雪の王子様
「このグズ!!さっさと片付けておきなさいよ!」
尖ったヒールで蹴り飛ばされた勢いのまま、ポロポロのお仕着せを着た娘が泥と雪の混じる硬い地面へのその身を叩きつけられる。
ギャハハと笑う異母姉妹達の笑い声と、剥き出しの腕を温めてくれていた部屋から漏れる温かな空気が,バタンと閉ざされた扉によって、まるで蝋燭を吹き消すように呆気なく掻き消えていく。
ただでさえ薄着のお仕着せから覗く細く白い腕に一気に鳥肌が立つ。
倒された拍子に腕に食い込んだ小石を震える指先でそっと払い落とし、ボサボサの燻んだ濃紺の髪にかかった泥混じりの雪も少しだけ払う
メリア.アルージェ
彼女の、18歳の誕生日の夜だった
よくある話だ,政略結婚で結ばれた父と母、想い合わぬ両者が、互いに家の利益の為だけに結んだ婚姻で出来た子がメリアだった。
家柄はよいが男好きの母と女好きの父、どちらも長男長女でもなく、自由奔放に育てられ,結果一族の目の上のたんこぶとなった者同士を、害のない程度の爵位を与えて2人揃って厄介払いしたと言うわけだ
お義理程度に子を儲け、メリアが生まれるや否や母はどこぞの舞台俳優に入れ込み家出からの即離婚
父も一月と経たぬ間に、目元が父によく似たメリアと歳の変わらぬ娘を連れた女を後妻に据えたのだ
笑い声と明かりが漏れる窓を見上げて白い息を吐く,今や後妻の他にも愛人まで連れ込み,日夜酒を飲み交わし、父がいない日はその後妻と愛人、そして娘も加わって男娼を呼び豪快に騒いでいる
この家にもはや使用人はいない、雇う金も日夜湯水の如く消費されるあの酒代で消えていってしまうからだ
掃除道具を手に,割れた食器を震えながら片付け始める。
《誕生日,おめでとうございます、メアリお嬢様》
《おかあさん、ありがとう》
《まぁまぁ、私はお嬢様の母君ではございませんといつもいってますでしょう?マーサでございます、さぁお嬢様、マーサとお呼びください》
《でも、名前をつけてくれるのも、抱っこして髪をゆってくれるのも、全部おかあさんがやってくれることってご本に書いてあるわ》
《ふふ、私がわがままを言ってやらせていただいたんですよ、だってこんなに目に入れても痛くないほど可愛いマーサ自慢のお嬢様なんですから》
目を閉じると涙と共にマーサの腕の温かさが蘇る,名前すらつけずに乳母に任せたきり遊び呆けて子供の存在すら忘れる両親に見かねて名前をくれたのがマーサだった、わがままだなんてとんでもない、誰も彼もが捨て置いた赤子をただ1人、マーサだけが手を伸ばしてくれたというだけだ
《私の可愛い世界一のお嬢様》
愛おしそうに髪を撫で、そう口癖の様に言う優しい声が冷え切った心の中で魂まで凍らないように温めてくれる大事な記憶だ
「お母様…私にとっても、貴女だけが光で、世界にたった1人の家族でしたわ」
給金が支払えず,どんどん辞めていく使用人達の中で、マーサだけが最後まで残ってくれた
お金をもらえないからマーサだって絶対生活苦しいのに,無茶ばかり言う義母達の理不尽な命令に弱音ひとつ言わず,暴力を振るう義姉や義母達の手から抱きしめて守ってくれ、傷だらけの荒れた手で、おかあさんおかあさんと泣いているメリアの頬を優しく包んでくれた
濃紺の髪に積もる白い雪,青い目から涙が溢れて雪に落ちていく。
今日は雪がよく降る日だ、地面に積もり出した雪はすでに足首の高さまできている。早く寝床に帰らないとますます体の芯まで凍えてしまうだろう
今日の義母達は随分と深く酒を飲んでいる、義姉達が自慢げにいっていたが、どうも明日は王族が主催する宴があるらしい、王子の伴侶をそこで決めると噂されているが、どうも義姉達は自分こそが見染められるに違いないと確信しているようだ。
