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連作ホラー『デビィ&レイ』シリーズ

Rhapsody of Tukimushi

作者: まあぷる

当作品はサイトからの転載です。

 ここはパラレルワールドのアメリカ。

 ここではヴァンパイアや魔物たちが人間に紛れて暮らしている。

 そして、必然的にハンター達も彼らを狙っている。そんな状況下での、ちょっとした物語。


 斜めに差し込んでくる日差しが、机の上に穏やかに振りそそぐ午後三時の図書館。

 黒いセーターに茶色のレザージャケットを羽織った長い金髪の青年が、書棚から一冊の本を抜き出すと、閲覧室の椅子に腰掛けた。ちょうど向かい側に座っていた別の青年が彼のほうをちらっと眺めて、少し顔を赤らめる。

 閲覧室は本を捲る音と時おり聞える咳払い以外は何一つ聞えない。


「あらあ! そこにいるのはレイじゃないの? お久しぶり!」

 突然、聞えてきた色っぽい声にレイは驚いて顔をあげた。オレンジと黄色のメッシュに染めたショートヘアにエメラルド・グリーンの瞳の女性がにこにこしながら近づいてくる。豹柄のボディコンワンピースが似合いすぎるほど似合っている。

「あ……。ああ、キャシーじゃないか! よかった。無事だったんだね?」

「そうよ。あんたも無事だったみたいね。まあ、あれからいろんな街を転々としていたんだけど、この街でいい仕事が見つかってね。クラブのダンサーだけど給料がいいのよ。で、デビィは元気?」

「まあね。奴は相変らずだよ。この街は俺も気に入ってるんだ。ハンターもほとんど見かけないしね。今日は本を探しに?」

「当たり前でしょ。間違ってもこんな所に男を探しには来ないわよ。図書館だもの。ところで何を読んでるの?」

 レイは本を手に取ると、隣に座ったキャシーに表紙を見せた。

「『吸血鬼ドラキュラ』ブラム・ストーカー。ふうん。ずいぶん古典を読んでるのね」

「まあね。昔、人間がヴァンパイアをどう認識していたのか知りたくてね」

 キャシーがふっと溜息をついた。

「きっといい時代だったんでしょうね。のんびりしていて。出来ることならその時代に戻ってみたい。そう思わない?」

「ああ、思うよ」

 レイは少し遠いところを見るように、すっと目を細めた。キャシーは彼の顔を改めてつくづくと眺める。

 

 長いまつげ、吸い込まれるようなペールブルーの瞳。あたしの仲間にだってこれだけの美貌をもった女の子は少ないわ。

 まあ、彼は綺麗なんだけど、そのせいで声をかけてくるのは必ずと言っていいほど男だし。災難って言えば災難よね。あたしはあたしで、素敵なブラック・パンサーを探しているんだけれど、そうそう見つかるもんじゃないわね。もう絶滅しちゃったのかしら?

「ねえ? レイ。ツキムシって知ってる?」

「ツキムシ? 外国語? 聞いたことないなあ。それがどうかしたの?」

「うん。実は先日、妙な日本人の女の子と知り合ってね。留学生なんだけど彼女、あたしの霊能力のことを誰かに聞いたらしくって。自分に憑いたツキムシを取って欲しいって言うのよ」

「へえ? 取ってやればいいじゃない」

「だからあ。そんな簡単なことじゃないのよ。彼女を見る限り霊なんて憑いていないし、でも、何か凄く嫌な気配を感じるのよ」

「彼女の身体の中にツキムシがいる?」

「そう。でもツキムシ自体が分からないのよ。彼女に聞いたら、日本に帰省した時に肝試しに廃墟になった神社に行って取り憑かれたって。何か不都合があるのって聞いたら、このままだと身体を乗っ取られちゃうって」

「そりゃ、大変だな」

「だからね。なんとかやっつけられないものかと思って調べに来たのよ。ツキムシのこと。でも、どの本を見たらいいのかさっぱり。レイなら分かる?」

「ああ、たぶん、モンスター関係の本を調べれば……。ちょっと待ってて」

 レイは本を閉じるとすっと立ち上がり、顔にかかってくる髪をひょいっとかき上げて閲覧室を出て行った。

「あ、あの……」

 向かい側に座った体格はいいが気の弱そうな眼鏡の青年がキャシーに話しかけてきた。

「はい?」

「隣の方はお知り合いですか?」

 

