第6話「穏やかな日常と、窓の向こう」
盗難事件から、数日が経った。
犯人たちは無事に捕まったらしい。
ギルドの掲示板に張り出された通達によれば、タケルさんたちの証言と、他の冒険者たちの協力で、盗まれた素材も次々と回収されたそうだ。
ニュースのようにその報告を眺めながら、私は胸の奥で静かに息をついた。
あの夜の喧騒が、もう遠い日のことのように感じる。
――ただ、一つだけ気になるのは、盗賊たちの頭と思われる人物が、まだ見つかっていないという話だった。
彼らを裏で動かしていた“誰か”がいるらしい。
でもそれも、今の私には遠い世界の話だ。
私はただ、自分にできることをするだけ。
それからの私はというと――あの一件をきっかけに、薬の調合にどっぷりとハマってしまっていた。
単純に“楽しい”というのもあるけれど、やっぱり――あのとき、誰かを救えたという実感が忘れられなかった。
緊張で震えた手。焦げた匂い。薬が効いた瞬間の歓声。
全部が、私の中にしっかりと残っている。
だから、作るたびに思う。
この小さな瓶の中に、命を繋ぐ力があるんだって。
あの日から、私は何度も何度も試行錯誤を重ねた。
分量を変え、温度を調整し、抽出時間を細かく管理する。
そのおかげで、最近は薬の効能も格段に上がってきた。
「よし、今日の分もいい感じ」
光にかざすと、液体が淡い蒼色に輝いた。
香りも悪くない。これならギルドでの買い取り額も少し上がるはずだ。
そう、今の私は――薬師として、ちゃんと生活できている。
ギルドに納品したポーションが安定して売れるようになり、今では貯金を崩さなくても暮らしていけるほどだ。
ついこの前まで、部屋のカーテンも開けず、何かを作ろうなんて考えもしなかったのに。
「……まさか、こんな毎日を過ごす日が来るなんてね」
自分でも信じられないくらい、穏やかな時間。
朝に光を浴びて、昼に働いて、夜にはクロと過ごす。
何気ないけど、それが今は心地いい。
「こうなれたのも、クロのおかげかな」
私は、机の隣で静かに丸くなっている黒猫に目を向ける。
――けれど、そこにクロの姿はなかった。
「クロ?」
視線を巡らせると、クロは窓際にいた。
窓の縁に腰を落とし、外をじっと眺めている。
その瞳は、まるで夜の光を閉じ込めたように静かで――どこか遠くを見ているようだった。
最近、クロはこうして窓の外を見つめていることが増えた。
まるで何かを探しているみたいに。
外に出たいのかな?
「……ちょっとだけ、ならいいよ」
私は立ち上がり、そっと窓を開けた。
柔らかい風が部屋に流れ込み、草木の匂いがふわりと漂う。
「にゃにゃっ」
クロは短く鳴くと、軽やかに外へと飛び出した。
黒い影が、光の中を一瞬だけ横切る。
そのまま、茂みの方へと消えていった。
「クロ~、あんまり遅くなっちゃダメだよ~?」
呼びかけても、クロは振り返らなかった。
けれど、不思議と心配にはならなかった。
この街で生きるようになってから、クロは一度も迷子になったことがない。
どこに行っても、ちゃんと帰ってくる。
「もう……ちゃんとわかってるのかなぁ」
小さくため息をついてから、私は再び机に向かう。
乾いた薬草をほぐしながら、思考は自然とあの日のことに戻っていった。
――あの夜の翌日、タケルさんたちとギルドで再会した。
顔色もすっかり戻っていて、改めて感謝の言葉をもらった。
そのついでに、冒険者の世界についていろいろ話を聞かせてもらった。
ダンジョンの中での出来事。
スキルの使い方。
モンスターの種類や、採取できる素材の話。
どれも私には未知の世界で、まるで物語を聞いているようだった。
話を聞くうちに、心が少しずつ弾んでいった。
あの閉じた世界の中にいた私が、今は“知らない世界”に興味を持っている。
それがなんだか嬉しかった。
けれど同時に、タケルさんは笑いながら愚痴もこぼしていた。
「遠征はほんと大変だよ。ダンジョンの奥まで行くと、数日泊まり込みになることもあるしさ。装備も荷物も重いし、体力との戦いだね」
それを聞いて、私は改めて思った。
冒険者って、想像していたよりもずっと厳しい世界なんだ。
ダンジョンに潜る期間が長ければ長いほど、持ち物も増える。
稼ぎのいい冒険者は専属の荷物持ちを雇うこともあるらしい。
でも、大半の冒険者はそんな余裕もなく、自分たちで背負って潜るという。
「命を懸ける仕事……か」
そう呟いてから、私は小さく笑った。
やっぱり私には、冒険者は向いていない。
血を見るのもいまだに怖いし、戦うなんてとても無理だ。
でも、だからこそ――サポートする側でいられることが、少し誇らしくもあった。
「私は、こうして薬を作って、陰から支えるほうが性に合ってる」
瓶にラベルを貼り、木箱に並べていく。
ひとつひとつ積み重ねていくその作業が、まるで自分自身を少しずつ組み立てているような気がした。
それに――もしまた誰かが怪我をしたとき、
今度はもっと早く、迷わず動ける気がする。
「……うん、大丈夫。私、きっともう大丈夫」
その瞬間、外から小さな足音が聞こえた。
日が傾き、夕焼けが差し込む窓の方を見ると、クロがひょいっと顔を覗かせる。
夕陽を背に受けて、瞳がキラリと光った。
「おかえり、クロ。今日も……どこかでいいもの見つけた?」
「にゃっ」
クロは小さく鳴いて、また窓辺に腰を下ろした。
その姿を見ていると、なんだか胸の奥が温かくなる。
きっと、クロも私と同じなんだ。
少しずつ――この世界に馴染もうとしている。
窓の外では、茜色の空がゆっくりと夜に溶けていく。
穏やかで、優しい時間。
私は小さく息を吐き、クロの頭を撫でた。
「今日も、一日おつかれさま」
「にゃーん」
その返事が、まるで“ありがとう”って聞こえた気がした。
私は微笑んで、机の明かりを少しだけ落とす。
――穏やかな夜が、また訪れる。
あとがき
見て下さりありがとうございます!
手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
続きが気になると思ったら、
評価、ブックマーク、リアクション等
よろしくお願いします!
――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――