女誑しの父譲りの美しい顔は確かに目を引くものがある,義母の美しい金色の髪も継いだ義姉達は夜会でも周りの令嬢達が芋に見えるほど圧倒的な存在感を放っているらしい、そう声高々に自慢する義母の言葉通りであるならば、だが
人に暴力や暴言を吐く時のあの歪み切った愉悦の顔を普段みているメリアからすると首を傾げたくなるが、世の中は大層義姉達を絶賛しているとの事だ
もはや勝利を確信した様子の義姉達の祝宴は月が真上に来てもまだまだ終わる兆しを見せない
《お嬢様、見てくださいな、ほら、お祝いに駆けつけてくれましたよ》
《わぁ!可愛い雪だるま!こんにちは、来てくださって嬉しいわ》
記憶の中のマーサが、誕生日に作ってくれた雪だるま達を思い出しながら、赤く痛む手で小さな雪だるまを作る。冬生まれで唯一良かったことは、マーサが亡くなってしまった後も、こうして雪だるま達が誕生日に必ず来てくれることだけだ
ケーキも,蝋燭もない、でも必ず雪は毎年誕生日の日に降っていた
「今年も来てくれたのね、嬉しいわ。マーサと貴方が私の家族よ、雪だるまさん」
手のひらに乗る小さな雪だるま、悴んだ手ではこれ以上大きいのを作れそうもなかった
小枝を手の代わりに刺し,小石を目元に埋め込んだだけのシンプルな雪だるま、マーサから教えられたもう1人の家族の作り方だ
「貴方はいつも無口だけど、必ず来てくれるわね。ありがとう、大好きよ」
《お嬢様、あんまり抱きしめると溶けてしまいますよ。ずっと一緒にいたいなら、ハグじゃなくてキスでいいんですよ。それで十分雪だるまさんには伝わりますよ》
記憶の中のマーサの言葉に目元を綻ばせる。
白くふっくらした小さな家族に、小さく唇を落とす。
溶けないで、少しでもゆっくり一緒にいてね
そんな思いを込めて。
唇に冷たい感触が触れたのを感じ、閉じていた目をゆっくり開いた途端
不思議なことがおきた
雪だるまの周りだけ急にキラキラと輝き出したのだ、まるで雪だるまを中心に、周りを星が回っているような、そんな感じに
キラキラ光りながらゆっくり手のひらから離れていく雪だるまを唖然と見つめてしまう。雪だるまが浮いてみえるけれど、寒さによる幻覚なのかと目を何度も擦る
目を瞬かせるメリアの目の前で、雪だるまが突然ポンっと軽快な音とは不釣り合いな程巨大な姿へと突如として変わってしまう
「きゃあ!」
突然目の前に巨大化した雪だるまが現れてびっくりして腰を抜かしてしまうが、冷たい地面に尻餅をつきそうになるメリアの手を、誰かが力強く引き寄せ,腰を抱き寄せる。
「驚かせたかな」
くすぐるような甘さを含んだ低い声と密着した体に全身が硬直する。
青い目をそっと上へ向けると,ごく至近距離に白く輝く髪の美しい、白磁の美貌の王子様がメリアを薄氷の様な澄んだ瞳で甘く見つめて微笑んでいた。
美しい白地に銀の刺繍で雪の結晶が描かれたチュニックまで、全てが光り輝いてみえる程美しい王子様の姿に驚きすぎて声を失ってしまう
しかし、どう言う訳か王子様の方には、先程の雪だるまがつけていた目の代わりの小石が乗っかっているように見えるが、これも幻覚なのだろうか
突然魔法のように現れた王子様の姿に茫然としてしまったが、握られた手の温かさにようやくこれは現実だと気づくと、慌てて離れて深く礼をとる
「無作法を申し訳ありません…その、姉達にご用のお客様でしょうか?」
見窄らしい姿が恥ずかしい、見ないでほしいと願いながら、ボロボロにほつれた箇所を少しでも隠す様に1番ひどい箇所へそっと手をやり誤魔化す。
雪だるまが王子様に変わるはずもない、きっと白昼夢か何か見ている時にたまたまお越しになったお客様に会ってしまい、勘違いしたのだろう
