第31話「喝采の、その先で」
「――次のポーションです!」
司会者の声が、静まり返ったホールに響いた。
「冒険者ギルド東京支部所属――ミオ薬師のポーション!」
その瞬間、ざわりと空気が揺れた。
ざわめきというより、期待と好奇心が混じった反応。
私の名前が呼ばれただけで、こんなにもはっきりとした空気の変化が起きるなんて、正直思っていなかった。
二階席からステージを見下ろしながら、思わず息を詰める。
胸の奥で、心臓が強く脈打つのが分かる。
係員が、白い手袋をはめた手で、ひとつの容器を慎重に掲げた。
小ぶりな瓶で装飾はない。
そして中に収められているのは、液体ではなかった。
「……これは、珍しいですね!」
司会者が、驚きを隠さず声を上げる。
「錠剤タイプのポーション!? 皆さん、過去の大会を思い返してみてください。果たして、錠剤型のポーションが出された例があったでしょうか!」
会場が、どよめいた。
「錠剤……?」
「液体じゃないのか?」
「飲みやすそうだけど……効くのか?」
あちこちから、素直な疑問と興味が飛び交う。
私の胸元で、クロが小さく身じろぎした。
「にゃ……」
不安そうな鳴き声。
私は、落ち着かせるようにクロの背中をそっと撫でる。
大丈夫。
ここまで来たんだから。
司会者は、手元の用紙に視線を落とした。
「なになに……ミオ薬師の提出資料によると――」
一拍、間を置いて。
「こちらのポーションは、服用後、一定時間にわたって継続的にマナを回復し続ける薬剤とのことです!」
再び、会場がざわついた。
「継続回復……?」
「戦闘中でも使えるってことか?」
「いや、待て。マナの継続回復なんて、副作用が――」
囁きが、ざわめきへと変わっていく。
審査員席でも、何人かが顔を見合わせていた。
明らかに想定外の内容だったのだろう。
「即効性を重視する現在の主流とは、明らかに異なるアプローチですね」
司会者が言葉を継ぐ。
「しかも、錠剤型。持ち運びや服用の手軽さという点でも、従来のポーションとは一線を画しています!」
係員が、審査員の前に薬を並べる。
ひとりの審査員が、慎重に錠剤を手に取った。
光に透かすように眺め、指先で重さを確かめる。
別の審査員が、スキルを起動する。
淡い光が走り、鑑定結果が空中に浮かび上がった。
その場の空気が、ぴたりと張りつめる。
「……ほう」
短い声。
たったそれだけなのに、心臓が跳ね上がる。
次の瞬間。
「副作用の記載は……なし、か?」
その一言で、私は思わず息を吸い込んだ。
まだ評価は出ていない。
称賛も、否定も、ない。
でも――少なくとも、危険物として即座に弾かれることはなかった。
審査員たちは、少量を口に含み、しばらく無言で様子を見ていた。
秒針の音が聞こえそうなくらい、時間がやけに長く感じる。
会場全体が、その沈黙を固唾をのんで見守っていた。
「……面白い」
ぽつりと、誰かが呟いた。
それ以上の言葉は、まだ出ない。
けれど、その一言だけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。
司会者が、場を整えるように声を張り上げた。
「ありがとうございます! それでは、次の参加者のポーションへ移りましょう!」
照明が切り替わり、私の新薬は静かにステージから下げられた。
終わった。
ひとまず、私の番は。
胸の奥に溜まっていた息を、ゆっくりと吐き出す。
「……終わった、ね」
私がそう呟くと、クロが「にゃ」と短く鳴いた。
タケルさんやリナさん、サキさんの視線が、一斉にこちらを向く。
誰も何も言わない。
でも、その沈黙が、十分すぎるほどの肯定だった。
その後も、コンテストは滞りなく進んだ。
次々と紹介されるポーション。
どれも完成度が高く、工夫が凝らされている。
改めて、全国大会のレベルの高さを思い知らされる。
同時に、ここに立てている自分の現実にも、少しだけ実感が湧いてきた。
気がつけば、ステージ上の時計が大きく進んでいた。
「――以上をもちまして、全参加者の審査が終了いたしました!」
司会者の声が、ホールに響く。
拍手が起こり、やがて静まる。
「これより、結果発表へと移ります」
その言葉と同時に。
――照明が、落ちた。
完全な暗闇。
一瞬、演出かと思った。
息を呑む音すら、どこか芝居がかって聞こえる。
だが。
「……?」
ざわめきが、戸惑いに変わる。
次の瞬間。
「全員、動くなッ!」
怒号が、ホールを裂いた。
空中に、禍々しい光が浮かび上がる。
ドクロを象った紋章。
薄暗い照明が点き、視界が戻ったとき――。
ホールの各出入口、通路、壁際。
そこに、数十人の黒服が立っていた。
全員が武装している。
刃物、魔道具、そして剥き出しの魔力の気配。
完全な包囲。
悲鳴が、上がりかけて――喉で止まる。
私は、反射的にクロを強く抱きしめた。
「……なに、これ」
これは、コンテストの演出なんかじゃない。
その場にいる全員が、同じ結論に辿り着いていた。
拍手も、歓声も、期待も。
すべてが、強引に切り取られた。
静まり返ったホールの中で、黒服のひとりが、一歩前に出る。
その視線が、ステージではなく――
参加者席の方を向いているのに、私は気づいてしまった。
胸の奥が、嫌な音を立てて軋む。
――まさか。
そんな考えが浮かんだ、その瞬間。
私の予想をなぞるように、事態は最悪のシナリオへと舵を切り始めていた。
あとがき
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