8話
※異種間でのキス描写があります。
意識がゆっくりと浮き上がってくる。
ふと、頬にザラついた温かいものが通り過ぎた。一拍おいてまたそれは通り過ぎる。
重い瞼を開いていけば、視界に映るのは白。温かくてフワフワでモフモフしている。
あまりの気持ちよさにそこに顔を擦りつけていると頭の中で女の人の声が聞こえた。
『もう朝よ。起きなさい。』
「ぅぇ…?」
もう一度目を開けて視界をずらすと白い彼女と黒い彼が私をのぞき込んでいた。
うまく力の入らない身体をよろよろと起こすと黒い彼が私の頬を優しく舐めて顔を寄せてくる。
『おはよう。』
「おはよう。ヴァイス、シュヴァルツ。」
自然と口から2匹の名前が出てきた。どうでもいいけど「ヴァ」がちょっと言いにくい。
私に顔を寄せていたシュヴァルツはバッと顔を引き離した。その青い瞳は驚愕で見開かれている。
チラリと白い彼女にも視線を向けると、彼女の真紅の瞳も同じように見開かれていた。
『レナ…どうして私達の名前を…。』
「夢でリューン様に会った。私に貴方達と共にスクライドを救って欲しいって言ってたよ。」
『リューン様が…。』
呆然とシュヴァルツが呟く。もしかして信じてくれてないのだろうか。
が、別にそんなことはなかった。だって2匹がそっと立ち上がったと思ったら急に私の前に来て頭を下げたのだ。
まるでそれは姫君や王に忠誠を誓う騎士のような、そんな感じがした。
そしてすぐにこれから契約を結ぶのだろうとなんとなく思う。
「私契約の結び方リューン様に聞いてないんだけど…。」
『簡単よ。私達があなたに名前を教えてお互いの体液を交換すればいいの。』
思っていたより少ない手順だった。仮にも神獣との契約なのにそんなに単純でいいのだろうか。
しかし私はちょっと困っていた。体液交換のことだ。どうやって体液を交換するんだ。
そもそも体液とはいうけどそれって唾液とか血液とかそういう類という認識でオーケーなの?
『体液はレナの身体から出るものなら何だっていい。手っ取り早くいくなら唾液交換だろうな。』
「じゃあ唾液でいこう。交換の方法は?」
『ふふ…こうするのよ。』
ジリジリとヴァイスが私に近寄ってくる。その顔に浮かぶ不適な笑みに少し恐怖した私は足を1歩後ろへと後退させた。
『さぁ、目を閉じて。』
「え、なんで。」
『別に閉じなくても結構だけど、人間はキスをするときは目を閉じるものだと聞いたことがあるわ。』
んんんん?え、キスするの??
あ、唾液の交換ってそういうことか。
と私がひとりで納得している間にもヴァイスはどんどん近寄ってくる。そもそも狼のその口と人間の唇でキスをするのはとても難しいと思うんだけど。
じゃなくて!とにかくこれは恥ずかしいから止めねば!!
「き、キスってそんな恥ずかしいこと…!!」
『あら、レナは誰かとキスをしたことないの?』
「そんなのあるわけっ……あー…あ、るわ…」
そういえば私のファーストキスはさっき夢の中でリューン様が華麗に奪っていったんだった。
そんなこと目の前の2匹には言えないけどね!!
『ならそこまで緊張することないじゃない。それにこれは契約の一環なんだから。』
『まぁそんなに嫌なら他でもいいぞ。つっても唾液以外だと体に傷つけなきゃいけないけどなぁ。』
「んんんんん……わ、分かった…。」
そう、血液交換とかになったらお互いの体に傷を付けて血を舐めなくてはいけなくなる。私は別にいいけど2匹の体に傷をつけるのは嫌だ。
それにヴァイスに言われたとおりこれは契約に必要だからやるんだ。それに唾液交換をオススメされてそのまま考えもせずに安易に首を縦に振った私が悪いんだし。
私は意を決してヴァイスに唇を差し出した。恥ずかしいから目はしっかりと閉じておく。
ほどなくしてヴァイスの少ししっとりとした口先が私の唇に軽く触れる。
すると唇の上をヴァイスの舌が通り過ぎる。
その刺激に開いてしまった入口からヴァイスの薄くザラついた舌が私の中に入ってきた。
口の中を優しく走っていく舌遣いに私はどんどん骨抜きにされていく。ちょ、ベロチューなん て私初めてなのにっ…!!
