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戦うのは怖いので、黒猫《クロ》と一緒に薬師ヒーラーとしてスローライフを謳歌しますっ!  作者: 烏羽 楓


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第25話「高みを目指す為に」

 私はさっそく翌日から、本格的にコンテスト用ポーションの製作に取りかかった。

 

 机の上にはフラスコ、乳鉢、薬草、試作品の瓶。

 用途ごとに並べられた素材棚には、手書きのラベルが貼られ、ノートのページはすでに何冊も埋まりかけている。

 

 魔力制御用の触媒。

 香りを整えるための微量素材。

 回復効率を底上げするための抽出液。

 

 素材の質も、鮮度も、魔力の状態も問題ない。

 調合順も、温度管理も、時間配分も――これ以上ないほど丁寧に詰めたはずだった。

 

 ――準備は、万全なはずだった。

 それなのに。

 

「……違う」

 

 完成したポーションを見つめて、小さく首を振る。

 効力は十分。

 回復力も高いし、安定性だって申し分ない。

 鑑定で確認しても、数値は理想的な範囲にきれいに収まっている。

 

 でも、それだけだ。

 完璧に近いはずなのに、胸の奥がざわつく。

 この感覚は、失敗したときとは違う。

 むしろ、成功に近いからこそ生まれる違和感だった。

 

 ――これは、私が出したい答えじゃない。

 

 理由は、分かっている。

 頭では、ちゃんと理解してしまっている。

 

「これじゃ……ダメだよね」

 

 強いポーションは作れる。

 それはもう、嫌というほど実感している。

 けれど――。

 

 全国対抗ポーションコンテスト。

 集まるのは、各地で名を知られた薬師たち。

 

 何十年も調合を続けてきた人。

 家系として薬師を継いできた人。

 理論と経験の積み重ねで、技術を磨いてきた人たち。

 

 そんな中で、ただ「よく効く」だけの薬を出しても――

 埋もれる未来しか、想像できなかった。

 

「……上には、上がいるよね」

 

 試作品をそっと棚に戻し、私は椅子にもたれかかった。

 気づけば、窓の外は夕暮れ色に染まっている。

 朝から始めた作業が、また一日分、形にならないまま終わってしまった。

 

 翌日も。

 その次の日も。

 

 作っては悩み、壊してはまた考え直す。 

 ノートのページは増えていくのに、答えだけが遠ざかっていく。

 

 効力重視。

 安定性重視。

 即効性特化。

 飲みやすさの改良。

 副作用の最小化。

 

 どれも、悪くはない。

 むしろ、平均以上――いや、上位に食い込める出来だと思う。

 それでも、胸の奥が否定してくる。

 “これじゃない”と。

 

「……焦ってる、よね」

 

 時計を見て、ため息が漏れる。

 締め切りまで、もう二週間もない。

 

 “まだ二週間ある”はずなのに、

 “もう二週間しかない”という感覚が、頭から離れない。

 日付が進むたび、胸の奥が少しずつ削られていく。

 成功のイメージが薄れていく代わりに、不安だけが輪郭を持って迫ってくる。

 

 失敗したらどうしよう。

 期待を裏切ったらどうなるんだろう。

 そもそも、私はこの舞台に立っていい人間なんだろうか。

 考えれば考えるほど、視界が狭くなっていく。

 

「どうしたら……」

 

 言葉が途中で途切れ、急に目の奥が熱くなる。

 堪えようとしたのに、視界が滲んでいく。

 

「……っ」

 

 ぽたっ。

 ぽたぽたっ。

 

 ノートの上に、雫が落ちる。

 

「どうしたらいいのか……分かんないよ……」

 

 声が震える。

 泣くつもりなんてなかったのに、涙が止まらなかった。

 

 期待されている。

 参加を勧めてくれたサキさん。

 応援してくれたみんな。

 背中を押してくれたクロ。

 

 それなのに、私はここで立ち止まっている。

 悔しさも、焦りも、怖さも。

 全部、自分の中にあるのに、どう扱えばいいのか分からない。

 

 そのときだった――。

 小さな温もりが、おでこに触れた。

 

「……?」

 

 顔を上げると、クロが前足を伸ばし、そっと私のおでこに触れていた。

 近い距離で目が合う。

 いつもと変わらない、澄んだ瞳。

 そして――。

 

「にゃぁ〜」

 

 静かで、優しい声。

 

「……クロ」

 

 張り詰めていた何かが、ふっと緩んだ。

 

 大丈夫。

 一人じゃない。

 

 言葉にしなくても、そう伝えてくれている気がして。

 胸の奥が、少しだけ軽くなる。

 

「そうだよね……ごめん」

 

 涙を指で拭い、深く息を吸う。

 

「一回、落ち着こ」

 

 両手で軽く頬を叩く。

 

 ぺち、ぺち、と小さな音。

 

「よし」

 

 机の前に座ったまま、スマホを手に取る。

 指先で、ある場所を検索した。

 画面に表示された住所を見て、喉が小さく鳴る。

 

「……ここだ」

 

 小さく息を吐き、立ち上がる。

 

「クロ。少し、出かけよっか」

「にゃにゃっ!」

 

 クロが嬉しそうに尻尾を揺らす。

 ささっと上着を羽織り、家を出ると、冬の空気がひんやりと頬を撫でた。


 

 ◆


 

 向かった先は、隣街の外れにある商店街。

 かつては賑わっていたであろうその場所は、今では時間に取り残されたように静まり返っている。

 

 シャッターの下りた店。

 色褪せた看板。

 軋むアーケード。

 

 足音が、やけに大きく響く。

 

「……ここ、だよね」

 

 胸の奥が、じわりと痛む。

 ここに来ること自体、正しいのか分からない。

 それでも――逃げたままじゃ、何も変わらない。

 

 路地裏に入った、その先。

 周囲の雰囲気とは明らかに合わない、派手な装飾の店構えが目に入る。

 

 色とりどりの瓶が無秩序に並び、古びているのに、どこか強烈な主張を放っている。

 思わず、足が止まった。

 

「……見つけた」

 

 店の前に立ち、顔を上げる。

 軋んだ看板に書かれた店名が、胸を締め付ける。


 

『ユウト薬舗』


 

 かつて、私の猫ポの偽物を作って販売していた薬師の店。

 嫌な記憶が、脳裏をかすめる。

 それでも、クロが肩の上で「にゃ」と小さく鳴いた。

 

「……うん」

 

 私は一度、深呼吸をして。

 

「いこう……!」

 

 覚悟を決めて、その店の扉に手を伸ばした。

あとがき


見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


続きが気になると思ったら、

評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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