第22話「大晦日の夜」
――ごぉん……。
澄んだ冬の夜気を震わせて、除夜の鐘の音がゆっくりと響いていた。
低く、深く、胸の奥まで染み込んでくるような音。
私は友人のハルカと並んで、地域で一番大きな神社の参道を歩いている。
足元には長い年月を刻んできた石畳。
ところどころが湿り、灯籠の光を受けて淡く反射していた。
頭上には柔らかな灯りが連なり、夜空との境目をぼかしている。
人の波は多い。けれど、不思議と騒がしすぎず、どこか厳かな空気が流れていた。
笑い声や話し声の奥に、年の終わりを惜しむ気配と、新しい時間を迎える緊張が混ざっている。
「いやー、やっぱ年末はここだよね。人すごいけど」
ハルカが少し肩をすくめながら言う。
「ほんとだね……」
そう返しながら、私は袖を少し整えた。
今日は、数年ぶりに振袖を着てきた。
袖を通した瞬間は少し落ち着かなくて、動くたびに布の重さを意識してしまう。
髪もちゃんと整えて、化粧もいつもより丁寧にした。
鏡を見たときは、正直、少し気恥ずかしかった。
自分じゃないみたいで、どこか浮いている気がして。
――でも。
今は、なんだかそれだけで気分が上がっている。
こうして外に出て、誰かと並んで歩いているだけで、胸の奥がふわりと軽くなる。
「ミオ、振袖めっちゃ似合ってるよ。雰囲気違う」
「そ、そうかな……?」
「うん。普段より大人っぽい」
ハルカにそう言われて、頬が少し熱くなる。
視線を逸らしながら、曖昧に笑ってしまう。
……けど、悪い気はしなかった。
そんな私を横目に見て、ハルカがふと首をかしげる。
「あれ? 今日はクロちゃんいないの?」
「……え?」
その瞬間。
「にゃ」
胸元から、ひょこっと黒い影が顔を出した。
「えっ、いた!?」
「ふふ……ここ」
襟元から顔を出すクロは、きょとんとした顔で周囲を見回している。
振袖の隙間に収まっているその姿は、なんだか妙にしっくりきていた。
それを見たハルカは一瞬きょとんとしてから、吹き出した。
「あはは! もうミオとクロちゃん、ほんとにいつも一緒だね〜」
「だ、だって……」
私は少し視線を逸らす。
「人が多いところ、まだちょっと怖いんだもん」
正直な気持ちだった。
こうして外に出られるようになったとはいえ、人混みのざわめきは今でも少し苦手だ。
背後から聞こえる足音や、急に近づく気配に、身体がこわばることもある。
でも――。
クロがいると、不思議と大丈夫な気がする。
胸元に感じる小さな体温が、ちゃんと“ここにいる”と教えてくれる。
「そっか」
ハルカは納得したように頷いて、にやっと笑った。
「じゃあさ、ミオにとってクロちゃんって“騎士様”みたいな存在なんだね」
「き、騎士……?」
その言葉を聞いた瞬間、ふっと記憶がよみがえる。
ダンジョンで、クロに助けられたあの日。
何もできずに立ち尽くしていた私の前で、クロが迷いなく動いたこと。
それを話したとき、ギルドの皆にも言われた言葉。
――姫を守る騎士。
「……確かに、そうかも」
「でしょ?」
私たちは顔を見合わせて、くすっと笑った。
少し照れくさくて、でも温かい気持ち。
そんなことを話しながら、参道を進む。
両脇には出店がずらりと並び、甘酒や焼きそば、りんご飴の香りが漂っていた。
冬の冷たい空気の中で、その匂いはやけに強く感じる。
「何か買う?」
「うーん……」
と、そのときだった。
「あれ?」
聞き覚えのある声がして、振り返る。
「ミオちゃん?」
そこにいたのは、リナさんだった。
その後ろには、見覚えのあるパーティーメンバーたちの姿。
「あっ……リナさん!」
「偶然だね。初詣?」
「はい。友達と一緒で」
そう言って、私はハルカを紹介する。
「こちら、友達のハルカです」
「はじめまして。ミオのギルド仲間のリナです」
「どうも〜。いつもミオがお世話になってます」
軽く挨拶を交わすと、自然と和やかな空気が流れた。
立場も、世界も違うはずなのに、不思議と距離を感じない。
そのとき――。
ぱぁん、と乾いた音が夜空に響いた。
「あ……!」
次の瞬間、夜空いっぱいに大きな花火が咲く。
赤、青、金色。
冷たい空に広がる光が、一瞬だけ世界を昼のように照らした。
それに呼応するように歓声があちこちから上がる。
「明けましておめでとう!」
「おめでとうございます!」
自然と、祝いの言葉を交わす。
知らない人同士でも、今夜だけは同じ時間を、同じ節目を共有している気がした。
◆
――しばらくして、お開きの間際。
「ミオちゃん、明日の昼すぎ暇してる?」
おもむろにリナさんが振り返り、問いかけてくる。
「え?」
「ギルドで新年会やるんだけど。よかったらおいで」
「……行きます!」
考えるより先に、声が出ていた。
それを見て、リナさんが楽しそうに笑う。
「じゃあ、またあとで」
リナさんたちが人波に消えていき、私たちも神社を後にする。
「すごい偶然だったね」
「うん……楽しかった」
帰り道、ハルカと並んで歩く。
さっきまでの賑わいが少しずつ遠ざかっていく。
「じゃ、ここで。ミオ、またね」
「うん。またね」
手を振って別れ、私はクロと一緒に帰路についた。
夜空は澄んでいて、冷たい空気が心地いい。
吐く息が白く揺れる。
「新年会かぁ……楽しみだね、クロ」
「にゃ〜」
小さく鳴く声が返ってくる。
その声に、自然と笑みがこぼれた。
私は寒空を仰ぎながら、夜道を歩いた。
新しい一年が、もう始まっている。
不安もあるけど、それ以上に、楽しみなことも増えた。
――今年は良い年になると、いいなぁ。
あとがき
見て下さりありがとうございます!
手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
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