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戦うのは怖いので、黒猫《クロ》と一緒に薬師ヒーラーとしてスローライフを謳歌しますっ!  作者: 烏羽 楓


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第5話「命を救う解毒薬」

「サキ先輩! レイナさんが、傷は塞いだけど――ナイフに毒が塗られてた可能性が高いから、私じゃ助けられないって言ってます! どうしたらいいですか!?」


 慌てて駆け寄ってきた受付嬢の声にサキの表情が曇る。


「毒、ですか……。解毒薬も今は残ってませんし、冒険者さん達の中に予備を持っている人がいないか声をかけてみて。ミオさんは、ここでゆっくりしててください。私はちょっと行ってきますね」


 サキは即座に判断すると、後輩の受付嬢を連れて駆け出していった。

 その背中が見えなくなった瞬間、周囲のざわめきがまた大きくなる。

 怪我人を囲む冒険者たちの焦りと、漂う血の匂い。

 私は、ただその場に立ち尽くしかなかった。


 ――怖い。

 また誰かが、目の前で死んでしまうかもしれない。

 そんな考えが胸の奥にこびりつく。


 無意識にキャリーバッグを抱きしめた。

 中のクロのぬくもりを感じることで、なんとか呼吸を整えようとする。

 けれど――。


 すっと、キャリーバッグが畳まれる。


「……え?」


 ファスナーはしっかり閉まっている。

 けれど、中にクロの気配がない。

 心臓が跳ねるように脈打ち、視界が一気に狭まった。


「クロ!? どこ行ったの……!?」


 周囲を見渡しても、黒猫の姿は見えない。

 人混みの中に紛れたのか、それとも――。


 焦りで頭が真っ白になる。

 胸の奥がぎゅっと締めつけられるように痛い。


「どうしよう……」


 そんな声が漏れた瞬間だった。

 

 ――ぴょんっ。

 軽い音とともに、机の上に黒い影が舞い降りた。

 反射的に目を向ける。


「クロ! もう、どこ行ってたの……!」


 息をつく私の前で、クロは何かを口にくわえていた。

 そして、静かにそれを“ぽとり”と机の上に落とす。


「……これ、星影草……?」


 薄灰の光を放つ薬草。

 まるで朝露を含んだように瑞々(みずみず)しく輝いている。


「まさか……取りに行ってくれたの?」


「にゃにゃっ」


 クロは得意げに鳴くと、前足で顔をこする。

 その仕草がどこか誇らしげで、胸の奥がじんと温かくなる。


「ありがとう、クロ……!」


 涙が出そうになるのをこらえながら、私はクロをぎゅっと抱きしめた。

 柔らかな毛並みと、心臓の鼓動。

 それが確かに“生きている”証で、私の心を現実に繋ぎとめてくれる。


「すぐに……解毒薬を作らなくちゃ!」


 私は立ち上がり、駆け足でサキさんのもとへ向かう。

 廊下の奥、負傷者が運ばれている部屋の前でサキさんを見つけ、叫ぶように声をかけた。


「サキさん! 星影草がありました! 私が解毒薬を作ります! 調合キットを貸してもらえませんか?」


 息を切らせながら差し出した薬草に、サキの瞳が一瞬だけ見開かれる。


「……ミオさん、それをどこで?」


「クロが……持ってきてくれたんです!」


 驚きと戸惑いが入り混じったような表情を浮かべたあと、サキはすぐに頷いた。


「わかりました、別室を使ってください! 必要なものは後で運ばせます!」


 案内された小部屋は、応急処置用の簡易調合室だった。

 小さなランプがぼんやりと光を落とし、金属棚の上にはわずかな器具だけが並んでいる。

 私は手を洗い、髪をまとめ、震える指先を押さえながら息を整えた。


「大丈夫……落ち着いて。できる、できるから」


 クロが足元で「にゃ」と鳴く。

 その小さな声が、背中を押してくれる。


 星影草の葉を刻み、シトラス液に溶かし、蜂蜜を垂らす。

 香りが立ち上るたび、ほんの少しずつ心が落ち着いていく。

 あの頃――研修医として、何度も薬の分量を計った夜を思い出す。

 “命を救いたい”と思っていた、あの頃の自分を。


 今度こそ、誰かを助けたい。

 逃げるんじゃなく、手を伸ばす側になりたい。


 慎重に、ゆっくりと素材を混ぜ合わせていく。

 ビーカーの中の液体が、淡い紫に輝き始めた。

 魔力反応を示す光。失敗していない証拠だ。


「……よし、あと少し」


 混合比率を調整し、濾過器を通す。

 静かな音と共に、透明度の高い液体が瓶の中に満たされていく。

 その光景は、まるで希望が形になっていくようだった。


「できた……!」


 薬の完成に思わず声が漏れる。

 初めての解毒薬調合。私は薬が上手く作れているかスプーンで一口すくい、味見をした。

 苦味は少し残るけれど、鼻を抜ける清涼感があった。

 成功だ――そう確信する。


「サキさん! 解毒薬の調合、終わりました!」


 扉を開けて叫ぶと、すぐにサキが駆けつけてきた。

 その手に瓶を渡すと、彼女は力強く頷いた。


「ミオさん……本当にありがとう! すぐに使わせてもらいます!」


 サキが駆け去っていく背を見送り、私は廊下の壁にもたれかかる。


 手が震えている。

 失敗したらどうしよう――そんな不安が、まだ残っている。


 でも、今の私はそれ以上に“信じたい”と思っていた。

 自分を、そしてクロを。


 お願い……どうか、効いて。


 遠くで誰かが声を上げ、周囲は息を飲む。

 時間が止まったような数秒のあと――。


「あ……れ、ここは……」


 聞き慣れない男の声。

 それが、あの青年――タケルのものだと気づいた瞬間。


 ギルドの中に、歓声が広がった。


「助かったぞ!」

「毒が抜けたんだ!」

「すげぇ、ギルドに薬師がいたのか!」


 その声の波が押し寄せる中で、私は力が抜けてその場にへたりこんだ。

 視界がにじんで、息が詰まる。

 でも、今度の涙は――安堵の涙だった。


「よかった……ちゃんと、助けられた……」


 呟いた声は震えていた。

 足元に視線を落とすと、クロが静かにすり寄ってくる。

 柔らかい毛並みが膝に触れ、喉を鳴らす音が耳に響く。

 まるで、「よく頑張ったね」と言っているようだった。


「クロ、ありがとね」


「にゃーんっ」


 その鳴き声は、どこか誇らしげで、優しかった。

 私はクロを抱き上げ、頬を寄せる。

 その温もりが、心の奥の冷たい部分を少しずつ溶かしていく。


 ――ほんの少し前まで、私はただ逃げていただけだった。

 血を見たくなくて、誰かを救うことから目を背けていた。

 でも今、私は自分の手で“命”をつなげた。


 人だかりの向こうで、サキさんが仲間たちに指示を出している声が聞こえる。

 忙しなく動く靴音、喜びの笑い声。

 その中で、私は静かに息を吐いた。


「……やっぱり、私……まだ、誰かを救いたいんだ」


 窓の外では、夕陽が傾き始めている。

 橙の光が差し込み、ギルド内を照らす。

 きらきらと光るその反射が、まるで新しい一歩を祝福してくれているようだった。


 私はそっと立ち上がり、外の光を見つめる。


 ――たぶん、これが“始まり”なんだ。

 誰かを救うための、新しい私の道の。


 あの日失った“手の温もり”を、今度こそ――ちゃんと掴める気がした。

あとがき


見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


続きが気になると思ったら、

評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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