を出していた。
「不動尊君、やっぱり僕がするよ」
「……! しかし!」
「想像だけで足がカクカクしている人に任せられないって」
「メリット、無いんじゃなかったっけー?」
姫子さんが意地悪く言う。全くその通り。でも。
「困っている人を助けるのに、理由は要らないよね?」
強弁してみる。姫子さんは「ふーん」とだけ言い、いつも通りのにこやかな顔をしていた。
「で、猫叉先輩」
「ん。何かな」
「潜入するにしても、手筈は整ってるんですか?」
「じゃなきゃ言いださないよ。明日の夜に行けるよう、連絡してあるよ」
明日とは思った以上に日が無い。学校があるのも考えると、詰めないといけないことは早急にしないといけない。でも、その前に。
「大丈夫なんですか、この突貫作戦」
この疑問はぶつけたい。猫叉先輩は余裕のある顔で答える。
「要は霊の呼び方が分かればいいんだし、証拠を押さえる役はあたしとねえちゃがどうとでもするから、安心なさいな」
アバウトである。命を賭ける程の事ではないとはいえ、それなりに危険はあると言うのに、この無茶苦茶さ。しかし、やると言ったし、今更やらないとも言えない。変な強弁するんじゃなかったかもしれない。
「本当に、危なかったら助けてくださいよ?」
「大丈夫だって!」
笑みを浮かべる猫叉先輩は頼もしかったが、言い知れぬ不安感は拭えなかった。
強弁した次の日の夜。僕は交霊会に参加していた。
待ち合わせ場所から服のフードを目深に被って、やって来た男に呼ばれるがままに向かった先は、ちょっとした林の中だった。その一角は少し開けていて、そこに6人程が既にいる。皆、一様に顔を見えにくくしているが、年の頃は僕とそれ程変わらないように感じた。少し上がいる程度だろう。皆、ここの雰囲気に飲まれているのか、静かなものである。僕もそれに倣って、静かで通す。
と、男が一人やってくる。先の男と同じで今時どこで売ってるんだって感じのローブを身につけて、顔はやはりよく見えない。その男が話出す。
「皆さん、今回の夜会へ、ようこそお越しくださいました」
声は中年のそれだ。明らかに若くはない。
声は続く。
「今回の夜会では、皆さまの守護霊様を及びして、守護していただく事を目的としております……」
声が続く中、僕は違う所に集中する。これから出てくるであろう、“祭具”にだ。
「……が、この降霊器です」
そう言って、ローブの男は例の“祭具”、降霊器と言うらしい、を取りだした。
「これに皆さまの手を当てていただき、きませり、きませり、きませりと口に出していただきます。そうすれば、守護霊様が皆さまの所に降りて来られます。では、早速」
おあつらえ向きの位置にある切り株に、降霊器が置かれる。
そこで、僕はピューイ! と口笛を吹いた。
「!?」
その意図は周りの誰にも理解出来ない。それが猫叉先輩達を呼ぶ合図だと、当然分かる訳が無い。
その虚を突いて、僕は降霊器を奪い取った。
「何っ!?」
ローブの男がその行動に気づくも、僕はすぐさま駆けだした。それを見て、ローブの男はすぐに大声を出した。
「くそっ! 逃がすな!」
声に、二人の男が僕の進路を塞ぐ形で現れる。反応早過ぎ! と思いつつも、動きは止めない。狙うは、二人の間。そこを突っ切る。
「ぬっ!」「むっ!」
まさかの位置を狙われて、一瞬の困惑をした、その隙をついて一気に抜けきる。
「待て!」
と、振りむいた先にあるのは、足の裏だ。
「ぶっ」
顔面にまともに受けて、後ろに倒れる男。
その蹴りを放った相手が、猫叉先生が僕に言う。
「邪魔にならない場所に行ってな」
「はい!」
怒号が他の場所からも聞こえる。これは猫叉先輩が何かしでかしているのだろう。
「貴様、何者だ!」
「三下に名乗る程の名じゃねえよ」
男の問いにそう答えると、猫叉先輩はその手に持つ物、一振りの刀を抜いた。その鞘を僕に投げてくる。
「ちょっと持ってな」
そして、刀を両手で構える。そして言う。
「何か奥の手あるんだろ? さっさと出しなよ」
「くそっ!」
男は懐から“祭具”を取り出し、それに手を当て、声を発した。
「ワレニキマセリ!」
すると、男の体がみるみると大きくなる。服は破れ、元の大きさの1.5倍程になる。厚みも太くなり、その姿はまるで鬼のそれだ。よく見れば角もある。
「成程、そういう使い方もあるんだな」
大きくなった男は気持ちも大きくなったのか、ゲラゲラと笑いながら言う。
「待ツベキデハハナカッタト思ッタロウ?」
「いや、そこそこやりがいが出てきた、って思ったよ。元のひょろいの殴っても楽しくないからね」
「ホザケ!」