寒さでぼんやりしていたせいだ、お客様の気を損ねたら義姉達にどれほど殴られるかと身を固くしながら頭を下げたままでいると、頭を下げたままの自分の視界に,こつりと王子様の白いつま先が入ってきた
え、と思う間もなく掬い上げられる様に再び手を繋がれて下げていた顔も上げさせられる
王子様の氷の様に美しい青い瞳とメリアの空色の瞳が重なる
「私が迎えにきたのは君だよ、メリア」
「…迎えに?」
掬い上げられた指先に王子様の唇が触れ,悴み痛い程の冷たさしか感じなかったそこが火にふれたように熱を感じる。カッと頬を赤くして手を引こうとするメリアだが、その手はまるで引くことを許さないというように優しくもしっかりと握られたままで動かない
いつの間にか再び腰に回ったもう片方の手により抱き寄せられ、間近で王子様の薄氷の瞳を…気のせいか、どこか深く暗い底知れなさを感じる瞳を見つめる事になる。
「メリア、ようやく君に会えるだけの力が溜まったんだ。今年も僕を作ってくれてありがとう」
「ひ、ひぇっあ、あの作ったって…あの手を,離してくださいっお召し物が汚れてしまいますっ」
今までマーサ以外にこんな人とくっついたことなどない、ましてや男性とだなんて人生で初めてのことだ。
つむじに愛おしそうに唇を落とす王子様の距離感にも唇の感触にもメリアはパニックに陥っている。
「汚れ…?メリアは昔からずっと綺麗なままだけど、あぁ…ごめんね言うのが後になってしまって、さっき痛い思いをしていたよね。大丈夫?怪我しなかった?」
どこから見ていたのか気遣わしげにこちらを見下ろす王子様の目が心配そうに揺れる。怪我なんか慣れっこだしそこは気にしていないが、泥や雪に塗れた自分を抱きしめた王子様が汚れてしまうのが心配で自分と王子様の体を見下ろしてメリアは固まった
自分のボロボロのお仕着せの代わりに,視界に飛び込んできたのは美しい純白のドレスだった。
雪の結晶のような透明な小さな宝石がいくつも縫い込まれ、繊細な刺繍はずっと見つめていられるほど美しい。いつの間にか首や耳にもプラチナと真珠の輝きが光っている。
一瞬混乱して、このドレスは誰が着ているのかわからなくなり、王子様とドレスをまで何度も視線を往復してしまう
三度目の往復の間もニコニコ嬉しそうに微笑む王子様の顔を見てようやく、この美しいドレスを着ているのが自分だと気づき飛び跳ねる
「な、なんで私の服がこんな…すごいドレスに…?!え?!どうなって」
「昔からメリアはずっとずっと変わらず綺麗なままだったよ、汚れなんて一つもない」
事もなげにいい、これで気にすることは無くなったでしょうと言うようにドレスを見るために開けていた隙間を早速王子様が埋めてくる。王子様の胸に頭を預ける形になりながら、メリアの顔色は赤や青と目まぐるしく変わるのに忙しい
「あ、あのこれ…魔法…でしょうか」
恐る恐る尋ねるメリアに王子様がメリアの髪を撫でながら頷く
「そうだよ、ドレス気に入ってくれたかな?」
魔法!昔読んだ本に、大昔には魔法を使えた人がいたと書いてあったけど、御伽噺だとばかり思っていたメリアは魔法の言葉に興奮してしまう
「は、はい…私にはもったいないくらいで、魔法って本当にあったのですね。あぁ信じられない、夢を見ているのかしら」
興奮に目をキラキラと輝かせるメリアの頬がうっすらと赤く色づくのを可愛いくてたまらないというように見つめる王子様
王子様の視線の熱にあてられたように恥ずかしくなって俯きながら,この視線の熱から逃れるように先ほどの疑問を口にする
「あの、先ほど作ってくれて、て仰っていたのは」
