第3話「初めてのギルド登録」
朝の光が、カーテンの隙間から差し込み、白い光の粒が、部屋の中でゆらゆらと踊っている。
あんな夜を過ごしたせいか、夢と現実の境目がまだ曖昧だ。
おもむろに手のひらを見つめるけど、あの金色の光も紋様も、もう跡形もない。
だけど――感覚だけは覚えている。
あのときの温かさ、あの静かな輝きを。
「……やっぱり、夢じゃないよね」
ベッドの足元から「にゃー」と声がした。
黒猫が小さく伸びをして、紫色の瞳をこちらに向ける。
「おはよう、クロ」
自然と口から出たその名前に、黒猫は満足そうに尻尾を振った。
黒い毛並みと、あの夜に見た光。それに、何となく“その名前が似合う”気がした。
「ねえ、クロ。……昨日のあれ、やっぱりスキルだと思う?」
「にゃ」
まるで肯定するように、短く鳴く。
私は思わず笑ってしまった。
動物相手に会話するなんて、以前の私なら考えられなかった。
でも、今はこの小さな相棒がいるだけで、不思議と勇気が出る。
「……よし、確認しに行こうか」
クロが再び鳴いた。
今日は、外に出る理由がある。
久しぶりに、ちゃんとした服を着て、髪を整え、鏡の前に立つ。
ぼさぼさだった前髪を留めるピンが、少しだけ勇気の証みたいに見えた。
◆
外の空気は、少し冷たい。
でも以前とは違って、心まで冷え込むことはなかった。
クロは小さなキャリーバッグの中でおとなしく丸くなっている。
私は電車に揺られながら、窓の外に流れる景色をぼんやり眺めていた。
東京。
十年前――2035年に世界中で突如出現した“ダンジョン”。そのダンジョンの存在は、日本各地でも観測された。
その影響からか、人々の中に“スキル”と呼ばれる力が発現するようになった。
最初、世界は混乱の渦に飲み込まれた。
けれど、ダンジョンの中から得られる素材――鉱石、薬草、魔石――それらはすべて未知の価値を持っていた。
その結果、冒険者たちがダンジョンを探索し、素材を持ち帰るようになり、世界の経済は一気に変わった。
しかし、同時にスキル持ちによる犯罪も横行する。
そこで、彼らを支援・管理するためにできたのが――冒険者ギルド。
登録制の職業組織であり、スキルの鑑定や依頼の仲介、素材の買取、違反者の取り締まりなどを行う公的機関。
つまり、スキルを持つ人にとっての“窓口”みたいな場所だ。
そんな場所に、自分が行く日が来るなんて――思いもしなかった。
ギルドの建物は、思っていたよりも近代的だった。
全面ガラス張りの外観に、電子パネルの案内板。
入口の上には《TOKYO ADVENTURER GUILD》の文字が光っている。
中に入ると、雰囲気が一気に変わる。
冒険者が会話する声、武器や装具の擦れる音、受付の呼び出し。
沢山の人がギルドを訪れ、活気に満ちていた。
うわ……こんなに人がいるんだ。
私のような一般人とはまるで違う世界。
屈強な冒険者たちが談笑し、受付では依頼の紙をやりとりしている。
制服姿の職員が笑顔で対応する姿が、少しだけ懐かしい。
「す、すみません。初めて来たんですけど、スキルの鑑定って……」
受付で声をかけると、若い女性がにこやかに顔を上げた。
艶のある黒髪を後ろでまとめ、柔らかい笑顔が印象的だ。
「初めてのご来店ですね。ようこそ、冒険者ギルドへ! どうぞ、こちらのカウンターへ」
案内された席に座ると、名前と年齢をタブレットに入力するよう促される。
柊 澪、二十二歳。
入力を終えると、女性――名札には《サキ》と書かれていた――が優しく説明を始めた。
「スキル鑑定は無料です。手のひらをこちらに置いてくださいね」
「は、はい」
緊張で手が少し冷たい。
装置の上にそっと手を置くと、淡い光が走った。
静かな電子音が鳴り、モニターに文字が浮かび上がる。
《固有スキル:癒やす者》
サキさんが目を丸くした。
「……すごい。”固有”スキルをお持ちなんですね」
「え? これ、そんなに珍しいんですか?」
「ええ。固有スキルは、世界でもその人しか持っていないという特別なスキルなんです。しかも、癒やす者の能力は回復魔法を扱えるようになるうえに、ダンジョン産の薬草や素材を加工できるようになるというもの。魔法を行使出来て、加工する能力も両立出来る人はほとんどいません。似たようなスキルを持つ方は、国内ギルド全体でも十人もいないと思います」
「じゅ、十人……?」
そんなに少ないの?
私は思わずクロの入っているキャリーバッグに目を向ける。中で静かに瞬く瞳が、何かを言いたげに見えた。
「最近はダンジョン素材の研究が進んでいますが、それでもスキル持ち以外ではうまく加工できません。特にポーション――即効性の治癒薬は生産できる薬師がほとんどいないんです。ですから、あなたのような方の登録は本当に貴重です」
「えっと……でも、私、戦うのはちょっと……」
サキさんが微笑む。
「ご安心ください。冒険者登録だけでなく、生産職登録もできます。薬師としての活動で、素材の加工やポーションの販売もできますよ」
少し迷う。
――戦うのは怖い。でも、誰かを助けることが出来るなら……。
「じゃあ、薬師として登録をお願いします」
「かしこまりました!」
軽快な電子音と共に、登録完了のサインが表示される。
同時に、登録証のカードと一緒に透明なケースに入った調合キットが差し出された。
「こちらはポーション製作用の初心者セットです。試しに作ってみますか?」
「え、今ですか?」
「もちろん。別室で簡単な講習も行っていますから」
分からないことばかりだし、受けた方が良いよね。
サキさんの提案に乗って案内された小部屋は、理科室のような匂いがした。
テーブルの上には薬草、ビーカー、調合器具。
見た目は懐かしいけど、使うのは初めてだ。
「では、まずこの薬草をすり潰して……」
サキさんの説明を聞きながら、慎重に手を動かす。
久しぶりの感覚で手元が少し震える。
混ぜすぎたのか、液体がどろりと濁り、匂いが鼻をついた。
「うっ……」
「……ふふ、最初はみんなそんな感じですよ」
サキさんが微笑む。その声が妙に心に沁みた。
まるで、失敗を責める人なんていないって言われているようで。
「焦らず、ゆっくりやっていきましょう。薬師は手の速さより、心の穏やかさと丁寧さが大切ですから」
「……はい」
私は小さく頷いた。
久しぶりに“誰かと話して褒められる”という感覚を思い出した。
一通り講習を受けてギルドを出ると、昼下がりの陽射しが眩しかった。
クロの入ったキャリーバッグを抱えながら、ゆっくり歩く。
空気の匂いが少し違って感じる。
「……せっかく人を助けられるスキルをもらったんだもん。頑張らないとね」
クロが中から「にゃー」と鳴いた。
まるで賛成してくれたみたいに。
私は小さく笑って、空を見上げる。
白い雲の向こうに、遠く光る高層ビル群。
その下で行き交う人々の声が、今日は少しだけ優しく聞こえた。
――初めての一歩。
止まっていた私の時間が、静かに動き出した。
これをキッカケに、また人を助けられるようになるといいな。
あとがき
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