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プロローグ

 上半身を捻り、一旦停止。恐怖に歪む顔を見下げながら脚を繰り出す。


「あっ!」


 ガードごと吹っ飛ばされた女が畳に叩き付けられた。

 無言でその体を追いかけ横たわる体の脇に立つ。


「おい」

「………」


 返事がない。

 右足を浮かせ、肩をつま先でつつくと小さく息を吸う音が聞こえた。


「おい」

「………」

「おい、大丈夫か?」


 肩を踏みつけた後、尻を蹴り上げた。それでも起きない女の尻を尚も蹴る。一回、二回、三回……。奥歯を噛み締める。


「気絶した振りだってことはわかってるんだよ! 邪魔だからさっさと起きろ!」


 トドメだと言わんばかりに本気で蹴りを加える。

 バットで打ったような音が武道場に響き渡った。


「何をやってるの、ムラサキ!」


 小さく舌打ちをする。わざとらしく頬を膨らませた幼馴染み・湯野 華が道場の入り口のところで仁王立ちしていたからだ。


「……稽古の邪魔だから退けって言っただけだ」

「ようやく停学解けたのに、また同じことを繰り返すつもり?」

「稽古中の出来事だ、問題ない」

「どこが稽古中よ。制服のまんまじゃない! だいたい女の子を蹴ることないじゃないの!」


 顔の中心に眉を引き寄せた。

 聞きたい。もし、倒れたのが男だったら蹴っても良かったのか、と。違う。女は社会進出と共に“男女平等”を唱ってきた。なのに“ホワイトデーは3倍返し”“重たい物は男が持つ”“デートの代金は男が払うもの”“女の子には優しく”と、男には何かと強要を強いる。不平等だ。

 でもこんなこと言ったって無駄なことはわかっている。何度、華と顔を突き合わせて言い合いをしたことか。

 短く息を吐き、踵を返した。


「ちょっとどこ行くのムラサキ!」

「華には関係ない」

「何よその言い方!」


 後ろで俺への暴言を吐き、倒れた女のところへ走っていく足音が聞こえた。

 ムカつく。そのむかっ腹と比例するように、廊下を歩けば他の生徒が道を開ける。


「うわっバイオレンス来てる」

「もう停学とけちゃったの? マジで来なくていいんですけど」

「シッ、バイオレンスに聞こえたらどうすんの!」


 目だけ巡らせるととコソコソ話している奴らの体が縮み上がった。さらに違う方角の奴らからもあからさまに視線を逸らされた。

 舌打ち。

(もう“バイオレンス”が定着してきたのか)

もう一度息を吐く。

 いつの頃からか俺のあだ名は“バイオレンス”になった。もともとは、俺の名前が紫ということ、そして瞳も紫色ということで“バイオレット”だったと認識している。しかし部活に行く度、俺が女にも手加減なしで稽古をするものだからだんだん、バイオレンスと囁かれるようになっていった。そして停学を喰らった頃くらいから一気にその汚名は広がりを見せ……今の状態になった。

 もう一度息を吐く。

 と、何か固い物で脳天を叩かれた。顔をしかめて振り返る。

 ニヤニヤした嫌らしい笑みが妙に目につく学年主任が立っていた。


「観海寺ぃ、なんだもう停学解けたのか」

「……おかげさまで」


 あからさまな嫌な顔と皮肉の言葉をお見舞いしてやる。

 俺は、このウワバキ(靴下がよくズボンを巻き込んでいるから)と呼ばれるあだ名の先生が大嫌いだ。なぜか? 学年主任だかなんだか知らないが、やたらエラそうにしているし、ことあるごとに俺を目の敵にしてくるのだ。そういえば昨日までの停学処分もコイツにしてやられたのだ。体育館横の駐輪場で何やら物音がした。どうせイジメか何かだろうと興味本位で覗いてみると、やっぱりそうで、気の弱そうな男子生徒が三人ほどの男子生徒に囲まれて金を無心されていた。一度、苛められているヤツが俺に気づき助けをこうような顔でこちらを向いた。が、その瞬間俺は何もしないことを選択した。それで傍観し続けて、ようやく財布からお札が出てきたと思った時だった。あの学年主任が現れた。そこまではよかった。でもアイツは、現場を見るなり「校内でカツアゲとはいい度胸だな、観海寺」と俺を犯人だと決めつけてきたのだ。否定はしたが俺のことを邪険に扱っていたコイツは話を聞く耳を持なかった。それどころか俺に脅されてやったのだろうと真犯人達の擁護を始めた。カツアゲしていた奴らはコレ幸いだと俺に脅されていたと言い放ち、睨まれた苛められていたヤツも普段から俺に暴力を受けていたとその場を取り繕った。その後はなし崩し。成績もそこそこ、すでに一回停学処分を受けている生徒の言い分と、学年主任の言葉のどちらを信じるかと言われれば、そりゃ後者だろうよ。あっと間に俺は2度目の停学を言い渡された。


「ったく、俺の恩赦で一ヶ月の停学が2週間になったんだ。感謝しろよ」


(お前のせいで停学になったんだよ!)

 言葉を無視して横をすり抜ける。

 ベッタリとついたポマードの匂いに吐きそうだ。


「どこに行くんだ、昼休みはもう終わりだぞ!」

「………」

「おい、観海寺!」


 耳障りな雑音が何度も俺の名前を呼ぶ。


「……先生のポマードの匂いで気分が悪くなったので保健室へ」

「なっ!?」


 わざと振り返り鼻で笑ってやった。顔を真っ赤に、肩を震わせているウワバキが見て取れる。それにウケてまた嘲笑が出た。







 保健室に行き、しばらく眠ってから起きるとすでに五時間目の授業終了時間を過ぎていた。起き上がると同時に鳴るチャイム。

(どうせ6時間目だけだし帰ろうか?)