「うん、毎年メリアの誕生日に作ってくれていたでしょう。雪だるま、君がまだ2歳の時からずっとね。
マーサと並んで2人で僕に声をかけてくれた」
「…ええ、懐かしい…」
1番思い出せる古い記憶で、確かにまだ腰が少しまっすぐだったマーサと一緒に、だるまというよりほとんど山のような雪だるまを作ったことを思い出す。手の枝なんて10本は刺さっていたかも知れない
懐かしさでクスクスと笑いだすメリアに、「あの時頭にまで手が生えてどうしようかと思ったよ」と笑う王子様の言葉に2人してますます笑ってしまう
次の年は途中で雨が降り出して泥混じりのびちゃびちゃな雪だるま、マーサが今年はやめておきましょうといっても頑として譲らず強引に雪だるまにした事など、メリアが忘れかけていたことすら丁寧に思いださせてくれる王子様にメリアの警戒心がほどけていく
「そんなことを知っているなんて、貴方様は本当に毎年作ってた雪だるまの精霊なのですか?」
「精霊とは少し違うかな、でも君が心を込めて作ってくれて、毎年迎えてくれたから僕も少しずつ力を貯めることができたんだ。」
そう言って手をゆっくり開く王子様の手のひらには雪の結晶がカラカラと音を立てて回っている。月明かりを受けるたびに回る結晶が宝石のようにきらり、きらりと光を反射させ、メリアの瞳までも宝石のように輝かせる
「ふふ、それだけのことでまさか雪だるまが王子様になって会いにきてくれるなんて、同じような王子様がたくさんこの世界にいるのでしょうか」
「どうかな、他は知らないけれど。僕は君だけと決めていたし」
「!」
「メリア、ずっと早く迎えにきたかった。ようやく君にこうして触れられる」
ぎゅうっと、もう手放さないと言うように抱きしめる王子様の背に、恐る恐るそっと手を伸ばす
あれだけ降っていた雪はいつの間にはピタリと止んでおり、寒さに凍えていたメリアは王子様の腕の暖かさにすっかりと温められていた。
宴もすでに終わっていたのか、部屋の明かりはなく、喧騒も一切聞こえない。
メリアの胸ははち切れそうなほどに高鳴っていた
音のない世界のせいで、余計に王子様を意識してしまう。ゆっくりと身を離した王子様が、メリアと目を合わせたままその手を取ったまま跪く
「メリア、どうか僕の手をとって、僕と結婚してくれる?」
「…!わ、私なんかと」
「私なんかじゃないよ、メリアがいいんだ」
「でも、なんで…毎年作ったから、ですか?それだけで?」
「…」
毎年作って声をかけた、それだけでメリアを見初めたというのが腑に落ちない。恩義を感じてこの見窄らしい私にもプロポーズをしたのでは、とメリアの胸に不安が広がっていく。
黙り込んだ王子様が何というのは不安になって見つめていると、少し視線を逸らした王子様の頬と耳が少し赤くなっていくのにギョッとする
少し気恥ずかしげに顰められた横顔からも彼が何かを照れているのが伝わってきて思わず唖然と見つめてしまう
「…君は、作って声をかけた以外の事をしてたじゃないか」
「は?」
「…毎年、その、最初の僕を抱きしめて溶かしたあの年以降…してただろう」
「なにを?」
「その…口に…」
「…また棒でも刺しましたっけ…」
「違う!キスを!してきただろう!」
「あ」
「言っておくけどな、2歳の君が作った時の僕も2歳程度だったんだ。毎年メリア、君と一緒に育ってきて、僕は男だから…その、どんどん美しくなる君が…必ずキスをしてくれて…」
「き、聞いてすみません。あの、わかりましたから」
「いや、はっきり言っておこう。最高に美しく可愛いメリアにキスされて大好きだと囁かれて、こちとら手を出さないのに間近で見つめられて、こんなので恋に落ちない方がどうかしてるっ!
