第29話「試作第二号」
粘度のある素材を、粉末に戻すこと自体は、思っていたほど難しくはなかった。
問題だった水分は、ハーピーの鱗粉を少量混ぜ、魔力を流しながら攪拌することで、きれいに飛ばすことができた。
鱗粉が持つ吸湿と拡散の性質が、余分な水分だけを攫ってくれる。
魔力の流れも安定している。
攪拌中に感じていた引っかかりもなく、工程としては理想的だ。
攪拌を止めたあと、指先で粉末をつまむ。
しっとりとした感触はなく、さらりと崩れる。
指の間から零れ落ちる粉末を見て、私は小さく息を吐いた。
「……うん、粉末としては悪くない」
鑑定で確認しても、粒度は揃っている。
魔力の残留も想定内。
異物反応も、暴走の兆しもない。
この工程だけを切り取れば、確実に前進だった。
――少なくとも、その時点では、そう思いたかった。
粉末を型に入れ、共鳴石で圧縮し、錠剤として成形する。
以前の失敗を踏まえ、圧のかけ方も慎重に調整した。
外見は、以前よりもずっと安定している。
表面は滑らかで、指で転がしても崩れる気配はない。
ひび割れもない。
触った感触も、悪くない。
完成に近づいている――そんな手応えすらあった。
それなのに。
「……効力、落ちてる」
鑑定結果を見た瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
数値を見間違えたのかと思い、目を凝らす。
でも、何度見直しても結果は同じだった。
回復量がハッキリと下がっている。
持続時間も、想定していたラインを下回っていた。
「……どうして」
小さく呟き、もう一度鑑定をかけ直す。
工程を思い返しながら、原因を探る。
結果は、変わらない。
成功したはずの工程が、
確実に“何か”を削り取っている。
この時点で、焦りがじわじわと広がり始めていた。
コンテストまで、残りはわずか。
試作に使える時間も、素材も、無限じゃない。
失敗は許される。
でも、無意味な遠回りはしたくなかった。
それでも――。
「……副作用?」
鑑定の表示を見て、思考が一瞬止まる。
【副作用:強い吐き気と眩暈】
一瞬、頭が真っ白になった。
効力が落ちているだけなら、まだ調整の余地はある。
数値を詰め直せば、やり直せる。
でも、副作用は違う。
どんなに優れた薬でも、
使った人を苦しめるなら、それは失敗作でしかない。
薬師として、
それだけは絶対に越えてはいけない線だった。
「にゃうん……」
クロが低く鳴き、錠剤から距離を取る。
舐めるどころか、近づこうともしない。
その反応が、胸に突き刺さった。
鑑定よりも、この子の反応のほうが、よほど正直で信用出来る。
「……だよ、ね」
私自身も、これはダメだと分かっていた。
錠剤としての形は整っている。
徐放の構造も、理論上は成立している。
それなのに、効果は弱く、
副作用だけが、はっきりと現れている。
「……何が、間違ってるんだろ」
私は錠剤を割り、その断面をじっと見つめた。
層は均一。
偏りもない。
製造ミスとも言い切れない。
それでも、鑑定をかけると、
内部の魔力の流れがわずかに歪んでいるのが分かる。
まるで、無理やり引き伸ばされた糸みたいに。
張り詰めて、今にも切れそうな感覚。
「……鱗粉、か」
思わず、呟く。
ハーピーの鱗粉は、本来“乾燥”のために使った素材だ。
水分を飛ばすための補助。
でも、今は――。
「……全部、混ざってる」
ミミックの舌。
マナを回復させるための核となる素材。
そこに、魔力を拡散させる性質を持つ鱗粉を、同じ層で混ぜてしまった。
「……そりゃ、こうなるよね」
本来、徐放させるはずだったマナ変換が、体内で一気に起きてしまう。
急激なマナの変動。
それが、吐き気や眩暈を引き起こしている。
マナポーションではそれを起こらないような構成で作られているのに対して、これはそうじゃない。
そのせいで、副作用にまで徐放効果が出てる。
これは、むしろ攻撃性のある薬だ。
理論は、分かる。
理由も、理解できる。
でも――。
「……私、焦ってた」
乾燥工程を急ぎたかった。
時間がないことばかり気にして、素材同士の“相性”を後回しにしていた。
薬師として、一番やっちゃいけないことだ。
「にゃーん……」
クロが近づき、割れた錠剤の断面を見つめる。
前足を伸ばしかけて、ぴたりと止めた。
その仕草を見て、はっとする。
「……直接、触れてるのがダメなんだ」
鱗粉そのものが悪いわけじゃない。
問題は、混ぜたこと。
「だったら……」
私は、ノートを引き寄せ、一気に書き込み始めた。
――混ぜない。
――隔てる。
――役割を分ける。
鱗粉は、乾燥材として優秀。
なら、内部じゃなく外側。
「……被膜にする」
粉末の中心には、マナ回復の核だけを置く。
鱗粉は、その外側。
直接反応させず、
マナ変換を“緩やかにする層”として使う。
そうすれば――。
回復は持続し、
急激な変動も抑えられる。
「……いける」
声が、自然と強くなる。
自然乾燥は時間がかかりすぎる。
でも、被膜なら使う量は最小限でいい。
共鳴石を使えば、均一な圧もかけられる。
鑑定で、反応の兆しも追える。
まだ完成じゃない。
それでも――道は、はっきり見えた。
「にゃ!」
クロが、今度は前向きな声で鳴いた。
私は、思わず笑う。
「うん。ありがとう、クロ」
失敗した。
正直、怖かった。
でも、この失敗があったから、
“正しい失敗”と“ダメな失敗”の違いが分かった。
私は、新しい錠剤の完成形を思い描きながら、次の準備に取り掛かった。
――もう、立ち止まらない。
タイムリミットはもう少しだ。
あとがき
見て下さりありがとうございます!
手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
続きが気になると思ったら、
評価、ブックマーク、リアクション等
よろしくお願いします!
――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――




