絶望という雨に希望という傘を
絶望という雨に希望という傘を
神様、僕はどうして生きているのですか。僕はどうして生まれてきたのですか。死ねないこの身体など、僕はいらなかった。寿命の違う人々と分かりあえず、悲しいだけの日々。死の神タナトス様に嫌われたこんな身体、消えてなくなってしまえばいいのに。
愛してほしいなんて、言いません。だから、僕と一緒にいてくれる人をください。独りよがりだろうと、僕は人を愛したい。
ある日、僕の大きな屋敷の前に一人の赤ん坊が捨てられていました。一緒にいてくれる人をくださいと願いましたが、まさかこんな形で叶うとは思っていませんでした。
屋敷内に連れていき、慣れないことに困惑しつつお世話をしました。お世話をしていて気が付いたことは、この赤ん坊は女の子であるということと生まれたばかりではないことです。
一週間後、僕は彼女にヘスティアと名付けました。すべての孤児の保護者であらせられる炉の女神様から名前をいただきました。名前で誰かを呼ぶのは実に久しぶりのことで、緊張してしまいました。けれど、とても幸せな気持ちになれました。
屋敷の前でヘスティアを拾ってから五年が経ちました。彼女は、僕にはない『成長』を具現化したかのように育っていきました。
ブロンドの髪の毛を腰まで伸ばし、鳶色の瞳を輝かす彼女は見ていて少し、眩しかった。
ヘスティアの十歳の誕生日。僕は彼女にテディベアを送りました。時間の有り余っている僕の手作りです。とても喜んでくれました。お礼にヘスティアは頬にキスをしてくれました。人の温もりが僕をより孤立させている気がしましたが、気のせいだと、自分に言い聞かせました。
ヘスティアが十二歳の冬。勉強を教えることにしました。僕が教えてもいいのですが、必要な知識を何千年という年月から絞り込むのは難しかったためある方にお願いしました。ある方といのは、セレネという数百年前、僕の血を飲み不老となった女性です。不老不死である僕とは違い、不老の彼女は重い病気になれば死んでしまうでしょうし、馬車に轢かれれば死んでしまいます。そのため、僕に与えられた屋敷の一つでひっそりと暮らしていました。ヘスティアの教育を任せると、セレネはとても楽しそうでした。僕と同じように人の温もりが恋しかったのでしょう。
セレネの教育は五年ほどで終了しました。見た目に伴い、中身も成長していくヘスティアが可愛くてたまりません。
人とはなんて脆い生き物でしょうか。一五歳を迎えたヘスティアが風邪をこじらせ寝込んでしまいました。二週間、一睡もせず彼女の看病をし続けたところ、少しずつ着実に良くなっていきました。看病している間、ヘスティアは何度も僕に謝りました。ごめんなさい。ごめんなさい、と。何故、謝るのでしょうか。ヘスティアはなにも悪くないのですから、謝る必要はないのです。
十八歳になったヘスティアはとても美しい女性でした。僕以外の誰かと接したことのない彼女でしたが、外の世界に興味を持ったことがありませんでした。そのことが気がかりだった僕は、外の世界に興味がないのですかと尋ねました。彼女は笑って答えてはくれませんでした。
二十歳のヘスティアと北極へ行き、オーロラを見ました。五百年前に一人で見たオーロラよりも、ずっとずっと美しかった。ヘスティアの鳶色の瞳にオーロラが反射すると、見たこともない色がそこにありました。
嗚呼、僕はなんて罪深いのでしょうか。
ヘスティアと永遠に共にいたいなど、考えてしまうなんて。
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ヘスティアが七十九歳の秋。彼女は眠るように亡くなりました。老いない僕を気持ち悪がらず、亡くなるその直前まで共にいてくれたヘスティアにはどんなに感謝しても、足りないでしょう。
「愛していました。先に逝ってしまうことをどうかお許しください」
年をとってなお美しかったヘスティアの最期の言葉。
「……ありがとうヘスティア。どんなに長い時間が経とうと、僕はヘスティアという娘を、ヘスティアという女性を、ヘスティアという恋人を、ヘスティアという妻を、忘れたりしません」
最後にみた彼女の表情は、笑顔。
死の神タナトス様に嫌われたこの身体も、ヘスティアが愛してくれたことで僕は好きになれました。
独りよがりではない愛をありがとう。お休み、ヘスティア。
幸せってなんでしょうねっていう話です。
幸せの定義なんて人それぞれですよね。少なくともわたしはそう思います。




