猫叉先輩と僕と不動尊君の話
「よくないよ!」
不動尊君の声が大きい。全体的に大きい不動尊君だが、一際大きいのは声である。と主張したい。勿論体格もビックサイズで、ガタイが良いとはまさに彼の為にある言葉である。とはいえ、同じクラスで友達をしているよしみでも、この声の大きさは辟易のレベルだ。
「だがね、不動尊君。それが一番いい方法なんだ」
「だからって、そんな危険なことの片棒を担げっていうのかね!」
「いや、危険ってほどでもないよ」
「しかしだね!」
「んー? なんの話してるのー? バカの一つ覚えのいつものやつ?」
不動尊君と喧々諤々の言い争いを、僕がしていると、その横から姫子さんが登場した。
眠姫子さんは相変わらず眠たげなタレ目が印象的な美人である。体型もスリムに見えてその実しっかりとしたラインを誇っているのである。物腰も柔らかだが、これで案外言葉が辛らつだったりする。
その姫子さんに、不動尊君は言う。
「眠君! これは君のような人には聞いただけで卒倒しかねないことなのです! よって聞かせられない!!」
「いやさ、虫歯が痛いから、それに紐付けて不動尊君に引き抜いてもらおうと」
「君!?」
驚く不動尊君を無視して、姫子さんは痛さを意識した顔つきになる。
「それは確かにリスクがありそうだねー」
「その辺は覚悟の上だけど、肝心の不動尊君がこの様だから」
「……友としては当然の言動だよ! 無闇に危険なことは出来ない!」
「ほら」
姫子さん、僕の言葉でちょっと考え、それから言った。
「でもさー、歯医者さんで処置してもらった方がいいと思うよー。力で無理に抜いて、欠片でも残ると痛いし後が大変だから、あんまり良くないと思うけどなー」
「それもそうだね。やっぱり歯医者で抜いてもらうよ」
僕の返事に「それがいいよー」と姫子さんが言ったその時。
「待ちたまえ!!」
と不動尊君が声を張り上げた。クラス中の視線がこちらに集中するには十分だ。
だけど、不動尊君は止まらない。
「なんで眠君の指摘は良くて小生のは駄目なのかね!?」
「君のはとにかく駄目! 以外無かったからだよ。姫子さんはちゃんとリスクを考えての発言で、説得力があった。その差だよ」
適当に答えた僕の言葉に反論できないのか、不動尊君はぐぬぬ……、という言葉の通りの表情になった。
「それはそれとして、姫子さん」
「ハニーって呼んでいいんだよー、ダーリン?」
「……姫子さん。もしかして何か用があったりする?」
姫子さんとは猫叉先輩との繋がりで懇意ではあるが、クラスでは特に積極的に話す方ではない。姫子さんのグループと僕達のグループでは若干の隔たりがあるのだ。それを越えて、というのは何か用があるに違いない。
尋ねられた姫子さんは答えてくれた。
「んーとねー、猫叉ちゃんから伝言があるんだよー」
「伝言?」
「そう、伝言。今日の放課後、不動尊君を連れて来て欲しいんだって」
「不動尊君を? どうして?」
「くかー」
姫子さんは僕の質問前のコンマ数秒で眠りについていた。どこでも何時でもどんな雰囲気でも眠れるのは“眠り姫”眠姫子の最大の個性だが、それをここでいきなり発動されても困る。伊達じゃないとは思うけど、そんなの本当に伊達にしてもらいたいとすら思う。
「姫子さん! 姫子さん!」
「んー、んー? あ、あー、ごめんー寝てた。えっと、どこまで話したっけー? 不動尊君を霊の出所探す為に駆り出すんだって所までだっけー?」
「ええ!? 小生聞いていないぞ!?」
「僕もそれは初耳」
いきなりの内容で不動尊君もびっくりするが、その内容自体には納得出来る物がある。
不動尊君。つまり不動尊明夫君は家が代々霊能者を輩出する所で、その中でも不動尊君は霊視に特化した力を持っているそうだ。それは当代随一、不世出のレベルで、実際やろうと思えば数十キロ先の霊の位置すら分かると言うほどらしい。
とはいえ、問題点が一つ。
「だから不動尊君」
「嫌だ!!」
大きな声を一段と大きくして、不動尊君は拒絶する。
「ただでさえ最近多いから嫌なのに、それの発生源なんて、怖すぎる!」
不動尊君は霊が大の苦手なのだ、その霊視の力も、霊にどうやったら会わずに行動出来るかの為に、恐る恐る使っている程である。宝の持ち腐れとはこのことである。