は、は~ん。

「そう。あたしの友達よ。でもね、残念ながら彼はゲイじゃないのよ」

「そうですか……」

 やっぱりね。モテモテなんだから少しくらい相手にしてやればいいじゃないって思うけど、そんなこと言ったら絶対怒るわよね、レイって。

「そうなの。だからもし、今晩、おひま? とか携帯の番号教えるから今度付き合って~とかは間違っても言わないほうがいいわ。彼って見た目と違って凶暴だから、酷い目に遭わされるわよ」

「す、すみませんでした」

 あらあら、ちょっと脅かしすぎちゃったかしら。

 

青年は慌てて机の上の本を掴むとあたふたと出て行った。


「この本だったら出ているかもしれない。あれ? どうしたの、にやにやして」

「ううん、何でもない」

 キャシーはレイが置いた本の題名を見た。

「『世界のモンスター事典』? へえ、ずいぶん分厚いのね。そんなにモンスターっているわけなの?」

「いや、人間の想像上のものが大部分だから、実際にはずっと少ないはずだよ」

 キャシーはさっそく本を手に取るとページを捲った。ツキムシ、ツキムシ、あった!

「Tukimushi。生息地、日本。英語名Moon Worm。 間違いないわね。うわっ、気持ち悪い虫!こんな虫のどこが月に関係してるのよ?」

 そこに描かれているイラストは黒い、ヤスデのような虫で顔の部分には真っ赤な眼が六つ並んでいた。口は大きく、細かく鋭い歯がびっしりと生えている。

「さあね。月の満ち欠けと生態が関係してるとかかな。体長4インチか。意外に小さいな。人の身体に入り込んで取り憑き、最後には身体を乗っ取ってしまう。乗っ取られた人間は普段は普通の人間のふりをしているが、時々、虫の正体を現して人を襲って食う。退治法は……見つかっていない? 取り憑かれたものに死の危険が及んだ時にのみ虫は身体を離れる。離れた場合は他の人間に取り憑かないうちにガラス瓶に閉じ込めて封印の呪文、詳細は別記、を唱えよ、だって」

「どうしよう! そんなの絶対無理よ」

「そうだね。いや、待てよ……」

 レイはしばらく考え込んでいたが、やがてキャシーを見て、嬉しそうに笑った。

「いいことを思いついた。その女の子、今夜、俺のアパートに連れて来いよ。そうそう、空のガラス瓶を持ってくるのを忘れないで.。ツキムシは俺が取り除いてやるよ」


 

「と、そういうわけで今日はキャシーが女の子を連れてくるわけだ。大人しくしてろよ、デビィ」

 デビィは黒い髪に茶色の瞳。レイよりは色が黒く、背も少しだけ高い。彼にはいくらかイタリア系の血が混じっている。理由あってレイと暮らし始めてから、はや数年。

 お互い、兄弟のような間柄になっている。

 スーパーマーケットの仕事を終えたデビィは、アランセーターに穿き古したジーンズのまま、古ぼけたソファに座り込んで、チーズバーガーを齧ってはワインの瓶を呷っている。

「なんだよそれは。俺が食っちゃったら困るってわけ?」

「あ、当たり前だろ! そういうことじゃなくって、お前って女の子が来ると興奮して何をするか分からないからさ」

「大丈夫、大丈夫。腹は減ってないし、最近は紳士になったから。それより、また郵便受けに入ってたぞ、ラブレター。上の階のケイトくんからだ。ええと、なになに? 『愛しのレイさま、あなたを見るたびに私の心臓はブラスバンドのように激しいリズムを奏でます』だって? 臭っせ~! ぶわはははは~!」

「こ、こらー! 読むなあっ!」

 レイはデビィから手紙を奪い取ると黙って読んでいたが、やがて手紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込んだ。顔が真っ赤になっている。

「あなたのお尻がど~したいとかってずいぶんストレートだよなあ?」

「デビィ……いいか、いい加減やめないと……」

 その時、扉をノックする音がした。


 キャシーと一緒に入ってきた女の子はウェーブのかかったボブカットの髪を赤茶色に染めている。黒い大きな瞳の持ち主で、薄いモカ茶のニットのワンピースを着た可愛い娘だった。彼女は床を見つめたまま、なかなか顔を上げようとしない。

「あ、あの、初めまして。神無月夕菜っていいます。こちらの大学に留学して二年になります。専攻は……」

「あらあら、面接試験じゃあないんだから、そんなに緊張しなくってもいいのよ」

 キャシーはソファに居座っていたデビィを手で押しのけてどけると、夕菜と一緒に座った。

 小さなテーブルを挟んだ向かい側の一回り小さいソファにはレイが座った。

「初めまして。俺はレイ。彼はデビィだ。最初から話を聞かせてもらえるかな?」

 夕菜は顔を上げてレイを見た。見る見るうちに顔が赤く染まっていく。

「あ……あ、あの、その」

「ん、どうしたの?」

 そう言ってレイが少し身体を乗り出した為に、夕菜はますます真っ赤になってしどろもどろになってしまった。


 あらまあ、この娘、ひょっとしてレイに一目ぼれかしら? 

