暇人な彼と彼女
自慢でもなんでもなく、私の彼氏は頭がいい。
あたしがいう頭がいいっていうのは、けしていい大学に行ってるとか、医者とか政治化を目指してるとかそういうやつじゃない。
知識が豊富っていった方が正しいのかな?
一般常識はもちろん、どうしてそんなこと知ってるんだって知識が詰ってる。
あたしは、彼の話す姿が好きだった。
タバコを吸いながら、どこを見てるのかわからないような瞳で、詰った話を少しづつ教えてくれる時間が好きだった。
あたしの質問に彼が答えられないことはほとんどない。
ただ、一度だけ答えを出すのにすごく時間がかかった質問があった。
「どうしてそんなに知識があるの?」
彼はこの答えを出すのに、タバコを三本必要とした。
あごに手を置いたりしながら考え、考え、考えに考え抜いたあと、彼はぽそっと答えを口にした。
「暇だから、かな」
どうして暇だと知識が増えるんだろう?
「人生ってのはままならなくてな。一生懸命なやつにとっちゃ短いのに、どうでもいいやつにとっちゃバカみたいに長いんだ」
「それと知識とどう関係あるの?」
「お前が会社に遅刻しそうだとしよう。当然一生懸命走るだろう。そうすると、周りの景色になんか目がいかない」
頭の中でその光景を想像してみた。
確かに景色なんか見てる余裕はなさそうだ。
「それに対して、何もやることがないやつは、周りの景色が目に入るんだ。むしろ、目に入れないと歩いてる時間が長すぎて間が持たない」
「だから暇だと知識が増えるの?」
「少なくともオレはな」
そういって、彼は読みかけの本を手にとってページをめくり始めた。
「本を読むのも暇つぶし?」
「そうかもな」
「ねぇ、もしかして私と一緒にいるのも暇つぶしだったりする?」
彼は笑っただけでそれに答えなかった。
何度せがんでも、答えは教えてくれなかった。
たぶん、答えは出ていたはずだ。でも口にしなかったのだ。
そして、彼は私に最後まで答えを教えることなく、暇つぶしの人生を終えやがった。
「あぁ、そうだ。オレ、ちょっくらいってくることにしたわ」
「どこに?」
「あの世」
まるでコンビニにでもいくかのような気楽さでやつは飛び降りやがった。
マンションの最上階から地上にダイビング。
もちろんやつの身体はぐっちゃぐっちゃで、それはひどいありさまだった。
私はそのぐちゃぐちゃになったやつの姿を見つめてから、部屋に戻った。
明日にでもなればいろいろと問題になるだろう。
その前に、やっておかないといけないことがある。
「えーっと、あったった」
ポケットにあいつがつかっていたライターと、お気に入りのたばこを詰めて、屋上に戻る。
「だめだろー、あたしはタバコ吸いながら話てる姿が好きなんだから」
それがあたしがこの世に残した最後の言葉。
あの世があるのかなんてわからない。
あの世があっても、もしかしたこの世と変わらない暇な世界かもしれない。
でも、それでもいい。
ヤツのいない世界は、考えるまでもなくあたしにとっては暇な世界だから。
そしてそれは、やつにとっても。
だから、一緒に暇つぶししよう。
あんたは話して暇つぶし。あたしは聞いて暇つぶし。
暇暇暇暇暇つぶし。
あー、そろそろ地面だ。
END