「そこをー、なんとかー」
「嫌なものは嫌なんだ!! 出来ないことは出来ない!!」
「やっぱりそうかー」
「不動尊君の霊嫌いは筋金入りだからね」
僕の言に姫子さんは嘆息して、思案顔。だがどう考えても次があるのが顔つきから見えてくる。そして視線を送ってくる。ああ、そういうのね。そしてその手を、すぐさま打ってきた。
「そうなるとー、動けるのは私達3人ってことになるね」
「え?」
どういうこと? という顔の不動尊君に理解の隙を与えないように、僕は言った。
「ああ、やっぱり僕も勘定に入っているんだね」
「そうだよー。私と、ダーリンと、猫叉ちゃんの3人だね」
猫叉先輩の持ってきた話なら、僕が人員に組み込まれているのは予想出来たけど、まさか本当にそうとは。いくらなんでも、霊感の無い僕には荷が重い。が、そう考えるのは、友達歴の長い不動尊君もだ。
「……君達3人でかね」
神妙ながら大きな声で、確認するように不動尊君は言った。
「不動尊君が来ないならー、当然そうなるねー」
「……」
不動尊君が苦悩がにじみ出る表情になっている。腹芸の出来ない人だから、こういう時は助かる。とはいえ、ここまで苦悩の色が強いとは思わなかった。それだけ霊が嫌であることではある。歩いていて突如目の前に霊が現れた為に気絶、という伝説を持つ不動尊君なのだ。予測と違う動きされて、とは言っていたが、それでもいきなりはその時隣に居た僕には驚くしかない現象だった。ゆえにそりゃ嫌だろうとは分かる。でも、僕達3人で、という部分が、彼を悩ませているのだろう。
その熟考の後、苦虫を噛み潰した顔で、不動尊君は言った。
「分かった! 同行しよう!」
腹はきっちり決まったようだ。
「本当に?」
ちょっと意地悪く、姫子さんは確認する。それに力強く頷く不動尊君。
「二言は無い!」
「良かったー、なら放課後ねー」
そう言うと、姫子さんは去って行った。途中から動きが変になっていたので、歩きながらうつらうつらしていたのだろう。席まで帰れれてる辺り凄い。そして、不動尊君も、席に。顔がこわばっていた。大丈夫なのかなあ。
猫叉先輩がいる。
短い黒髪に猫耳が乗る。それは伏していて、あまり周りの音を捕えようとはしていないのだろう。放課後すぐなのに制服姿ではなく、学校指定のジャージだが、その所々にポケットが増設されている改造ジャージだ。あれに色々と入れたりしているらしい。
それにしても、それ以上下が無いせいで、ジャージが小さくてちょっとぴっちりとしており、それが余計に猫叉先輩の肢体を見せる効果を出している。ストン、という擬音がぴったりのスレンダーで小さい体躯だが、見ればちゃんとある。髪の黒とジャージの黒が合わさり、そして今しているのが猫の基本的な座り両足の間に両手が入るアレなので、遠めでは本当に大きめの猫を見ているようであった。猫叉だからある意味そうなんだけど。
そんな猫叉先輩に近づく。
「猫叉先輩」
僕と不動尊君と姫子さんは校門で待っていた猫叉先輩に声を掛ける。一つあくびをしてから、猫叉先輩は立ちあがって、
「不動尊君、来てくれたね」
と一言。
「男ですからね!」
返事が若干意味不明だったが、猫叉先輩は無視して頷き、用件を話出した。
「不動尊君。この辺り一帯を余さず霊視出来るっていうのは本当かな?」
「ええ! 具体的な距離まで分かりますが、細かい地勢は分からないので地図は必須ですけれども!」
「用意ならあるよ」と、猫叉先輩は地図を取り出してみせた。県内の詳細地図だ。スマホの地図でいいんじゃないか、とも思ったが、猫叉先輩なら「趣きが無い」とかいいそうだと思い口には出さない。
「これを使って、雑霊の発生源を特定しみよう。とりあえず、学校周辺から見ていこうか」
「はい! うわあ!?」
「いきなりか」
猫叉先輩も、不動尊君が霊が苦手なのは知っているので、その声に吃驚したりはしなかった。
「何体も! あちこちに!」
「そういう状況だから、どこが中心なのか君に見てもらおうとしてるんだよ。少しはしっかりしなさいね」
「う、ううう!」
若干尻ごみしながら、不動尊君は霊視を続ける。そこに、姫子さんが意見する。
「一体くらいなら放っておいていいからー、たくさん集まっている所を調べるとすぐ終わると思うよー」