ここ3年は特に天国と地獄が交互にやってきたようなものだったさ!君は知らないだろうけど、君が14歳の時に僕はもう恋に落ちてた、幸せだけを感じてられたのはそこまでだったよ。そこからは生殺しの一言に尽きる。キラキラの可愛い目を向けて小さな桃色の唇をそっと寄せてくる君は天使のように可愛いけれど半分小悪魔だったよ。しかも去年、君熱出しながら僕を作った時に何したか覚えてるか?」
怒涛の王子様の感情の流出に、濁流に飲み込まれたようなメリアは二の句を告げない。え、あ、と意味のない声を漏らすことしかできず、顔を赤くするばかり。
そして続く去年の話題に必死に記憶を呼び起こして、メリアの顔が赤から青に急降下し,そして今度は鬼もかくやと言わんばかりに火が出そうな程に赤くなり、王子様の口を手で塞ごうとするが彼に簡単に抑えられてしまう
「熱がでてるのにそれでも作ってくれた君をあの時は本当に心配した、あの時ほど看病一つできない小枝の自分の手が恨めしい事はなかったよ。
そして君はいつもの、会えて嬉しい、の言葉の後に、普段するキスとは違って…なんだか美味しそう、と言った君は」
「お願いです本当に私が悪かったですごめんなさい許して!!お願い!」
「君は僕を一口食べて,あろうことか腹に顔を埋めてきたじゃないか、冷たくて気持ちいいなどと言いながら」
「いやー!」
言う王子様も当時を思い出したのか非常に顔が赤く、メリアも真っ赤のままだ。耳を塞ぐメリアの手を押さえ抱きしめた王子様は目に何処かギラギラする物を宿らせながらはっきりと断言する
「責任は絶対を取ってもらうぞ、僕の心をこんなに溶かしてドロドロにしたんだ。絶対に返事は「はい」以外に認めないからな」
王子様の外面丸っと投げ打ってガウガウと吠えつくように言う彼はもう王子様というよりまるで幼馴染の男の子のようだった。
もうメリアも溶けてしまいそうだ、わかったわかったと必死に何度も頷きながら顔を手で覆い隠すことしかできない
メリアが了承したのをみた王子様はまだどこかガルガルした空気のままだったが、ひとしきりメリアを強く抱きしめて思い切りメリアの匂いを肺いっぱい吸い込むとようやく落ち着いた顔をして照れくさそうに微笑んだ
「だめだね、君の望む通り、王子様らしくしてみようと思ったけど、僕は結局君の前で新雪を被ったままいられないらしい」
猫を被った、の雪だるまバージョンの言い回しらしい。王子様らしく、の言葉の意味がわからなくて小首を傾げるメリアに、忘れてたのかと王子様がまた半眼になり幼馴染の男の子のような少し意地悪な顔をみせる
「小さい頃、言ってたんだよ。いつか王子様が迎えにきてくれたらなぁ、て。私は綺麗なお姫様役やってみたい、なんて可愛いこといってね」
「む、昔の話じゃないですか」
「でも僕はその一言で、君の王子様に絶対になってやろうと決意したんだぞ」
「〜〜!」
幼い頃の夢まで持ち出されて恥ずかしくて敵わない、また顔を隠そうとするメリアの手をとって目を見つめた王子様がメリアの額にそっと口付ける。
ギュッと目を瞑ったメリアの鼻先に何か布が触れるような感覚がして驚いて目を開くと、目の前に繊細な刺繍を施されたベールがかけられていた。
「これって」
「プレゼント、これ、マーサから君への贈り物なんだよ。」
「えっ!」
「マーサが亡くなる少し前まで、彼女君が眠る横でいつか使える日がくれば、とずっとこのベールを編んでいたんだ。渡す前に亡くなってしまって、メリアに渡せなかったみたいだけどね」
「どうして、それを」
「…彼女、亡くなる前に僕に頼んでいたんだ。まぁ僕が本当に動く雪だるまだと知らないから独り言のようなものだったんだろうけど。
私が亡くなった後、お嬢様をお守りくださいますように、どうかこのベールを、私の可愛い娘が使える日まで守ってください
そう言ってね」
可愛い娘
「おか、おかあさん」
涙が流れて止まらない、お母さん,お母さん、やはりマーサも、メリアの事を娘と思ってくれていたのかと。メリアだけの一方通行じゃなかったのだ、可愛いお嬢様と言ってくれていたあの愛情込めた優しい言葉の裏には、彼女の母としての想いも含まれていたのだ。
