2話
思わず大切なオカリナを両手から落としそうになった。いや、絶対落とさないけどね。
大きさは私が立ち上がればちょうど目線が合うくらいだろうか。かなりデカイ。
1匹は銀色に近い白い毛色でもう1匹は漆黒ともいえる真っ黒の毛色をしていた。
しばらく私は氷漬けにでもされたかのようにその場から動くことができず2匹をただただ見上げていた。動いたら食い殺されるとそう思ったからだ。
時間にすればほんの数分だったかもしれない(私からしたら永遠に思えた)、ずっと動かなかった2匹のうち白い方が私に1歩その脚を踏み出した。
ビクリと体が跳ねる。また白いのが脚を踏み出せばまるで連動でもしてんのかってくらいに私の体は跳ね続け、最終的に白い狼の鼻先が私の首元に埋まる くらいまで近寄って
きた。
スンスンと匂いを嗅ぐ音が聞こえる。黒い方に目を向けてみればそっちは最初と変わらず私をジッと見ているだけで近寄ってくる気配は無かった。
(喰われる…)
そう思った。このままその大きな口で私の喉を噛みちぎるんだろうと。
いっそ痛みを感じさせないように思いっきりやってくれたら手っ取り早いかもしれないなぁとも思った。私は目を閉じ心の中で遺書を書き始める。
お決まりの「お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください」から始めているとふとおかしいことに気づいた。一向に狼が襲ってこない。
未だに私の匂いを嗅ぎ、そしてフウウウとまるで安心するかのように息を吐いたのだ。鼻先が耳の裏にあたって擽ったい。
そして私の中である欲望がふつふつと沸き上がってくる。
(触りたい…)
さっきまで喰われそうとか思ってたくせに何を考えているんだと自分でも呆れた。でもこんなに触り心地の良さそうな毛が目の前にあるんだ。思いっきり撫でてもしそれで噛
み殺されてもいいんじゃない?どっちにしろ私はこのまま元の世界に帰れなければこの森で野垂れ死にするだけなんだから。
私は右手を恐る恐る持ち上げた。そして狼の喉元あたりの毛をゆっくりと撫でる。やばい、めっちゃ触り心地良い。
するとなんと狼は私の手に顔を擦り付けたのだ。まるでそれは犬や猫が主人に甘えるような仕草だった。私はそのまま白い狼を撫で続けた。さっきまで怖いと思ってたのに今
では可愛いとしか思えなくなっている。モフモフ気持ちよすぎ…!!
『あぁ…いい匂い…』
「…ん?」
私はピタリと手を止めた。まるで頭に直接響いてくるかのように女性の声が聞こえたのだ。
『あら、止めちゃうの…?』
「まさか…」
私の呟きの後に白い狼は埋めていた鼻先を後退することによってそっと離した。
真紅の瞳にしっかりと捉えられる。そこに写っている自分の顔はひどく情けない顔をしていた。
『あら、もしかして私の声が?』
「はい、女の人の声が聞こえます…けど」
『まぁ!!ちょっと聞いた?私達の声が聞こえるそうよ!!』
白い狼は後ろの黒い狼を振り返る。すると黒い狼はゆっくりと私に近づいてきてその青い瞳をこちらに向けてきた。
『驚いたな。おい、俺の声が聞こえるか?』
「はい、ちゃんと聞こえます…」
正直にそう答えるとその青い瞳が驚きからか少しだけ見開かれた。
というかなんで私は狼と会話してるんだ!!普通に考えてありえないことじゃん!!
「な、なんで狼が喋って…」
『喋ってるんじゃない。これは念話に近いようなものだ。意識を直接お前に送ってる。』
『でも普通の人間はこれを受け取れないはずよ。ねぇ、あなた一体何者??』
「わ、私は龍崎玲那。日本生まれの女子高生です。あの、ここはどこですか…?」