「たくさんなら、……ここから南東3キロ辺りが、たくさんいる! うわああ!」
「南東3キロ、と」
猫叉先輩は地図で目星を付ける。
「じゃあ、行ってみましょうか」
「い、行くんですか!?」と不動尊君。
「そりゃ、見つけたなら偵察は必要だよ。大体、腹を決めたんじゃないの、不動尊君?」
「う、ううう!」
心底辛そうな不動尊君だったが、今度こそ覚悟が決まったのか、表情は硬いが
「行きましょう!」
と力強く宣言した。
3キロはそこそこ遠い。それも地図で位置を都度都度確認しながらなので、当然時間は掛った。周りはまだ暗くはなっていないが、それも時間の問題である。夜は霊の時間帯である。それまでに偵察を済ませたい。そう、猫叉先輩は言っていた。
そして、とうとう、不動尊君が霊視した場所に到達した。そこは廃工場で、雰囲気もどうにも暗い物があった。
「うん、確かに霊の気配はビンビン来るね」
見れば猫叉先輩は猫の気が強くなっているのか、伏しがちな猫耳がピンと立っている。
「じゃあ、ちょっと見てくる」
「猫叉ちゃん、私達は?」
「そこで待ってなさい。なに、ちょっと見るだけだからね」
「はーい。くかー」
言われた瞬間寝るのかよ! という突っ込みが出そうになったが、姫子さんが寝ている間は霊の侵入を阻害する結界が張られているので、こういう場合は寝る方が正しいのだ。何かあった時の安全地帯と言う訳だ。
それを確認すると、「ヤバかったら逃げるからそのつもりで」と言い残し、猫叉先輩は廃工場へと入っていった。
「……」
「……」
しばらく、間が出来る。何か世間話でもしようか、と口を開く。
「不動尊君、大丈夫?」
「……あまり大丈夫ではない! 実際ここには小生は来たくなかった!」
「やっぱそうか」
「とはいえ、君達3人だけを、とは流石に出来ない!」
「……」
そこにつけ込んだ分、その言葉にちょっとの罪悪感。を感じたその時。
猫叉先輩が出てきた。それもとびきりの不覚顔で。
つまり。
「逃げるよ!」
言われて瞬間的に体が動いた。僕は廃工場から抜け出すように移動を始める。不動尊君は姫子さんをお姫様抱っこすると、やはり同じ行動を。姫子さんは起きる気配は全くなく、ただ不動尊君に抱かれている。
3人一緒に、廃工場の敷地外へと走り始める。姫子さんの結界があれば、霊は入っては来られないのだけど、流石に朝までここに居る、とかは出来ない。助けを呼ぶのも方法だが、猫叉先輩が速攻逃げを打つ程居たなら、どこに増援を求めればいいのか。猫叉先輩の姉の猫叉先生でも荷がかちすぎるだろう。とにかく、逃げの一手だ。
しばらく無言で走り、だいぶ離れた後、不動尊君が「追っては来ません!!」というので、僕達は一息つくことにした。住宅街でへばってるというのは珍奇だが、周りに人がいないのでセーフである。
「そんなにまずかったですか!?」
走りながらの僕の問いに、猫叉先輩はしきりにうなずく。
「学生が手を出すレベルじゃなかったね。質は大したことはないんだけど、とにかく量が多い。あたしの身のこなしじゃなかったら、あっという間に囲まれてとり憑かれている所だね」
かなりピンチだったらしい。と、僕は疑問を覚えて聞いてみた。
「でも、何でそんなにもあそこに霊が?」
「たぶん、これだね」
猫叉先輩はそういうと、ジャージのポケットから何か、円盤状だった物を取り出した。中央からひびが入り、所々欠けて、そして二つに割れている。
「これは多分、霊を召喚する為の物だと思う。あんまり知らないから断言出来ないけど、これを中心に、霊が周りを囲んでたんだ。だから潰して、持ってきた」
「と言う事は、自然発生ではない、って事ですか!?」
不動尊君の問いに、猫叉先輩は頷く。
「誰かが意図的に使った、という事だね」
霊を呼び寄せる何者かがいる。それは単に霊が出ると言うことより気持ちの悪い事だった。誰が、何の為に。そして、それはこれからも?
どれも分からない。だから余計に気味が悪く思えた。確実に何かが起こっている。何かが……。
「うーん」
と姫子さんが目を覚ます。そして今の自分の状態を、つまり不動尊君にお姫様抱っこされているという事実に気付き、一言。
「私には、ダーリンがいますのでー」
「色んな意味でどういう意味だね!?」
本当にそう。