『レナ、飲み込まないと。』
シュヴァイツにそう言われて私は自分が完全にそのことを忘れていたのに気づいた。
なにせヴァイスの舌についていくのに必死なのだ。
口の中に溜まった唾液をゴクリと飲み込む。不思議とほのかに甘く感じたのは決して私がヴァイスとのキスに感じていたわけではない。絶対にだ…!!
それから少ししてヴァイスが離れていった。真紅の瞳は愉快げに細められている。どうやらご満悦の様子。
『とっても甘くておいしかったわ。ありがと。』
「ど、どう、いたしま…して…はぁ…はぁ。」
対する私は酸欠なのか息が苦しく立っていられなくなりその場にペタンと座り込んでしまう。
そんな私を労ってくれるかのようにシュヴァイツが優しく頬を舐めてくれるけど、ちょっと今は止めて欲しかった。
…なんでたかが頬を舐められるだけで身体が痺れたように動かなくなるんですかねぇ・・・!
『それじゃあ次は俺の番だけど…大丈夫か?』
「も、もうちょっと、待って…。」
『分かった。ゆっくりでいいからな。』
シュヴァルツはまるで紳士のように気遣ってくれるが私の視界には待ちきれないとばかりに動きまくっている黒い尻尾がうつっている。
さっきヴァイスが甘くておいしいとか言ったからだろう。私の匂いを嗅いだときもそうだったし。
「…ごめん、座ったままでいいかな。」
『あぁ。後ろに倒れたら危ないしな。構わないよ。』
ゆっくりとシュヴァルツが私におおいかぶさる。そして私をそっとのぞき込んだ。
その青い瞳には好奇の光が宿っていた。あまり、期待をしないで欲しい…。
そっと重なる口先と唇。どうせベロチューされることは分かっているので私は素直に薄く唇を開けた。
入ってきた舌はさっきと同じく薄くザラついていたけど動きだけは全く違っていた。
ヴァイスがゆっくり解きほぐすような動きだったのに対してシュヴァルツの舌の動きは性急で。
私は座ってすらもいられなくなって仰向けに倒れ込む。首のすぐ横にシュヴァルツの前足が入り込んできた。
「まっ…!しゅ、シュヴァる…ぁっ…く、くるしっ…んぁ…!」
そろそろ本気で酸欠がやばいと思った私はシュヴァルツの顔横の毛を引っ張った。
けど力の入らない手ではそれはただ毛を掴んだだけでキスに夢中になっているシュヴァルツを止めることはできない。
唾液は充分に飲んだしそろそろ離してもらわないと夢の花畑とは違う花畑に旅立ってしまいそうと思ったその時、身体の上の重みがなくなった。
滲む視界で捉えたのはシュヴァルツの上に跨って動きを抑えているヴァイスだった。
『あんたがっつきすぎよ。もうちょっとでレナが死ぬところだったじゃない!』
『………すまん。あまりにも甘くてつい…。』
ヘナヘナとシュヴァルツの耳と尻尾が情けなく垂れている。
必死に呼吸を整えながら2匹の様子を見守っているとシュヴァルツと目が合った。
文句の1つでも言ってやろうと思ったらシュヴァルツは前足の間に顔を埋めて『ほんとにすまない…。』と弱々しく謝ってくる。
その姿は昔ネットで見た「ごめん寝」というタイトルの猫の写真と変わりなくて思わずプッと吹き出してしまった。
『怒ってないのか…?』
「いや、怒ってるけど…怒る気もなくなっちゃったよ…。」
私は動物のそういう可愛いポーズに弱いのだ。
とにかくそんなこんなで契約を無事に結ぶことができた。
私のことが甘いだの何だの言ってまた擦り寄ってくる2匹。これからずっとこんな感じが続くのか…。
とにかく、まず向かう先はファーレン。そこには冒険者が集まるギルドがあって魔獣の討伐依頼などがたくさん集まるそうだ。
依頼だから成功すれば報酬が入る。どの世界もそれなりに暮らしていくにはそれなりのお金が必要だ。
最初はそこでお金を稼ぎながら少しずつ魔獣との戦闘に慣れていけばいいと思う。
ヴァイスとシュヴァイツがいる上にリューン様からもらった武器もある。きっと大丈夫だ。
ぶかぶかの上着を着てオカリナを首から釣り下げる。財布をポケットに入れてリュックは置いていくことにした。
持っていても仕方ないからだ。それに教科書の入ったリュックはただのお荷物にしかならない。
私は伏せてくれているヴァイスの背中によっこらせっと乗り込む。
「それじゃあ、行きますか。」
穴の中を出ると微かに朝日が差し込んで自然と顔の前に手を翳す。
ふとリューン様の「頑張って。」という声が聞こえたような気がした。
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