第4話「盗まれた素材」
ビーカーの中で、淡い緑の液体が光を反射して揺れた。
そっと鼻を近づけると、昨日よりもずっと優しい匂いがする。
「……うん、悪くないかも」
慎重にスプーンでひと口すくって味見してみた。
すると、喉を通ったあと体の奥がほんのり温かくなる。
少し薬草の苦みは残っているけれど、嫌な臭いはない。
「効能はまだ弱いけど……ちゃんと出来てる」
手帳にメモをとりながら、小さく息をつく。
初めて“成功”と呼べるものができた。
誰かに見せるわけでもないのに、自然と笑みがこぼれる。
窓から太陽の日差しが入り、やわらかく部屋を満たしていた。
少し前まではカーテンを開けるのさえ億劫だったのに、今は朝の光がこんなにも温かいものだと感じる。
「……次は、解毒薬作ってみようかな」
ギルドで貰ったレシピブックを開くと、ページの端が少し擦れていた。
〈必要素材:星影草・シトラス液・ダンジョン産蜂蜜〉
読み上げながら棚を探すが、星影草の瓶が見当たらない。
「あ……、星影草持ってないや」
仕方なくノートを閉じる。
どうせなら買いにいくなら、ついでに出来たポーションもギルドに持っていってみよう。
売れるかどうかはわからないけど、行動してみるのも悪くないよね。
着替えを済ませ、髪を整え、鏡の前で深呼吸。
自分の顔を見つめて、そっと口角を上げる。
頬の血色が、少しだけ良く見えた。
「クロ、行くよ〜」
呼びかけると、ソファの上で丸くなっていた黒猫がゆっくりと立ち上がり、小さく「にゃ」と鳴いた。
キャリーバッグのファスナーを開けると、クロは慣れた様子で中へ入る。
いつも通り、静かにバッグに収まる姿を見ると、少しだけ緊張が和らぐ。
もう今となっては、どこに行くにもクロと一緒だ。
◆
外は昼下がりの光に包まれていた。
空気はひんやりしているのに、太陽の光がそっと背中を押してくれているみたい。
電車の揺れにも少しずつ慣れてきている。
窓ガラスに映る自分の横顔が、以前より前を向いて生きているように見えた。
以前なら外に出るだけで胸が苦しくなったのに、今は――ほんの少し、違う。
車内のざわめきも、風景の移り変わりも、“生きている音”として耳に届く。
冒険者ギルドに登録してから数週間。少しずつ外に出る機会も増えた。
まだ人混みのざわめきには慣れないけれど、それでも前よりは落ち着いて歩ける。
けれど、その日――いつものギルドは、どこか様子が違っていた。
建物の中に足を踏み入れた瞬間、空気が張り詰めているのを感じた。
職員たちが慌ただしく動き回り、冒険者たちも小声で何かを話している。
……なんだろう。いつもより騒がしい。
受付にサキの姿を見つけ、声をかける。
「サキさん、こんにちは。なんだか慌ただしいですけど、何かあったんですか?」
彼女は一瞬、眉を寄せてから苦笑した。
「……実は、倉庫の素材が盗まれたみたいなんです」
「えっ……盗まれた?」
「ええ。高価な素材も軒並みやられて、ほとんどの在庫がゼロになっちゃってるんです」
思わず言葉を失った。
ギルドの倉庫は、警備も厳重なはず。
そんな場所で盗難なんて――。
「今、警備と管理部が調査してますけど、少し混乱してて……」
サキが言葉を続けようとした、そのときだった。
――バンッ!
扉が勢いよく開き、冒険者たちの叫び声が響く。
「誰か! 担架を!」
「盗んだと思われる奴らにリーダーが……タケルさんが刺された!」
扉の向こうから、男たちが一人の男性を担いで現れた。
その担がれている青年の服が、赤く染まっているのが目に入る。
視界が一瞬、白く霞む。
血の匂いが、風に乗って鼻を刺した。
――やだ。見たくない……!
胸の奥が急に締めつけられる。
耳の奥で、あの夜のモニター音が蘇る。
ピッ、ピッ、ピッ……と、あの途切れる音が。
「ミオさん!」
気づいたサキが、すぐに私の腕を取った。
人の波から離れた廊下の奥へと連れていかれ、椅子に座らされる。
「……ごめんなさい、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ……です。ただ……ちょっと、」
呼吸を整えようとするけど、それでも思うように息ができない。
次第に額に汗が滲む。
そんな私を見て、サキは静かに水を差し出してくれた。
少し時間が経つと、ようやく鼓動が落ち着いてきた。
サキは私の顔色を見て、ほっと息を吐く。
「傷害まで出ちゃったし……これはいよいよ調査隊派遣しないとかなぁ」
「……調査隊?」
ボソッと呟いたその言葉に思わず反応する。
「ええ。犯人を追うためのギルド直属の部隊です」
「警察じゃ、ないんですか?」
私の問いかけにサキは首を横に振った。
「冒険者関係の事件は、警察じゃ手を出せないことが多いんです。スキルの影響で常識が通じないこともあるし、一般人が巻き込まれる危険もある。だから、基本的にはギルドが内部で対処することになってて」
「……そうなんですね」
その言葉に、ふと昔の記憶が蘇る。
研修医だった頃。
夜勤のとき、先輩に何気なく尋ねたことがあった。
――どうして、冒険者って病院に運ばれてこないんですか?
ほんの少しの興味からくる疑念だった。
命をかける仕事だというのに冒険者は人気職業トップに輝き、その数も多い。
しかし、活動している冒険者の数に対して治療に訪れる冒険者を私は見たことがない。
先輩から返ってきたのは、淡々とした答えだった。
「病院だと治療に間に合わないんだよ。冒険者の数に対して医者の数が全然足りてない。それに冒険者の負う怪我は常識外のことがよく起こる。専門外なんだ」
そのときはただ、不思議に思っただけだった。
けれど今なら、少しだけわかる。
あの“力”の世界には、普通の理屈が通じない。
「……怖いですね」
「ええ。だから、私たち職員も気を抜けないんです」
サキは小さく笑ってみせたが、その瞳は少し曇っているように見えた。
――そのときだった。
受付のほうから、慌ただしい足音が響くと一人の受付嬢が駆け足でこちらに向かってくる。
その姿を見て、サキの表情が一瞬で変わった。
さっきまでの柔らかな雰囲気が消え、職務の顔になる。
胸の奥がざわつく。
何か――よくないことが起きた。そんな気がした。
ギルドの空気だけが静かに張り詰めていく。
あとがき
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