ベールの向こうで涙を溢れさせる可愛い花嫁にベールごしにそっとキスをして抱き上げる。
胸の中で泣くメリアを抱えたままふわりと浮き上がり,ゆっくりと夜空の星を目指して飛んでいく。
どんどん小さくなる生家の事などメリアは少しも振り返らない。宝物のようにベールをギュッと握り込む。
「メリア、顔を上げて。きっとマーサも見てる」
「…っ!」
「そばにいるよ,ずっとずっと、誕生日の1日だけじゃない。これからはずっと一緒だよ」
「…っやくそくですよ」
「うん、約束だ」
そう誓い合った途端、メリアの薬指に光が集まり,きらりと輝く美しい指輪となる
王子様の指にも同じデザインのそれが契約の証のように現れる
ふわりと風に巻かれるようにしてベールが持ち上がる、月明かりに照らされた美しい王子様が幸せそうにメリアを見つめて微笑んでいる。
その笑顔に涙を拭い,メリアも微笑んで
月が神父の代わりを担うように見守る中,2人の影が重なった
そっと唇を離した2人が照れ臭そうに見つめ合い微笑む中、メリアが思い出したように今更な事を口にする
「王子様で幼馴染で、これから旦那様の貴方、お名前を教えてくださいますか?」
その問いに,王子様はニコッと微笑むと彼女の耳元に内緒話をするように唇を寄せて囁いた。
聞こえた小さな名前に微笑み、早速名前を呼ぼうとしたメリアの唇が王子様の指で塞がれる
「メリアにだけは教えるけど、声に出して呼んではダメだよ。悪魔の名前は口にするだけで呪いがかかってしまうからね」
内緒だよ、と微笑む王子様の顔を見つめたまま固まるメリアに意地悪そうな幼馴染のにやりとした笑顔を浮かべた王子様が呟く
「まぁ、精霊も悪魔も、似たようなものだよね?」
雲ひとつないどこまでも美しい月明かり照らす夜空から、メリアの、全然違うと思いますけどー!と言う叫びが山々の間を児玉していった
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メリアが悪魔と去った後の生家では、開かぬ家の扉をこじ開けようと赤く傷ついた手で窓やドアを引っ掻く女たちが白い息を吐きながら叫んでいた
「なんで!なんで家の中でこんな吹雪が!!」
「寒い!寒い!」
「誰か早く火をつけてよぉ!!」
「薪が全部凍ってる!」
「お母様なんとかしてぇ!!!」
「メリア!!メリア早く来なさい!!あのノロマ!!早く私たちを助けなさい!!!」
家の中ではありえぬ猛吹雪により、先程まで火が煌々と灯っていた暖炉には氷柱が垂れ下がり,豪奢なシャンデリアも氷柱の重さに耐えかねてガシャンと床に氷柱ごと崩れ落ち、女達の悲鳴はますます高くあがる。
同じ時刻、父である子爵の乗った馬車の中でも同じ地獄が起きていた。中で激しく子爵が戸を打っているが、不自然な程に音が漏れず、馭者の耳にも届かない。ただ眠そうにあくびひとつしてまだまだ姿の見えない屋敷へ向けてゆっくりと馬の尻をぼんやり眺めていた
母もまた然り,入れ上げた俳優に金を貢ぎすぎて殆ど持ち金が尽きた母は、安宿の一室、狭い厠の中で既に事切れていた。
厠を使おうとした客が、あかぬ厠に苛立ち,早く出ろよと怒鳴りながら去っていっても、凍りついた厠は一向に開く気配を見せなかった
メリアの預かり知らぬ所で、王子様のような美しくもちょっぴり意地悪な顔を持つ悪魔によって
メリアの憂いとなる存在が雪に覆い隠されていく。
メリアはさらに知らない事だが,この世界に悪魔が誕生したのは実に数百年ぶりであり、魔王がいた以来であることも。
悪魔の存在が、メリアと国そのものも大きく動かしていくのはまた別のお話
ちなみに義姉達の呼んだ男娼は無事です。ちょうど館についた時に呼び鈴押しても、いつもでてくるちょっと気になってた可愛い女の子もでてこないし、面倒な客の義姉達もでてこないので首を傾げながらUターンして帰っていきました。




