第32話「薬師としてのプライド」
凍りついたような静寂が、ホールを支配している。
突然の襲撃に誰もが動けずにいた。
ステージ上に浮かぶドクロの紋章が、嫌な光を放っている。
それは魔法陣でも結界でもない。
ただそこに“ある”だけで、空気を重くする存在感だった。
「あの紋章、どっかで……」
何故かドクロのマークが頭の中で引っかかる。
まるでどこかで見たことがあるかのような――。
「全員、その場で待機しろ」
黒服の男が、低い声で言った。
拡声器も使っていないのに、静まり返ったホールでは隅々まで声が響く。
私は、反射的にクロを抱き寄せる。
腕の中で、クロの身体が強張るのが分かった。
「にゃ……っ」
喉を鳴らすような、警戒の声。
今まで聞いたことがないほど、切迫していた。
……おかしい。
胸の鼓動が速くなる中で、私は必死に状況を観察する。
黒服は数十人。
全員が武装しているけれど――。
殺気が、薄い。
向けられているのは、恐怖を与えるための威圧。
命を刈り取るためのそれじゃない。
刃も、魔道具も、すべてが“制圧用”に見えた。
テロが、目的じゃない?
そのとき。
「動くなって言っただろ」
黒服のひとりが、前に出た。
フードの奥から覗く視線が、客席をなぞる。
――参加者席を。
嫌な予感が、背筋を走った。
審査員席の方では、ギルドマスターたちが静かに立ち上がっている。
誰も声を荒げない。
まるで、こういう事態を想定していたかのように。
「安心しろ。今日は誰も殺さねぇ」
黒服の男が、淡々と言う。
「俺たちの目的は“回収”だ」
その言葉に、ホールの空気がざわついた。
「回収……?」
誰かが、かすれた声で呟く。
男は、その声に反応することなく続けた。
「今日ここで発表された“成果”の一部をな」
私は、ぞくりとした。
成果。
発表。
そして――回収。
……まさか。
腕の中で、クロが小さく身をよじる。
特定の方向を、強く睨んでいる。
その先にいるのは――
黒服の集団、その中でも一段奥に立つ、ひときわ静かな影。
集団のリーダー……?
視線が合った、気がした。
次の瞬間。
「……あー、やっぱ来やがったか」
低い声が、すぐ隣から聞こえた。
「ユウトさん……」
彼は腕を組んだまま、表情を崩さない。
「安心しろ。こいつら、無差別殺人するような奴じゃねぇ」
「知ってるんですか?」
「ああ、嫌と言うほどにな」
視線は、黒服から逸らさない。
「新しい技術が表に出ると、必ず嗅ぎつける。俺にとっても、お前にとっても因縁になる奴らだ」
胸の奥が、嫌な形で繋がっていく。
……私の、薬。
完成した新薬のことが、脳裏をよぎる。
持続的な作用。
マナ循環への干渉。
安全弁としての“変換”。
――それを、もし。
「……ミオ」
ユウトが、低く呼ぶ。
「お前の薬、提出資料に何を書いた」
一瞬、言葉に詰まる。
「……作用原理と、効果の概要です」
「詳細な工程は?」
「……書いてません。でも」
鑑定結果と、審査員の反応。
それだけで、十分すぎるほどの情報になる。
黒服の男が、再び声を張り上げた。
「参加者は、そのまま座っていろ」
「特定の者だけ、こちらに来てもらう」
何人かの名前が上げられ、次々と呼び出されていく。
そして――。
「冒険者ギルド東京支部所属、ミオ薬師」
私の名前が、はっきりと呼ばれた。
心臓が、強く跳ねる。
クロが、ぎゅっと服を掴む。
「にゃっ……!」
まるで行っちゃダメだって止められているみたい。
逃げたい。
でも、逃げられない。
これは――
私の薬が、世界に触れてしまった結果。
私は覚悟を決め、クロを抱いたまま、静かに立ち上がった。
「……ミオちゃん!」
サキさんの声が、背中に刺さる。
「黙れッ! 次叫んだら撃つぞ!」
黒服の一人が叫びながら、銃を構える。
私は、振り返らずに答えた。
「サキさん、大丈夫です」
本当にそうかは、分からない。
でも――。
私は逃げない。
薬師として。
そして、この薬を作った人間として。
私は、一歩、前に出た。
ホールの照明が、私だけを浮かび上がらせる。
黒服の男が、ゆっくりと笑った。
「――さあ。話をしようか」
含みのある笑み。いったいこの人たちが何を考えて、何を求めているのかは正直わからない。
でも、心当たりと状況からして推測は立てれる。
前に呼び出されたのは、私も含めて、今回のコンテストで珍しいポーションを作った薬師。
そして、好印象を受けていた、特化型のポーションを作った薬師。
そして、この人は回収が目的だと言い、対話を求めてきている。
つまり、この人たちは何かしらのポーションか、薬を作ろうとしている。
今、この人たちは情報が欲しいんだ。
自分たちの目的を叶える為の”情報”が――。
殺気の薄さからして少なくとも、今は本当に人を殺すつもりはない……とは思う。
武器を向けられているのに、ダンジョンで見た魔物の方が怖かったと感じるから。
ただ、クロの反応が気になる。
この子の反応は、明らかに黒服たちを敵視している。
賢い子だから、殺気が薄いことも気付いているはずなのに、なんでだろう?
「お前はこっちにこい」
呼び出された薬師達は、それぞれ別の黒服たちが付き、距離を取らされる。
私も、言われた通りに移動すると、黒服の一人が私の新薬を眼の前に見せてきた。
「答えろ、薬師。この薬に使われている素材と分量。そして製造方法と詳しい効果についてをな」
やっぱり、この人たちの目的は情報で決まりだ。
たぶん、他の薬師達も似たようなことを聞かれているはず。
なら――。
「素材は、既存のマナポーションと同じです。製造方法については、ハーピーの鱗粉を”混ぜ合わせて”知人の薬剤師の所で錠剤化してもらいました」
もちろん、嘘だ。
そんなことで新薬が出来るなら誰も苦労しない。
震える声を必死に抑えながら、嘘を紡ぐ。
「ふむ……、なるほど。ハーピーの鱗粉か」
男は、私の言葉をメモに記していく。
こんな人たちに、私の努力と、皆の希望を絶対に奪わせない!
私は心の中でプロの薬師として、この人たちを出し抜くと決意した。
あとがき
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手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
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