 日本人ってこういうタイプに弱いのかもね。ふふ。これは新発見だわ。


「あ、あの、あの……」

「ええい、面倒くせえ! そこどけ、レイ!」

 デビィはそういうが早いか、レイの胸倉を掴んで椅子の外に放り出した。

「いってえ! 何するんだよ!」

「だってお前が相手じゃいつまでたっても夕菜ちゃんは喋れないぜ。さあ、俺が聞いてやるから話してみな」

「あ、ごめんなさい。あんまりこっちの男の人と話したことないんです。いつも日本人とだけ喋ってるし。あ、キャシーはクラブでバイトしてる友達に紹介してもらったんです。あの、私、夏休みに帰省したときに、友達に誘われて肝試しに行ったんです。地元にあるすっごく古い神社で、神主さんがいなくなってから、誰一人お参りしなくなって、ぼろぼろなんです。それで、私たち、一人ずつ神社の建物の中に入るっていう肝試しを始めたんですけれど、私の番が来て中に入ったときに、何かが口の中に飛び込んできたんです。にゅるっていう感じで。その時はびっくりしたけれど、後は何でもなかったんで気にしてなかったんですけれど……。こっちに帰ってきてから時々、記憶がすっぽり抜け落ちてる時があって。今朝も朝起きてみたらベッドの回りが泥だらけだったんです。確かに脱いだはずのコートも着ていたし」

「それじゃ、夜中に外に出て行ったんだね? 自分の知らないうちに」

「かもしれません。私、凄く怖いんです。このままじゃ身体を乗っ取られちゃう気がして、キガシテ、キ……ガ……」

 

 夕菜は大きく目を見張った。全身ががたがたと震えだすと同時に目が真っ赤になり、口が耳まで裂けた。手足が黒く変色し、あっという間に6フィートほどの長さにまで伸びると、テーブルの上に素早く飛び乗った。手足を折り曲げて四つんばいになったその姿勢は蜘蛛そっくりだ。

