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Vivid Urona  作者: ディライト
プロローグ
2/8

プロローグ2

 俺は一先ず町内の散策をすることにした。バイトやら寝床を探すのも兼ねて、この町が一体どういう所なのかというのを大まかに把握したかったからだ。

 バスには乗らずに歩いて回る。金はあるとは言っても、たかだが十六の小童の貯めた小遣いだ。何もしなければせいぜい一ヶ月程で消え去ることだろう。無駄遣いするわけにはいかない。

 駅前大通りをひたすら進んでビル街から離れていくと、少ししてうろな商店街入口が見えてきた。

 そこには古きよき時代を思わせる賑やかな掛け声で包まれていた。運動会でもないのに国旗や三角旗などで装飾され、まるでお祭り会場にでもいるようだ。人の往来もかなり多く、とても活気がある。商店街が衰退してきている昨今に、今だにシャッター商店街になっていない所があるとは驚きだ。

 思わず歩く速度を緩めて、そこらかしこに視線をさ迷わせたくなってくる。

 暫く素晴らしい景色を堪能して、俺は商店街を横断した。そこを過ぎるとグラデーションのようにオフィス街から住宅街へと変わっていく。暫く歩けばすっかり一軒家に囲まれた道の真ん中を移動していた。

 犬の散歩をしている人や買い物帰りの主婦、自転車に乗りながらだべっている高校生グループに、一列になってカルガモの子のように歩く小学生たち。

 何の事件も起きる気配も感じられない、長閑で平和な町の風景。

 俺が住んでいた町とそんなに代わり映えは見られない。いや、劇的に変わった町なんて存在するはずがない。ならばなぜ俺は、引き寄せられるようにこの町に足を踏み入れたのだろうか。

 そんなことを考えながら、いつの間にか河川敷のほうまでやってきていた。

 高台の上から下を眺めてみると、簡易の野球場で汗を流すスポーツ少年たちの元気な掛け声が聞こえてくる。その近くには公園のような遊具も設置されていて、小さな子供も多く見受けられる。そんな様子を孫を愛しむような笑顔で眺めながら歩いているご老人がいることから、遊歩道としても活用されていそうだ。

 笑顔が溢れ彩りのある町、うろな。

 その中心で、単身で海洋に漂流したぶいのように居た堪れない孤独感を感じている俺。

 ここも結局、俺の居場所ではないのかもしれないな。

 別の場所へ行こう。

 そう思って駅方面へ踵を返し、向こう岸を繋ぐ橋に差し掛かったときだった。

「チビ!?」

 突然目の前で子犬が橋から飛び降りた。

 橋の手すりから身を乗り出すように覗き込む少女。

 つられて俺も下を見る。

 ぱしゃりと控えめに水しぶきをあげて、ゆうに十メートル以上の高さから着水した子犬は流れの緩やかな川の中へと消えていった。

 恐らく十秒ほど波立つ水面を眺めていたが、子犬は一向に浮かび上がってこない。

「だ、大丈夫なのか!?」

 俺は思わずそのおろおろとしている少女に声を掛けた。

「多分、泳げないと思う……」

 一瞬訝しげな視線をくれてから、少女は眉間にしわを寄せた。

 黒髪で左右の首もとで自然と内側に巻いたボブカット。少し気の強そうな猫目に小ぶりな唇がすぐに印象に残った。

 ただ俺は、そんな少女を横目に見ながら、すでに手すりの上に立ち上がっていた。

「ち、ちょっと何してるんですか!?」

 少女の制止の言葉はあまり耳に入っていなかった。

 とにかく助けなければいけない。今までの人生、こんなイベントなんてまるっきり無かったのだ。この機会を逃したら、俺はまたつまらない人生に拍車をかけ、見て見ぬ振りをした自分を責め続けることだろう。

 だから俺は、迷いなく一歩を踏み出した――――


 ――――のだが、これは本当に生死の危機である。

 ひたすらもがき続けているが、身体はどんどんと暗い奥底へと沈んでいく。まるで地獄への入り口のようだった。

 右手で必死にリュックサックを振りほどこうともがいているがやはり取れない。もう片方の手には同じく水中でもがいていた子犬が抱かれている。これでは共倒れだ。しかもまさか犬と一緒に死のピンチに陥るとは思いもよらなかった。