 いや、行っておいた方がいいと思う。この学校だってなんとかギリギリ、補欠で入学出来たくらいなのだ。ましてや二回の停学処分でほとんど授業を受けられていない、勉強ができないで進級出来なくなったなんて格好悪すぎる。それに俺は諸事情でここの寄宿舎で生活を余儀なくされている。もしまたあのくそ意地の悪い学年主任に何か言われて三回目の停学処分をくだされたら、次は退学だ。住む家をなくしてしまう。

 誰もいない廊下を抜けて、靴箱の前で脚を止めた。

 体育館横の駐輪場で小さな声が聞こえたのだ。また苛められているのだろうと、今度は助けてやらないでもないと奥を覗き込んだ。前回と変わらず、4人の男がその場にいた。が、情景は全く違っていた。苛められていたはずの男が真ん中を陣取り、さも可笑しそうに笑っているではないか。


「そういえばもうムラサキの停学解けたって?」

「らしいな。なんか一ヶ月って処分だったらしいけど、短くなったみたいよ」

「マジかよ。俺、折角殴られたのになぁ」

「おお、お前の演技凄かったからな! 名言だよ「ぼくは観海寺くんを許せません」」

「超ウケたな!」


 眉間にシワが寄り、高笑いが神経をさらに逆立てする。しかし、俺には我慢することしかできない。

 爪が食い込み、手の平に痛みが広がった。


「今度頼まれたらどうする? ウワバキ、退学に追い込むって言ってたじゃん。また金くれるんじゃね?」

「お前馬鹿だな、もうねぇよ。何度もやったらバレるだろうが」


 奥歯がギリリと鳴る。もう、コメカミの血管はぶち切れ寸前だ。

 しかしここでキレてはいけない。多分俺のことだ、キレたりなんかしたらアイツらだけじゃ済まない。確実に職員室まで殴り込みをかける。そうなってはウワバキの思惑通りだ。それだけは阻止しなくてはいけない、俺はあくまで十六歳、自分で家を借りることも職に就くことも難しい。

 何度も何度も自分に言い聞かせて、心を落ち着けさせることに専念する。

 と、突然俺の携帯が着信音を奏でた。

(気を紛らわすんだ!)

 誰とも確認せず着信ボタンを押し、耳に押し当てた。

 すると鈴の音のように凛とした女の声が俺の鼓膜を揺さぶった。



『心のままに動きなさい、ムラサキ!』



 次の瞬間。

 携帯を投げ捨て、男達に向かって走り込んでいる自分がいた。

 こちらに背を向け座っている男にまずは、後頭部めがけてローキックを喰らわせる。前のめりになったその背中を踏みつけ、他の3人を見下ろす。目が合った順番に蹴りを繰り出す。コメカミに、顎に、顔の中心に。

 一瞬にして男達が地面にひれ伏し、動かなくなってしまった。

(ちょ、何やってんだ俺!?)

 思うものの、イジメられ役だった男の頭を見るなり、脚が勝手にソイツに頭を踏みつけた。


「っ……何すんだムラサキ。お前、こんなことしてただで済むと……」


(そうだ、ヤメろ! ヤメろ俺!)

 でも、理性とは逆に逆立った神経と心に突き動かされて、思い通りに動けない。

 口が勝手に動く。


「いつも俺に苛められてたんだから、今更だろう?」


 タバコの火をもみ消すようにつま先を押し付け、振る。靴の下で皮膚と小石が擦れる感覚がした。漏れる苦しそうな声。

(ヤメろ、ヤメろ、ヤメろ!)

 しかし思いは虚しく、俺の体は尚も勝手に動く。もう、どちらが俺の意思なのかわからなくなってきた。


「で、さっきの話の続きだけど、俺の停学処分にウワバキが一枚噛んでるんだな?」

「………」

「言えよ、言うならこれ以上はしない。……まぁどうしても吐かないんなら会う度、これからも苛め続けてやるけど?」


 男の頭から脚を浮かせた。

 小さく笑って眉をハの字にする。


「お前みたいなヤツは嫌いじゃないからな」


 大きく開いた瞳に、笑う俺が映っている。すでに震え始めた唇から小さく息が吸い込まれた。すすられる鼻。


「お、れたちは、ウワバキに言われて……わざ、と……」


 話を半分聞くか聞かないくらいで満面の笑みを落とし……眉間に蹴りを入れた。いや、入れてしまった。白目を剥いて転がる男の姿が目の中に飛び込んでくる。


「観海寺ぃ!」


 視線を上げるといつかと同じ光景。向こう側に学年主任が立っていた。

 コメカミから嫌な汗が流れ落ちていった。


「二度目の停学処分明け早々いい度胸じゃないか」

「ちがっ」

「何が違うって言うんだ!? コイツらが勝手にこんな状態になったって言うのか! 違うだろ! 俺は見てたんだからな、いや俺だけじゃない。見てみろ!」


 太い指が空を切り、どこかを指差した。

 急いでその指の先である校舎を見上げる。

 視線と指の先には三階の職員室。目が合うは俺の幼馴染み・華。そしてその友人達。

 サッと頭から血が落ちて、体が揺れた。


クリスマス限定のつもりでしたが、あまりにも中途半端なところまでなので、ちょっと続けます。

よってクリスマス&お正月限定小説ということでw


なのでしばらくUPしておくのでこちらへの感想OKです^^

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