大木のような腕がぶんっと振るわれる。だが、猫叉先生はこれを軽く、ひらりとかわす。
地面を突いたその手が、今度は横にぶんっと。猫叉先生はこれを軽く、ひらりとかわす。
ぶんっ。ひらり。ぶんっ。ひらり。ぶんっ。ひらり。ぶんっ。ひらり。
鬼の攻撃は全く当たらない。余裕で見切られているのだ。力の強さに頼り、大ぶりに振っているから、とはいえ、あの圧力を恐れもせず回避する猫叉先生の豪胆と言ったら。
ぶんっ。ひらり。ぶんっ。ひらり。ぶんっ。ひらり。ぶんっ。ひらり。
「どうした、どうした! 当たらないぞ?」
「チョコマカト!」
ぶうん! と今まででより大きく腕を振り回す鬼であったが、それも猫叉先生に紙一重でかわされてしまう。そして一際大きく出来た隙に、猫叉先生はその手の刀の峰を強撃する。顎にだ。直撃。
「ぐっ……」
「もう一丁!」
顎をもう一度、今度は反対側を強打する。これも直撃する。
「う……あ……?」
続けざまの攻撃に、鬼は脳を揺らされ脳しんとうを起こして、倒れ伏す。体の方も、元の姿に戻っていく。
「気絶すれば、力は抜けるって寸法か。こないだの炎狼もそうだったと言えばそうだが、まあ、その辺は追々調べるかね」
そう言って刀を僕の持つ鞘に納める猫叉先生に、僕は尋ねる。
「もう、大丈夫ですか?」
猫叉先生は「おうよ」と答える。
「こっちも終わった」
そう言って、猫叉先輩が不動尊君と姫子さんを連れだってやってきた。儀式に来ていた他の子達を逃がす役目だったのだ。
「誰も残らなかったよ」
とは猫叉先輩の言。それに対して猫叉先生は、
「その方が後腐れなくていいよ。今日の捕まえた奴らがどうなるかとか、知らない方が、だしな」
と答える。物騒である。
「さて、あたしらもそろそろずらかろう。後のことは“上”がやってくれるしね」
僕らはめいめいに頷くと、儀式の場を後にした。
帰り道。
「猫叉先輩、怪我とかしてません?」
「あんな相手に遅れは取らないよ」
僕の問いにそう返す猫叉先輩だが、よくよく見れば所々に軽い擦過傷がある。言う程楽ではなかったのだろう、と僕は推測するが、それを追求はしない。猫叉先輩、そういう心配されるのを嫌う人だし。
と。
「にしても、これはどうやら思った以上に影響の範囲が広そうだね」
猫叉先生がそう切り出した。
「どっかに親玉がいるにしても、この辺りにいないかもしれないね」
「そっちの親玉はねえちゃの言う“上”がどうにかするとして、今はこっちの親玉を探すのが先だね」
「でもー、一体誰がやってるんだろー」
「その点だね! 問題は! 今回居た面子も使いっぱしりだったようだし!」
「使いっぱしりが要るならつまり使っている奴がいるってことではあるから、この辺りのどこかに居るだろうけどね」
「それがどこか、そして誰か、ですか。でも」
僕は無理を承知で言ってみる。
「それ、僕らがすることですか?」
偽らざる本音である。猫叉先生の言う“上”に全部任せればいいんじゃないか、と思うのだ。今回のことも、納得してやったけど、思った以上に踏んではならない物を踏んだ感じがある。つい逡巡が出るのも無理じゃないと思って欲しい所だ。
「まー、今更だねー」
姫子さんは素っ気ない。猫叉先輩は気の毒そうな顔をしている。
「こっちは今までも“祭具”打っ壊したり盗ってきたりしてるからね。流石にそろそろ誰かやってるってばれてるだろう。誰か、までは辿りついているかどうかは分かんないけど、今まで水面下でこれだけの事してきた奴らだ。ばれるのも時間の問題だろうね。そして、無視もしてくれないだろうね。もう、こっちが完全に引かない限り、ぶつかるしかない域だよ」
「ぬぬぬ! ということは、今後は危険が増すと!」
と不動尊君が想像だけで冷や汗出しながら言う。そこに、猫叉先生。
「ま、あたしと妹がちゃんと護ってやるから安心しな。この辺りじゃトップ3くらいには入る加護だからな」
「過信してもらっても困るけどね」と言いつつも、自信には満ちた感じで猫叉先輩が言う。
「じゃあ、頼りにするねー。くー」
マイペースに眠りに入る姫子さん。不動尊君が立ち寝する姫子さんを背に担ぐ。
僕は猫叉先生に聞く。
「親玉、分かるでしょうか」
「さあて、それはもうちょっと思案がいる所だね。“祭具”のことも判れば、もうちょい見えてくるだろうし」
そう言う猫叉先生に、猫叉先輩も頷く。
「案外、近くの人かもしれないけど、まだ確証なんてものも無いし、調査待ちだよ」
「そうですか」
そんな話をしながら、僕たちは家路に着いた。
ちょっとアクションめいた話が書きたくなったのでこういう話に。話が大きくなってきましたが、残りはそう多くないです。さあ、頑張れよ俺!