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別府へようこそ

 ウォレットを取り出し有り金を引っ掴んだ。

 ただいまの軍資金一万二千円。

 がっくりと頭を垂れた。

 


 結局、俺は三回目の停学処分を下され、退学を言い渡された。一応寄宿舎通いなため高校には通えないものの、引っ越しの準備があるということで一ヶ月間の猶予を貰ってはいるが……俺には次に行く場所も住む家も見つかっていない。


「どうすんだよ……」


 一応就職案内の雑誌を見たりしてみたが不況の世の中、なかなか条件に合うバイト先は見つからない。

(なんでこうなったんだ?)

 気持ちとは反対にどこまでも澄み渡る空を仰いだ。

 俺は本当に途中まで我慢していたんだ。なのに、いつの間にか理性に反して体が動いた。そんなこと今まで一度もなかったのに……なんで。

(そういえばあの時、携帯が鳴って声が聞こえたかと思ったら俺は……!)

 後ろポケットに入っている携帯を取り出した。着信履歴を開く。


「ニート・ムラサキ。何やってるの?」

「ニート言うな、華」


 振り向くと、腰に手を当てて笑っている幼馴染みを確認出来た。

 携帯をしまいながら何の用かを訪ねると、さもエラそうに鼻で笑ってきた。


「家なし職なし高校中退ニート・ムラサキに、いいコト教えてあげようと思ってきたんだよ。ほら、コレ」


 差し出される一枚の紙。目を通すとそこにはあるバイト募集要項が書かれていた。


「ほら、うちのお姉ちゃんハローワーク勤めでしょ? それでムラサキのこと相談したらコレがいいんじゃないかってコピーくれたの。いいんだよ〜それ。高時給保証二千円以上、住み込み可&食事も有り、年齢制限なし、体力に自身のある方優遇。ね?」


 確かに条件にピッタリだ。

 無言で募集要項を読み込んでいく。企業の名前は“別府温泉旅館”。勤務地は学校から歩いて十分にも満たない場所にある。ホテル勤務の経験や資格は不問だが、なぜか格闘技経験者優遇になっていた。

(警備員か……?)

 別になんだっていいと思った。一応日本屈指の温泉観光都市であるここで生まれ育った俺は温泉が昔から大好きだ。何より、年齢制限も経験の欄でも引っかからず、住み込むで働ける場所なんてきっともう見つからない。しかも高時給! 行くしかない。

 さっそく履歴書でも送りつけようと期限を見た。


「今日までじゃないか!」

「そうだよ?」


 当たり前、みたいな口調で言われた。睨めばケラケラと笑って履歴書に書かれてある電話番号が液晶に映った携帯電話を突きつけてきた。


「前祝い。電話代くらい奢ってあげるね」



***





 電話をすると、書類も何もいらないからすぐに来ていいと言われた。少し不安に思う。高時給を唱っているのにこの対応、それだけ人が働きたがらない職場なのではないだろうか?

 疑念は抱きつつも指定された場所へ脚を運ぶ。

 小さな山のふもとにある旅館の前を通り過ぎ、車一台だけが通れそうな砂利道をひた登る。歩く度深く濃くなる緑、どこからか聞こえてくる水の音。どのくらい歩いただろう? 石壁の上に古い門が立っているのが見えてきた。振り返ってみると、結構高いところまで登ってきたようで、旅館の屋根が随分小さく感じられた。

 ゆるゆると門に近づきその頂きを見上げる。大きく立派な表札には“別府”という苗字が掲げられていた。

(旅館の経営者の家か)

 さすがにデカイと感心してから、視線を下げた。

 体がビクついた。

 すぐ目の前に女の子が立っていたから。しかし瞳同士が繋がるなり、全身の毛が逆立ち、背筋がヒヤリとした。

 少女の歳の程は……明らかに俺より下。多分、八歳かそこらだろう。身長が一四〇にも届かない程の背丈に子どもじみた顔がそれを物語る。しかし、童顔からは想像もできない程の大人びた表情がアンバランスで、恐怖を煽られた。艶やかな黒髪は長い前髪ごとハーフアップにされ、着ているものは真っ赤な着物。滑らかな白い肌は妙に白すぎて、顔色が悪く見えた。対照的に俺と同じ紫色の瞳だけがギラギラと光を放つ。そう彼女の風貌は、その象徴的とも言えるあまりに整い過ぎすぎた顔と相まって、まるで職人に作られた日本人形のようだ。

 逸らされることない視線がさらに人間らしさを失わせる。

 しかしやはり相手は子ども。急に動きを見せた。家の方に走っていったかと思うと木の陰からボールのような物を持ち出してきて俺の方に突き出してきたのだ。


「……遊べってことか?」


 間髪入れずボールをぶつけられた、頭に……。

 足下に着地した丸いソレを拾い上げながら時計を確認すると先方との約束の時間一〇分前。

 ここは遊んでやるべきかもしれない。少しだけなら時間はあるし、何よりこの子は経営者の子どもくさい。ご機嫌を取っておいて悪いことはないだろう。プライベートの時間は出世の時間だ。

 軽く投げ返すと、下駄が音を立てて繰り出されボールが蹴られた。大きな曲線を描きながらそれは門を超え、坂道に落ち、転がり落ちていく。

 女の子が懇願するように見上げてきた。


「取りに行かないのかって顔してるな? 行かないからな。俺は遊ぶつもりでお前にボールを返したんじゃない。蹴った自分で取りに行け」


 一瞬驚いたような顔をされた。しかし反応せず、さらに促してやる。すると渋々ボールが転がっていった坂の下へと歩いていく。

 その様子を途中まで見届けてチャイムを鳴らした、瞬間だった。


「ムラサキ……」


 後ろからどこかで聞いた声が聞こえた。振り返ると、さっきの少女が無表情でこちらを見上げていた。小さく息の吸う音。


「ムラサキが取っていらっしゃい」


 ピクリと体が反応した。

 そうかと思うと勝手に脚が反転し、ゆっくりと脚が坂の下へと動き出した。


「!?」


 訳が分からず動き続ける自分の脚を見、周りを見渡し、最後にまた彼女へ視線を戻した。

 すると少女がもう一度口を開く。


「止まりなさい」


 今度はピタリと体が硬直したように動かなくなってしまった。必死になって体を動かそうとするが、全く動かない。それどころか、彼女の言葉の通り心臓さえ止まってしまいそうな程ゆっくりな動きだ。

(っ……! なんだ、コレ)

 気味が悪い。俺の体がまるで俺の物ではなくなっていくような感じ、何かに蝕まれるような……。

(でもこの感覚は、前に味わったことが……!!)

 勢い良く顔を上げる。

 瞳の中には日本人形のような少女。

 小さな口元だけが笑った。


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