僕と妙に猫っぽい時の猫叉先輩の話
猫叉先輩が、今、僕の足を膝枕として使って、寝ている。異常事態だ。いや、異常事態は言い過ぎだ。でも、結構レアな状況だ。だが俺はレアだぜ? とよく分からない言葉が口から出そうになる程度にはレアだ。
昼休み。学校の裏庭で、猫叉先輩を発見した僕は、いつものように近づいていじろうとしたのだが、何故か座るのを強要され、そして膝枕をさせられているのである。もう、この段からしておかしい。
「うにゃー」
そういって寝返りを打つ猫叉先輩。油断している。それも相当に。言い過ぎたかと思ったが、これは十分に異常事態である。
今日の猫叉先輩はいつも以上に、いや会ってから今までで一番猫の気が強い。だから、普段なら大変警戒されるされるはずなのだ。それが、僕の膝枕を縦横無尽するこの有様。このじゃれ様。ただ事ではない。
と、人が通っていく。
「吉井、倒れたんだってな」
「聞いた聞いた。貧血だっけ?」
「らしいけど、でもあいつくらい貧血が似合わない健康的な奴いないだろ」
「だよなあ。でも、寝不足とかだったりしたら、だろ?」
「あいつ、夜更かししないタイプだったけどなあ」
「ま、今度聞いてみりゃいいだろ、その辺は」
そんな話を聞きながら、動けない僕は、そのままの姿勢でどうしたものかと考える。さっき話しながら通った二人もちらりとこちらを見ていたので、何かしら思われたかもしれない。気にしても仕方ないが、でもちょっと恥ずかしい。どうにかしないと。
「にゃー」
試しに頭を撫でてみると、気持ち良さそうに撫でられるがままになる、猫叉先輩。可愛い。
試しに喉の辺りをかりかりしてみると、これまた気持ち良さそうにされるがままになる、猫叉先輩。可愛い。
「にゃう」
この子をウチの子にしよう。と腹を決めようとした、まさにその時。猫叉先輩の両眼が見開かれた。腹を撫で撫でしようとしたのがまずかったか、と思ったが、どうも用向きが違うようで、何か別の危機に気付いたようである。
と。
視界に猫叉先生が映る。
その猫叉先生も、ちょっと様子がおかしい。いつもは大型猫という雰囲気の、ちょっとした脅威な猫叉先輩だが、今は大型の肉食獣の雰囲気である。食べられる、という、あり得ない感情を持つには十分なものがある。
「ど、どうしました、猫叉先生」
その凄みにちょっとビビりが入る僕。しかし、猫叉先生は僕の言葉など頓着しない。狙いはその眼の向く場所だ。ただ一点。
猫叉先輩だ。
ごう! 猫叉先生が人とは思えない咆哮を放つ。
その声を聞いて、猫叉先輩は不機嫌そうに起き上がる。そして膝枕から降りて、猫叉先輩は猫叉先生に相対するように、にゃあ!、と一鳴きする。
傍目からも勝負にならない雰囲気を感じる咆哮戦だ。猫叉先輩が負けるビジョンしか見えない。というのに、僕は二人に割って入ることが出来ない。そんな空気ではないのだ。
ぐるる……。という唸り声に、にゃああ……、という唸り声が交錯する。さっきの幸福感が一転、恐怖を感じる空間となっている。何が、一体、どうして、こんな……。
お互いの唸り声が高まっていく。緊張もそれに合わせて高まり、空気すら変調し始める。このまま、見ているしか、ないのか……。
そんなことはない!
「喧嘩はよくですよぐぼあ!」
突然の行動だったので、二人は反射的にパンチを放ち、僕は立ちあがり言いかけた所で両方から殴られ轟沈した。
気が付くと、膝枕に頭が乗っていた。
誰の、というのは覗きこんでくる顔で分かる。猫叉先輩だ。
「大丈夫?」
猫叉先輩は心配そうに声を掛けてきてくれる。
「ええ、まあ、なんとか」
そう返事はするが、気もそぞろとはまさにこのこと。猫叉先輩の膝枕という事実の前に理性がわりとポンコツになっている。というかハラショーである。しかし、気づいたなら起きるべきである。ずっとこうしていたいが、そうもいかない。でも、ここは勇気を持って寝続けるべきではないのか。というか起きたくない。猫叉先輩の膝枕の感触が素晴らし過ぎて起きるというのが無理。というか永遠にこの状況に。
「起きてるんなら起きろ」
「あっ、はい」
まだ雰囲気が虎な猫叉先生の怒気に飲まれて、僕は飛び起きた。
「ねえちゃ、それはちょっとひどくない? 悪いのはこっちでしょ?」
「それとこいつが我が妹君の膝枕を独占するのとは、訳が違うんだよ。というかなんであたしは駄目なわけ?」
「歳を考えろ」
「妹が意地悪するー」
この辺が婚期逃している理由なのかもしれない、と僕は一瞬思った。それを鋭敏に察知したのかなんなのか、猫叉先生の視線が更に虎のそれになって、僕を睨む。僕はその考えに蓋をした。触らぬ神に祟りなし。
「それにしても、今日のお二人、ちょっと変ですね」
僕は話を変える。このままは良くない。その変化に、猫叉先生は乗ってきてくれた。
「そうなんだよ。たぶん、雑霊を食い過ぎてるのが原因だと思うがね」
「霊力が高まり過ぎて、ちょっと先祖返りみたいな状態なのよ」
先祖返り、と言われて成程な、と思う。だから今日は余計に猫だったのか。いやでも、今までも猫っぽい時はあったわけでつれない場合しかなかったた。だというのに、今日はかなり親密だった。これは。
「フラグ立ちましたか、つまり」
「立たねえよ」
と辛らつな猫叉先輩。
「昼、何食べた?」
と、脇から猫叉先生が聞いてくる。えっと、昼は……。
「焼き魚定食を、ってまさかそれで!?」
「猫増量中だからね。それに、ウチは皆魚好きで魚中心の食生活だし」
「そんなあ……。とうとう僕にぞっこんになってくれたと思ったのに……」
「どこをどうすればそう、って、さっきのあたしは……。う、うー!?」
さっきまでの僕への甘え行動を唐突に思いだしたようで、猫叉先輩は顔を真っ赤してうなる。可愛い。
「やっぱり猫叉先輩をウチの子には出来ないですかね?」
「アホか」
左右から飛んできたいいパンチをもろに食らい、僕はまた失神した。
ワンクッション。元々連作短編だったので、適当に合間に入れる回が結構あるのである。話として進んでないが、そういうつもりの回なので問題ない。