「コノオンナハオレノモノダ。キサマラジャマヲスルナ!」

 デビィは夕菜を睨みながらソファから立ち上がり、身体を緊張させて身構えた。

「おやおや、こいつは驚いた。すんなり出て行く気はなさそうだな。気をつけろ、レイ!」

 すっかり化け物に変貌した夕菜はデビィの方に身体を向けていたが、いきなり方向を変えるとレイに飛び掛かり、押し倒した。

 レイが悲鳴を上げて、夕菜を突き飛ばそうとしたが、身体をがっしりと抱え込まれてしまっていて、動くことが出来ない。

「ウマソウダナ、オマエ」

 夕菜は言うが早いか、レイの腕に齧りついた。

「うわっ!」

「レイ!」

 デビィがキッチンに走っていって包丁を持ち出し、駆け寄ろうとした瞬間、しなやかな獣が夕菜の横にふわりと降り立つと、思い切り夕菜の髪の毛を引っ張った。キャシーだ。

「ギャッ!」

 夕菜が手を離した瞬間、レイがその身体を突き飛ばした。

 だが、既にレイの右の上腕の肉が噛み取られ、血が噴出している。

「く……!」

 レイは左手で腕を押さえ、痛みに顔を顰めながら立ち上がった。

 突然、夕菜の様子がおかしくなった。立ち上がって悲鳴をあげ、苦しそうに喉を掻き毟り、レイの肉を吐き出した。

 レイは素早く夕菜の後ろに回りこむと、その白い喉に手を回し、鋭い牙を突き立てた。

 夕菜の身体から力が抜け、崩折れると同時に、口の中から黒い虫がのたうちながら出てきた。レイは急いでその虫を捕まえると叫んだ。

「キャシー! ガラス瓶を!」

 キャシーがガラス瓶を開けて渡すと、レイは虫を押し込んで蓋をし、何やら呪文を唱える。ツキムシはたちまち動かなくなった。


「夕菜さん、起きて。もう、ツキムシは取り除いたよ」

 レイの呼びかけに、夕菜はうっすらと目を明けた。

「あ、あの、私……どうしたのかしら。レイさん、どうしたんですか? 凄い怪我。まさか私が」

「ああ、これは気にしなくっていいよ。すぐ治るから。それより見てごらん」

 レイは夕菜をバスルームに連れて行くと、鏡を見せた。

「ほら、ふたつ穴が開いてるだろ? 上が俺が虫を追い出す薬を注射した穴で、下がツキムシが出てきた穴だ。そして、これがツキムシ」

「ひ!」

「大丈夫だ。封印してあるから動かないよ。日本に持って帰ったら、偉いお坊さんにでも頼んで預かってもらうといい」

「そうします。ありがとうございました。でも、この痕、何となくヴァンパイアに噛まれたみたいですね」

 レイがびくっと身体を振るわせた。デビィは後ろで、その様子を見てにやにやしている。

「嬉しい。私、ヴァンパイアに憧れているんです。一度でいいから噛まれてみたいんです。だから、ちょっと嬉しいです」

「……君、かなり変わってるね。でも、喜んでくれて俺も嬉しいよ」

「ごめんなさい。なんかんまだちょっと、ふらふらするんで休んでもいいですか?」

「ああ、ゆっくり休んでいって。コーヒーでも飲む?」

「ええ、いただきます。ありがとうございます。あの、それと……」

「それと、何?」

「あなたとデビィさんって恋人同士なんですか?」

「いや、ただの友人だよ。俺も彼もゲイじゃないんでね」

「そうですか? だったら……私と付き合っていただけませんか? レイさん」

 レイはちょっと困ったようにデビィの方を見たが、デビィは知らん顔をしている。

「ごめんね。君の気持ちは嬉しいけど、それは無理だ。恋人がいるんでね」

 夕菜はしばらくの間、下を向いて黙っていたが、やがて顔を上げ、レイに微笑みかけた。

「そうですよね。いるに決まってますよね。私、きっぱり諦めます」

 デビィがつかつかと近寄ってくると、戸惑って突っ立ったままのレイを尻目に夕菜をそっとバスルームの外へ促した。

「さあさあ、俺が飛びっきりの美味いコーヒーを入れてやるよ。夕菜ちゃんはモカがいいかな。それともキリマンジャロ?」


「それじゃ、またね。デビィ、レイ」

 キャシーが夕菜を連れて帰ると、レイはビールを出そうと冷蔵庫を開けた。たちまち、肉の塊がごろりと転がり落ちる。

「おい、デビィ。冷蔵庫の中は整理しておけよ。まあ、彼女がいる時に開けなかったからよかったけど。それから長期保存なら冷凍庫にしないと腐ってくるぞ」

「分かってるって。それより、お前、さっきはなんであっさり断ったんだ? 恋人なんていないじゃないか」

 レイは缶ビールを取り出し、プルタブを引っ張ると、一気に飲み干した。

「もう、人間の女の子とは付き合いたくないんだ。悲しませることの方が多いからね」

「……そうか。そうだったな。変なことを聞いてすまなかった」

「いや、いいよ。気にしてない」

 そう言って、レイはもう一本缶ビールを取り出した。

「それにしても、さっき何故ツキムシはお前の肉を食って苦しみだしたんだ?」

「それは、俺が人間じゃないからだよ。奴はたぶん人間の肉しか食わないんだ」

 デビィはチーズバーガーの最後の一片を口に放り込んだ。

「ふ~ん、俺はてっきりお前の肉が不味くって食べられないのかと思ったよ」

「ふふん。俺の肉は高級すぎて奴の口には合わなかっただけさ」

 レイはビールの缶を持ったまま窓を開けると窓枠に軽く腰を掛けて外を見た。満月にはまだ少し日がある月が蒼く輝いている。 

「レイ、お前さ、彼女を気絶させただけじゃないだろ?」

「ああ、もちろん。1クオート(注)ほど血をいただいたよ。血を吸われて彼女が死ぬと思わせないとツキムシが出てこないからね」

「とか何とか言って、最初からそれが狙いだったんだろ?」

「まあね。役得ってところかな。このうえなく美味だったよ。彼女の血は」

 レイは唇に人差し指を当て、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


(注)1クオートは946ml

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