エピローグ
――数年後。
「ふぅ……こんな感じかな」
私は一歩下がり、目の前の建物を見上げた。
白を基調とした、こぢんまりとした一軒家。
塗りたての外壁は陽の光をやわらかく反射し、どこか淡い輝きを帯びている。
木製の扉は温かみのある色合いで、手を触れればほのかな木の香りが漂ってきそうだった。
派手さはない。
けれど、柔らかな灯りを宿すような、静かな温もりを感じさせる佇まい。
まるで――帰ってくる人を、ずっと待っている家みたいに。
「クロ、どうかな?」
「にゃにゃ!」
足元で尻尾を揺らしながら、クロが元気よく鳴く。
満足げに胸を張るその姿に、私は思わず笑ってしまった。
その声に背中を押されるように、もう一度建物を見上げる。
正面入口の上。
真新しい木の看板が、静かに揺れていた。
――ルミナス・キャット薬房。
白い灯りのように、優しく。
黒猫が寄り添うように。
皆が、ちゃんと帰ってこれるように。
私がクロに導かれたように、今度は私が、誰かを導き助けられるように。
そんな願いを込めて、この名前にした。
看板の端には、小さな黒猫のシルエット。
クロにそっくりで、思わず頬が緩む。
一階は店舗。
棚には整然と並ぶポーションの瓶。
透明なもの、琥珀色、淡い緑、夜空のような紫。
光を受けてきらきらと揺れ、まるで宝石の棚のようだった。
猫ポも、もちろん並んでいる。
ラベルの黒猫が、どこか誇らしげに見えた。
奥には調合室。
大釜、魔力導管、温度制御装置。
いつでも最高の薬を作れるよう設備を整えた。
二階は居住スペース。
寝室と書斎、それにクロのお気に入りの窓辺。
夕暮れになると、そこに丸まって外を眺めるのが日課だ。
――私は、念願だった自分の店を建てたのだ。
「おーい、ミオ! やってっか?」
「ミオちゃん、いい店構えだね!」
振り返ると、見慣れた二人の姿。
「タケルさん! リナさん!」
思わず笑顔がこぼれる。
鎧の軋む音、剣の柄が揺れる音。
そのどれもが懐かしく、心強い。
さらにその後ろから――。
「こんにちわ! ミオさん!」
「お店……、お、おめでとうございます……!」
「わぁ、マサトくんにアカネちゃんも!」
駆け寄りながら、私は二人の頭を撫でた。
少し背が伸びているのに気づいて、時の流れを実感する。
「来てくれてありがとう!」
それを皮切りに、次々と知った顔が現れる。
受付嬢のサキさん。
ユウトさん。
ギルドで顔を合わせていた冒険者たち。
店内はあっという間に賑やかになった。
笑い声。
商品を手に取る音。
瓶の触れ合う軽やかな音。
「猫ポある!」「新作だ!」という歓声が重なり、店の空気が温度を帯びていく。
こんなに多くの人に来てもらえるなんて。
胸が、じんわりと熱くなる。
今まで私が努力してきたこと。
悩んで、立ち止まって、それでも進んできた日々。
それが――今、形になってここにある。
「ご、ごめんなさーいっ! 遅れちゃいましたぁああ!」
大きな声とともに、扉が開いた。
外の光を背負って飛び込んできた少女に、私は腕を組む。
「あー! ゆいなちゃん」
わざとらしくため息。
「初日から遅刻は関心しないなぁ。そんなんじゃ、お姉ちゃんに怒られちゃうよ?」
「うぅ~、すみません~!」
顔を真っ赤にする姿に、店内がどっと笑う。
この子は、ゆいかちゃんの妹――ゆいなちゃん。
数年前、調合スキルを発現。
お母さん経由で相談を受け、弟子にした。
「うそうそ、冗談だよ。ほら、着替えておいで?」
「はーい!」
奥へ駆けていく背中を見送りながら、私は微笑む。
顔はお姉ちゃんにそっくり。
でも性格は少しおっちょこちょい。
だけど薬に向き合う姿勢は、誰よりも真剣だ。
臆病で慎重。
だからこそ調合は丁寧。
物覚えもいい。
あと三年もすれば、上級薬師に届くだろう。
クロも、よく彼女の肩に乗っている。
「さてと」
私は袖をまくる。
「ゆいなちゃんも来たし、私は調合しよっかな」
「にゃ~」
クロが肩に飛び乗る。
その重みが、心地いい。
その後も――。
立ち代わり、入れ代わり。
多くの冒険者が訪れ。
笑い声と感謝の言葉が絶えず。
初日は――全品完売。
棚が空になった光景を見たとき、胸がじんと震えた。
◆
――夜。
寝室のベッドに腰掛け、クロと並んで窓の外を見ていた。
開いた窓から、優しい夜風が流れ込む。
薬草の乾いた香りが、かすかに漂う。
カーテンが、ふわりと揺れた。
街には灯り。
帰路につく冒険者。
酒場へ向かう者。
家族の待つ扉へ急ぐ影。
「クロ、私ね」
「にゃ?」
「思うことがあるんだ」
クロは何も言わず、まっすぐこちらを見る。
「きっとね、私が今こうして薬師になれているのも、クロと出会ったことも、全部に意味があると思うの」
答えは、まだ分からない。
でも――。
「私は、これからも自分に出来ることを全力でやっていくよ」
過去の私へ。
立ち止まっている誰かへ。
――大丈夫だよって、伝えるために。
「何年……何十年ってなるか分からない。そんな私の旅に、クロはついてきてくれる?」
「にゃぁ」
迷いのない返事。
私は笑って、クロを抱き上げた。
「ふふっ、ありがとっ」
どこまでも行こう。
一緒に。
窓の外。
月明かりに照らされ、白い建物が静かに灯っている。
――ルミナス・キャット薬房。
帰ってこれる場所。
また歩き出せる場所。
誰かの傷を癒やし。
誰かの背中を押し。
誰かの未来を照らす灯り。
その中心で、私は今日も薬を作る。
小さくてもいい。
ゆっくりでもいい。
ちゃんと前に進んでいく。
夜空を見上げると、雲の隙間に淡い光の帯が浮かんでいた。
雨上がりでもないのに、かすかな虹のような色彩が滲んでいる。
それはほんの一瞬で消えてしまったけれど――
確かに、そこにあった。
未来を祝福する、ささやかな光の橋のように。
了
あとがき
見て下さりありがとうございます!
手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
続きが気になると思ったら、
評価、ブックマーク、リアクション等
よろしくお願いします!
――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――




