第27話「発想の転換」
翌日。
私は朝から、さっそく新薬の開発に取り掛かっていた。
机の上には、いつもより多めに広げたノートと資料。
空のフラスコと、まだ使われていない薬草たちが、これから始まる試行錯誤を待つように並んでいる。
「新薬を作るなら……まずは、みんなが何を求めているか、だよね」
小さく呟きながら、ノートを開く。
白紙のページが、やけに眩しく見えた。
需要と供給。
それが満たされていれば、評価されないはずがない。
薬だって、結局は“使われてこそ”意味がある。
自己満足の一品じゃ、コンテストでは評価されない。
なら、まずはそこから考えるべきだよね。
既存の効果を少し強めた程度じゃ、新薬とは呼べない。
今、市場にないもの。
あるいは――“あっても、まだ気づかれていない価値”。
「やっぱり、ポーションを使うのは冒険者だし……冒険者目線で、需要の高そうなものがいいよね」
「にゃっ」
クロが、小さく相槌を打つ。
その仕草が可笑しくて、思わず笑みがこぼれた。
「クロもそう思う? じゃあさ、タケルさんとかリナさんが『これあったら助かる!』って思いそうなもの、考えてみよう」
冒険者。
命がけでダンジョンに潜る人たち。
今の市場を思い浮かべると、やっぱり多いのは即効性の治癒薬と解毒薬だ。
店に並ぶ棚も、その二つで大半を占めている。
それは当然だと思う。
一瞬一瞬で状況が変わる戦闘の中では、即座に効果が出るものが何より重要になる。
傷を負った瞬間。
毒を受けた瞬間。
その場で命を繋ぐための薬。
でも――。
「逆に言えば、戦闘中“だけ”を想定してるから、みんなそこに集中してるんだよね」
活力ポーションのことを思い出す。
戦闘が終わったあと。
ダンジョンからの帰り道。
次の探索に向けた準備の時間。
戦闘外で使うもの。
休息や準備、移動の合間で役立つ薬。
実際、需要はあった。
活力ポーションがいい例だと思う。
即効性にこだわらなくても、評価される余地はある。
「んー……」
「にゃぁ?」
「うん。戦闘外でも使えるものがいいと思う」
クロの方を見て、続ける。
「戦闘で使うものにすると、どうしても治癒薬や解毒薬系に寄っちゃうでしょ? それだと、新薬っぽくないもんね」
そう考えると、選択肢は一気に狭まる。
そもそも、冒険者をターゲットにして“戦闘以外”となると、具体的なイメージがなかなか浮かばない。
腕を組み、しばらく考え込む。
ノートの端に、意味のない線を引いては消す。
そのとき――ふと、脳裏を小さな疑問がよぎった。
「あれ……?」
思わず、声が出る。
「そういえば、市場で見る薬って……なんで液体ばっかなんだろう」
考えてみれば、ポーションばかり見てきたから、それが当たり前だと思い込んでいた。
瓶に入った液体。
飲めばすぐ効く、それが薬師の常識。
でも、本来の薬なら。
顆粒タイプや、錠剤タイプだってある。
なのに、薬師の業界では見たことがない。
「なんで顆粒や錠剤がないんだろう……?」
そっちの方が、持ち運びも楽だし。
割れたり、漏れたりする心配も少ない。
加工次第では、効果の出方だって調整できるはずだ。
「……徐放効果も、つけられるのに」
ぽつりと呟いた、その言葉に――
自分でもはっきり分かるほど、引っかかりを覚えた。
「……徐放?」
次の瞬間。
「クロ! 徐放剤だよ!」
「にゃにゃ?」
勢いよく声を上げた私に、クロは首を傾げる。
徐放剤。
痛み止めや風邪薬なんかでも使われている加工法で、飲んでから徐々に効果が出て、長く持続するタイプの薬。
即効性を求められがちな市場とは、真反対の発想。
だからこそ、誰も手を出していない。
でも――。
「これ、活かせる効果を選べば……化けるかも!」
胸が、どくんと高鳴る。
私は、薬草図鑑や、薬効効果のある素材の本を片っ端から引っ張り出した。
積み上げた本が、机の端から今にも崩れそうになる。
ページをめくる。
めくる。
ひたすら、読む。
効能。
副作用。
加工時の注意点。
時間は、あっという間に過ぎていった。
気づけば、ご飯も食べずに夜。
窓の外はすっかり暗くなっている。
それでも、集中は途切れなかった。
そんな中――。
「……ん?」
ある項目に、視線が止まる。
「ミミックの舌……」
ページに書かれている説明を、指でなぞる。
【ミミックの舌】
【効果:魔素をマナに変換する】
宝箱に擬態して冒険者を襲う、あのミミック。
ダンジョンに稀に出現する魔物だ。
その素材の効果に、自然と興味が引かれる。
「確か……これ、マナポーションに使われてる素材だよね」
私も、以前作ったことがある。
「でも、強烈な苦みがどうしても取れなくて……結局、作るのやめたんだっけ……」
そこまで思い出して。
――あれ?
ふとした疑問が、形になる。
マナを回復するポーション。
徐々に効果が出る、徐放剤。
持ち運びに便利な、錠剤。
それらが、頭の中で一気に繋がった。
「……!」
「にゃーん!」
何かを察したみたいに、クロが元気に鳴く。
「うん……見つけたよ、クロ」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「私たちが作るべき、新薬の方向性!」
立ち上がり、深く息を吸う。
もう、迷わない。
鑑定という強み。
薬師としての経験。
そして、この発想。
「よし……早速、準備に取り掛かろう!」
時間はない。
でも、不思議と焦りはなかった。
方向性が見えた瞬間から、新薬作りが楽しみで仕方がない。
「変えてみせるよ」
私は、クロを抱き上げながら、静かに呟いた。
「――薬師界の、定石を」
あとがき
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