第33話「私が向き合うべきもの」
男は私の返答を書き留めると、ふっと小さく鼻で笑った。
「なるほどな。既存の素材を流用し、鱗粉で乾燥と安定化……」
その言い方が、妙に引っかかった。
確認というより、“照合”している。
まるで、すでに似た情報を持っていて、そこに私の言葉を当てはめているみたいだ。
――やっぱり。
この人たちは、ゼロから作ろうとしているわけじゃない。
誰かが辿り着いた成果を、歪めて使うつもりだ。
しかも、それを「効率よく」再現する前提で。
「詳しい効能については?」
「マナの回復量と、持続時間についてだ」
私は一瞬だけ言葉を選び、慎重に答える。
ここで口を滑らせれば、それだけで致命傷になる。
「緩やかに回復します。急激な変化は起きません」
「副作用は?」
「ありません。少なくとも、通常使用の範囲では」
“通常使用”。
含みを持たせたその言葉を、私は意識して付け足した。
男は、その部分にだけ、ほんのわずかに反応した。
眉が、刹那のように動く。
「……通常、か」
嫌な予感が、胸の奥でゆっくりと形を持ち始める。
この人たちは、“通常じゃない使い方”を、最初から想定している。
そんな気がしてならなかった。
まるで私に同調するように腕の中で、クロが低く唸った。
「シャーッ!!」
今まで聞いたことがないほど、はっきりとした拒絶の音。
威嚇というより、拒否。
この場そのものを否定しているみたいだった。
男が、クロに視線を向ける。
「その猫……いや、魔獣か」
一瞬、空気が張り詰めた。
魔獣――。
その言葉に、胸の奥が強く跳ねる。
思わず、クロの方に目を向けてしまった。
クロが魔獣……?
でも、そう考えれば思い当たる節はいくつもある。
以前、鑑定したときに文字化けしていた部分。
通常の動物とは明らかに違うステータス。
そして、今この場で見せている、異様なまでの警戒心。
だとしたら、本当にクロは――。
……いや。
私は、首を振る。
それでもクロは、私の大切なパートナーだ。
名前も、温もりも、一緒に過ごした時間も、全部が本物。
私たちが積み上げてきたものに、私がどうだとかクロがどうだとか、そんなことは一切関係ない!
私は無意識に、クロを庇うように抱き寄せた。
「関係ありません」
声が、少しだけ強くなる。
「……ふん」
男は興味を失ったように視線を外した。
けれど、クロの唸りは止まらない。
クロは、私を守ろうとしているんじゃない。
この人たちが持ち込んでいる“何か”を、警戒している。
私は、その視線を追った。
黒服の腰元。
革袋の奥から、微かに漂う気配。
おそらく――魔素。
しかも、自然に溜まったものじゃない。
澱んだ濃さ。
まるで、意図的に集めて、閉じ込めているような気配。
私は、息を殺した。
もし、仮に。
もし、この人たちが――。
持続的な作用を、マナではなく、魔素に変えたとしたら。
考えただけで、背筋が冷たくなる。
それは回復なんかじゃない。
循環でもない。
もっとおぞましい結末――。
――暴走だ。
「もういい」
男が、メモを閉じた。
「お前から聞くことは、ひとまず終わりだ」
“ひとまず”。その言葉が、胸に刺さる。
「今日はな」
私は、何も答えなかった。代わりに、静かに問い返す。
「……あなたたちは、その薬を何に使うつもりなんですか」
一瞬、周囲の黒服がざわついた。
男は、ゆっくりとこちらを見下ろす。
「いい質問だ、薬師」
口元が、歪む。
「だが――」
低く、囁くように続ける。
「それを知るのは、もう少し先だ」
次の瞬間、背後で重い足音が響くとギルドマスターたちが、ついに動いた。
ギルドマスターは私たちと黒服の間に現れると、複数の魔力が重なり空気が震える。
次の瞬間、ホール全体に魔力の波動が広がった。
地面から、光の鎖が何本も伸び、黒服たちの足元を絡め取る。
「そこまでだ」
張りのある声。
場の空気が、一気に変わる。
「ここは、我々の管理下にある。勝手な“回収”は許可していない」
ギルドマスターのひとりの言葉に、黒服の男は、肩をすくめた。
「今日は顔見せさ。目的は果たした」
次の瞬間。
黒服のリーダーが、対抗魔法を発動する。
鎖が軋み、光がかき消される。
黒服たちは、一斉に後退した。
「安心しろ」
男は、最後に私を見て言った。
「お前の薬は、まだ奪わない」
「……まだ?」
「完成しすぎてるものは、使いづらくてな」
その言葉が、胸に突き刺さる。
完成しすぎている。
それは、決して褒め言葉じゃない。
「また会おう、薬師」
ドクロの紋章が、空中で砕け散る。
次の瞬間。
黒服たちは、霧のように姿を消した。
ホールに残ったのは、混乱と、静まり返った空気だけ。
私は、足の力が抜けそうになるのを必死にこらえた。
「……行った、の?」
誰かの声が、震えながら響く。
私は、クロを強く抱きしめる。
この子が、まだ低く唸っている理由が、はっきり分かった。
あの人たちは、薬を必要としているんじゃない。
――“歪んだ進化”を、欲している。
私は、初めて強く思った。
この薬は。
この発想は。
間違えば、世界を壊す。
だからこそ――。
私が、止めなきゃ。
これは、私の役目だ。
静まり返ったホールの中で、私は、薬師としての責任を再認識した。
人を救えるということは、人を殺めたり、失わせることも出来るのだと――。
あとがき
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