 ああ、この町でなら自分を変えられると思ったんだけどなぁ……。変わるって生まれ変わるってことだったのかなぁ……。それもいいかもしれないなぁ……。

 そんなことを思いながら、俺は見たくも無い十六年の走馬灯を頭の中に描きながら、深い水の底へと沈んで――

「!?」

 その時、俺の眼は人魚を捉えた。いや違う。先ほど子犬と一緒にいた少女だ。

 少女は俺の手持ち無沙汰な右手を握る。しかしそこで、俺の意識は途切れた。


「――――……ぇ…………ねぇったら!」

「はぁぇ!?」

 突如頬の当たりに痛みを感じて飛び起きる。急に大きな声を耳元で出されたものだから思わず素っ頓狂な声が出る。

「ぷっ……。なにその声」

 少女は悪戯っ子のように俺を笑っている。

「いやこれは急にお前が大声上げるから……って子犬は!?」

 すぐに記憶が蘇ってきて、俺は四方八方へと首を振るう。

「あ……」

 と思ったら灯台下暗し。俺の膝に乗っかって首辺りを足で元気良く掻いていた。

「無事か」

「うん。ありがとうね」

 俺が安堵の息を吐くと、少女は真摯な表情でぺこりと小さく頭を下げた。

「この子、ランニング中に落ちた私の髪留めを拾ってくれようとしてみたいで……」

 少女は前髪を止めた赤い髪留めにそっと手を置いた。よくよく見ればランニングシャツにショートパンツ、それに走りやすそうなシューズを履いた格好だ。これなら泳ぎが得意なら俺のように溺れることもないだろうと思った。子犬に関してもようやく飛び込んだ理由に納得がいった。

「お礼を言わなきゃならないのは俺の方だ。……お前が溺れてる俺を助けてくれたんだろ?」

「さぁ、どうだったかな」

 くすくすと喉を鳴らす。

「究極にダサかったよな、俺。泳ぎには自信あったんだけどなぁ」

「荷物背負ったまま飛び込むなんて、絶対にアホの子でしょ、おじさん」

「ちょっと待て、聞き捨てならない言葉が二つほど聞こえたな。特に後者は酷過ぎるぞ」

「おじさんいくつなの?」

「俺は十六歳だ! ピッチピチの高校生だ! ……まぁ元だけど」

「元って?」

 そう聞かれて、俺は一瞬押し黙った。

 しかし何となく、ただ何となく、誰かに聞いてほしくて、俺はこの小柄な少女に思いの丈を打ち明けた。

 退屈な毎日が嫌になった、反抗してみたくなった、そして新しい自分を探してみたくなった。

 それらをわかりやすく、それでいて独り言のように、眼前に広がる青々としたうろなの空に放った。

 そんな俺の拙い言葉を、少女はひたすら黙って聞き続けていた。

「……それで、俺はこの町に来たってわけ」

 そうやって話を締めると、少女はふーんとわかったのかわかっていないのか中途半端な反応だけ寄越して、子犬を抱きかかえて立ち上がった。

「簡単に言うと、マサムネはニューマサムネになりたいってこと?」

「うーん、まぁそれであってる」

 子供の考えることはユニークだと苦笑しながら首を縦に振った。

 っていうかいきなり呼び捨てかよ。

「じゃあ大丈夫だよ。この町の人たちはみんな親切で、面白い人たちがいっぱいだよ。だからきっと、マサムネのしたいこと、見つかると思う」

 にこりと笑って見せるその表情が、太陽の逆行に照らされて輝いて見える。

 天使って本当にいたのか。そんな馬鹿げたことを考えてしまうくらい、俺の心は健気な気持ちにほだされてしまったのかもしれない。

「わたし、椋原真帆むくはらまほ。うろな中学校に通ってる二年生。住むとこないならウチにくる? 使ってない離れの家があるんだけど」

 そう言って、小さな手を差し伸べてくる真帆の手を、俺はしっかりと握り返した。

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