7話
触れた唇に熱はない。
まさかこんなことになると思っていなかった私が動揺していると、唇を通して身体に温かい何かが流れてきているのを感じた。
きっとこれがリューン様の力なのだろう。その心地よい温かさに私は思わずうっとりと目を閉じてしまう。
これまた永遠と思える数分間の後、リューン様はそっと私と距離を開けた。そして優しく問いかける。
「苦しくない?大丈夫?」
「うん。むしろ内側から力が湧いてくるようなそんな感じがする。」
「なら、大丈夫ね。良かったわ。」
そういって微笑むリューン様の顔を見ていると、ふとさっきの力の受け渡し(キッス)のことを思い出してしまい、恥ずかしくなって私はプイッと顔を逸らす。
だってアレ、私のファーストキスだったんだよ。ファーストキスの相手が神様とかたぶんどの世界でも私だけだよ自信あるよ。
そんな私を見てリューン様は「可愛いわねぇ。」とか言いながら頭を撫でてくる。いや、リューン様のが数百倍可愛い。
「そんな可愛いあなたに私からプレゼントをあげるわ。」
「プレゼント…?」
「利き手を出して。」
神の力だけでなくまだ何かくれるのか。なんと気前の良い神様なんだろう。
素直に利き手を差し出すとリューン様はまるで宝物を扱うかのようにひどく優しく私の手を包み込み、手首にそっとキスを落とした。
今回は全く動揺はしなかった。にしてもリューン様はそんなにキスがお好きなんだろうか。
リューン様がその麗しい唇を離すと私の手首に透明な石でできた素敵なブレスレットが填められていた。
これはお守りかな?神様から送られたお守りとか私これからきっと順調に良い人生を送れそうな気がしてきたよ。
「それはあなたの武器よ。念じてみなさい。そうすれば真の姿を現すから。」
あら、これ武器なの?どっからどう見ても素敵なアクセサリーにしか見えない。
念じると言われてもどう念じたらいいのか分からなくてそっとリューン様に視線を向けるとニコリと笑って返事をしてくれた。
どうやらなんでも良いらしい。「出ろ。」とか「姿を現せ。」みたいな感じで。
私は利き手に少し力を込めて「おいで。」と心の中で呟いてみた。
すると私の利き手には金と銀で装飾された美しいマスケット銃が。
「あら、随分と変わった物を出したのね。」
「てっきり聖剣みたいなのが出てくるかと思ってた。」
「そのブレスレットは填めた者の心を元に武器を生み出すのよ。」
つまり私の心はマスケット銃ということなのか。どういうことだ。
というか私はマスケット銃のことはあまりよく知らない。確かこの銃って連発できないんだよね。
ふと私はとある魔法少女がこの武器使ってたなぁと思い出した。メインキャラなのに早い段階で退場した彼女はネットなどで一躍話題を呼んだものだ。
そんな彼女はどう戦っていたっけ。
「少し質問いい?」
「どうぞ。」
「これって一気にたくさんマスケット銃出せますかね。」
「たぶんできるんじゃないかしら。」
まぁやってみなくちゃ分からないということで握っていたマスケット銃をひとまず置いておく。
今度は「もっと…!!」と強く念じてみると一気に8本のマスケット銃が私とリューン様の間に姿を現してくれた。
試しにもう一度念じてみるとマスケット銃は出てこない。どうやら一気に9本出すのが限界のようだ。
「この銃の使い方は分かる?」
「えぇまぁ大体は。一発式だからどんどん使い捨ててはまた出してって感じで戦うのがいいのかも。」
私は手近なマスケット銃を手に取って右方向に銃口を向けてトリガーを引いた。
パンッと耳に心地よい音と共に弾が吐きだされ、握られていたマスケット銃はたちまち音もなく消滅していく。
「使ってない銃はあなたのすぐ傍に浮かせておけばいいわ。そうすればどこから狙われてもすぐに対応できる。」
「うん、そうさせてもらう。」
それは良い考えだ。いちいち地面に突き刺さっているマスケット銃を引っ張り出して戦うなんてできそうにないし。
私はさっそく頭の中に私を取り囲むように浮いているマスケット銃たちを描く。
実際にそれをやってみるため、リューン様から少しだけ離れて立ち上がる。
少し意識をすればマスケット銃たちはいとも簡単に私の思い描いた通りに並び始めた。
一気に全てを同じように動かすのは簡単にできたが、それぞれが独立した1つの生き物のように動かすことはできなかった。
これは徐々に特訓を重ねていくしかないようである。ひとまず全てのマスケット銃をしまった。
「大丈夫、あなたならすぐにできるようになるわ。これから夢の中で特訓すればいい。」
「これからもこの夢を見ることができるの…?」
「当たり前よ。あなたと会えなくなるのは寂しいわ…。それに言ったでしょ?サポートするからって。」
「…よろしくお願いしますね。」
これから何にも知らない異世界で戦いが始まろうとしている。
だけどあまり不安はない。私のためにリューン様がこんなに保険をかけてくれたのもあるけど、なにより私の中に宿るリューン様の力のおかげでいつも近くにリューン様を感
じられるのが一番大きいかな。
何かお礼がしたいと思った。私だけこんなにもらうなんて少し…いや、かなり不公平だ。
「別にそんなのいいわよ。」と渋るリューン様をあれやこれやと説き伏せると彼女はやがて小さく笑いながらこう言った。
「あなたのオカリナが聞きたい。ほら、あなたがこの花畑をイメージして作ったって言ってたあの曲。」
それは私が初めて作曲した曲だった。通っていたピアノ教室で出された課題が作曲だったので私はこの花畑をイメージして短い曲を作ったのだ。
まだ年齢が2桁いかない餓鬼が作った割には中々良い作曲だったと自分でも思う。先生もすごく褒めてくれてたし。
元のメロディーはそのままに色々なアレンジを加えてオカリナ用に編曲もした。私にとって一番古く、大切な曲。
「分かった。」
私が宙に手を伸ばせばたちまち両手にはオカリナが姿を現す。
マウスピースをそっと口に含むと、優しい風が私の頬をそっと撫でていった。
曲名は「花の世界」