6話
※同性でのキス描写があります
水晶のような、オカリナのような綺麗な声が初めて私の耳に届いた。
花畑に寝転がって流れていく雲を見ていた私はバッと起きあがる。そう遠くない所に彼女はいた。
柔和な笑みを浮かべて彼女は私のすぐ目の前までやってきてしゃがみ込み私の頬を両手でそっと包んできた。
顔を優しく上に傾けられ視界に広がるのは彼女の美しい顔。やだ、鼻血とか出てないかな私。
「あなたは相変わらずね。冷静なのかそうでないのか時々分からなくなる。」
はい、私もそう思います。
声には出さずに心の中でそう答えたけど顔に出ていたのだろうか。彼女は困ったような表情でクスリと笑った。
でも、すぐに少し悲しげな表情になってしまう。どうしてかすごく心が痛んだ。そんな顔をしないでほしい。
「あなたに、お願いがあるの。私と一緒にスクライドを救って…。」
「スクライドって私がトリップした…ということはあなたが?」
「ごめんなさい。」
悲痛そうに目を閉じて彼女はポツリと謝る。そしてふと白い彼女の言葉を思い出した。
私をこの世界に連れてきたのは-
「リューン様…?」
私が確信もないままそう呟くと彼女はゆっくりと目を開けて微笑んだ。
そうか、あなたがリューン様なのか。まさか夢でずっと交流をしていた相手が異世界の神様だっただなんて。
そして白い彼女の言ったとおりリューン様は私にスクライドを救って欲しいと言ってきた。
「どうして、私なの?」
「ここはね、私の創った神の領域なの。ホントは私以外の誰にも入ることはできないはずなんだけど、ある日あなたはやってきた。」
あら、私の質問スルーされた?でもまぁ気にしない。
そういえば初めてこの夢を見たとき、リューン様はかなり驚いたような顔をしていた…気がする。
もう何年も前になるから記憶が朧気になっているけど…。
「驚いたわ。今までそんなことは一度も無かったし、それにあなたは私の世界の人間じゃなかった。けれどその時思ったの。この子が私の世界を救う希望になるかもしれないと。」
「なんで?私は選ばれた人間でもないしたいした力も持ってない。」
「じゃあ質問。神の力をふつうの人間に宿らせるとする。そしたらその人間はどうなると思う?」
「チートじみたものすごい力を手に入れると思う。」
私が率直に思ったことを伝えるとリューン様は「ちーと…?」と首をかしげた。やばい鼻血出てないよね?
「そのちーとというのはよく分からないけれど、あなたが言ったとおりその人間は強力な力を手に入れるわ。でもね、人間の身体がその力に耐えきれなくて結局その人間は消滅してしまうの…。」
ワーオ…。小説とかでもよくある強力な力に伴う副作用というかそんな感じのものだろうか。
まぁ消滅という時点で副作用ってレベルを遙かに超越しているけど…。
「けれど、私の力を授けても消滅しない子がいるの。」
「もしかしなくてもそれは私のことですか。」
「あなた以外に誰がいるのかしら。」
本気でヤバイと今更ながらに焦りだした。けどフフっと笑うリューン様を見るとそんな気持ちがひゅるるると萎んでいく。
言いたいことはなんとなく分かった。リューン様は自分の力を私に預けてスクライドを救ってもらおうとしているんだ。
恐らく私がこの夢を見だした時からずっと。
「どうして私ならあなたの力を受け止めることができるの?」
「あなたと夢で出会って数年間。私は出来る限りあなたの傍にいて私の力をその身体に馴染ませていたの。だからあなたは2人の声を聞くことが出来る。それに言われたでしょ?私とそっくりな匂いがするって。」
「あ。あぁ、そういうことか…。」
2人というのは今日出会った白い彼女と黒い彼のことだろう。しかしこれであらかたの疑問は解決した。
なるほど私にリューン様の甘い香りが移っていたわけか。自分ではそんな甘い香りしなかったけどなぁ。
私はふとリューン様の肩に手をかけて彼女の喉元に鼻を持って行った。当たり前だけど汗くさくはなかった。というか何の匂いもしなかった。
そんな私の謎行動にリューン様はクスリと笑うと頬から離した両手で私の髪を梳くように撫でてくれた。
「リューン様は私に力を渡してその力でスクライドを魔獣から救って欲しいんだね。」
「…あなたに酷いことをしているのは分かっているわ。でも私は現実で実態を持つことはできない。ここからスクライドを守るのはあまりにも無謀なの…。」
「……リューン様。ひとつ聞いてもいい?」
「…なに?」
私は自然と抱き合っている状態になっていたリューン様をすこしだけ引き離した。
彼女の夜空のようなキラキラと輝く黒い瞳を真っ直ぐ見つめた。
「リューン様は私のこと好き?」
「もちろん大好きよ。あなたと過ごす時間はスクライドの未来を予感して震える私の心を温めて、慰めてくれたわ。」
「…そっか。私もリューン様のこと好きだよ。」
そう言うとリューン様は頬を少しだけ赤らめてはにかむように笑った。
私は私でリューン様が「好き」と言ってくれたことに純粋に喜びを感じていた。
この時点で既に私の心は1つの選択を選び取っていた。
「お引き受けしましょう。」
「本当に、いいのね…?」
「私のことを好きと言ってくれる人の、しかも数年間も共に過ごした人の頼みなんて私は断る気が起きない。」
私は自分のことを心から「好き」と想ってくれる相手には尽くしてあげたい。そう思ってる。あ、犯罪とか相手を傷つけるような行為はなし。
神様相手に大変失礼なことだが、私にとってリューン様は「親友」のような存在だったのだ。相手側がどう思っているかはこの際置いておく。
それにこの日のためにリューン様は数年前から準備をしてきたのに今更それを溝に捨てるようなマネなんてできない。
「それでは私の力の半分をあなたに授けます。残りの力で私はあなたのサポートをさせてもらうわ。」
「了解。」
「あっちではヴァイスとシュヴァルツがあなたを守ってくれる。夢から覚めたら名前を呼んであげて。そうすれば契約を結べるはずよ。」
「ヴァイスとシュヴァルツ…ドイツ語で白と黒か…。」
「この子達以外にも私の創った神獣がスクライドにいるわ。私からいざというときは手を貸すように頼んでおいてあげる。」
「それは心強いね。ありがとう。」
「それじゃあ…今から力を渡すわね。」
一通りの説明を終えると、リューン様はまた私の頬を両手で包んで顔を近づける。
そしてその距離はみるみるうちに縮んでいき…あ、ちょっと待ってやばいやばいやばいやばばば
「ッ…!!」
リューン様の麗しい唇がなんと常に若干乾燥している私の残念な唇に合わさってしまった。