第21話「帰ってくる場所」
――電車の車窓から見える景色が、ゆっくりと流れていく。
窓の外には、冬の光を反射して輝く富士山の姿が見える。
雪をまとったその白は、どこか神聖で、見ているだけで胸の奥が静かに温まっていく。
今日は久しぶりの遠出だ。
目的地は、静岡県にある富士山近くのダンジョン。
つい先日、ギルドで耳にしたとある噂がきっかけだった。
『年に一度、この季節だけ――あそこのダンジョンの一階層が“祈禱蘭”の花畑になる』
その話を聞いた瞬間、胸の奥で小さな灯がともった。
祈禱蘭は、麻痺や毒、眠気などを取り除く万能薬草として知られている。
けれど、この花には冒険者の間ではもうひとつの意味を持つ。
――花言葉は、“帰ってくる場所”。
無事に生きて帰れるようにと願いを込め、年末年始に仲間へ贈る。
それが冒険者たちのささやかな風習なんだとか。
その話を聞いてタケルさんやリナさん、そしてギルドのみんなの顔が浮かんだ。
そんな贈り物が出来たらいいなって。
私は膝の上で丸まっているクロに目を向けると、つぶらな瞳がこちらを見上げ、「にゃー?」と小さく鳴いた。
その仕草に思わず微笑んで、頭を撫でる。
「ふふっ、今日はちょっと遠出だよ。お土産、みんなの分もちゃんと探そっか」
「にゃっ」
返事をするように尻尾がぱたぱたと揺れた。
それだけで、不安だった旅の心が軽くなる。
サキさんに聞いたところ、そのダンジョンの一階層はモンスターが出ない“安全地帯”で、観光地としても人気があるらしい。
全国的に見ても珍しい「一般人が入れるダンジョン」。
――ダンジョンなのに、観光名所。
なんだか不思議な響きだ。
でも、私は戦えないから正直そういう場所はありがたい。
前みたいにモンスターに囲まれても怖いし。
移り行く景色を見ながら私は、車窓に額を寄せる。
街並みが次第に遠ざかり、代わりに雪をかぶった森と山が広がっていく。
都会の喧噪が嘘みたいに静かで、世界が少しだけ柔らかく目に映る。
電車とバスを乗り継ぎ、ようやく目的の場所にたどり着いたとき、傾き始めた太陽が富士の裾を淡く照らしていた。
駅前から続く道の先――そこには人の波が広がっていた。
祈禱蘭の群生を見ようと、観光客や冒険者たちが入り乱れている。
広場には出店が並び、焼き立てのパンや、果実酒、焼きとうもろこしの香りが混じり合って、冬の冷たい空気の中に溶け込んでいた。
「にゃにゃっ」
肩に乗ったクロが鼻をひくひくさせて、甘い香りの方をじっと見つめている。
その表情が妙に真剣で、思わず笑ってしまう。
「気になるところが一杯だね、クロ」
「にゃーっ」
今日のクロは一段と機嫌のよさそうだ。初めて見るものも多いし楽しいのかな?
私はおやつ代わりに、ひと口サイズのドーナツをひと袋買うことにした。
出店で買い物なんて、すごく懐かしい。
研修医時代も毎日忙しくて、大人になってからはお祭りとかも行けてなかったし、こうやって出店で買い物するのも何年ぶりだろ。
観光地の雰囲気に懐かしさを感じながら、ドーナツの袋を開けると、ほんのりと花の香りが鼻をくすぐる。
ひとつ口に入れてみると、ふわっと優しい甘さが広がった。
なんだか心までほぐれるような味。
ふと気になって、《鑑定》を使う。
【祈禱蘭ドーナツ】
【品質:良】
【効果:軽度の疲労回復・精神安定】
「あ、やっぱり。祈禱蘭、食べ物にも使われてるんだ」
万能薬草というより、もはや万能素材。
私は苦笑しながら、もうひとつドーナツを頬張った。
入場口では、係員のお兄さんが列を整理していた。
「祈禱蘭を目的で入られる方は、一人十輪まででお願いします~」
列のあちこちから、「わーきれい!」「早く見たい!」という声が聞こえる。
それを聞いて私も自然と笑顔になる。
でも“採取”のためにダンジョンに来てるのに、一般の人と一緒にダンジョンに入るなんて不思議な気分。
こんな経験はなかなか出来ないし、来てよかったかも。
クロは肩の上でちょこんと座り、じっと前を見つめている。
「にゃっ」
「うん、もうすぐだね」
順番が回り、私たちは洞窟の中へと足を踏み入れた。
――そして、思わず息を呑む。
そこには、まるで夜空が地上に降りたような光景が広がっていた。
薄暗い洞窟の中、床には草原が広がり、無数の黄色の花が群生している。
花弁からこぼれる光の粒が、ふわりと舞い上がり、空気の流れに乗って漂っていく。
足元の草原には淡い光が反射して、まるで星々の海を歩いているみたい。
「え……すごい」
言葉がこぼれた。
クロも珍しく静かにしていて、その瞳には金の光が映り込んでいる。
私はそっと膝をつき、一輪を摘む。
指先から伝わる温もりが、心臓の鼓動と重なるようだった。
【祈禱蘭】
【品質:高】
【効果:万能解毒・魔力安定・精神安定】
【花言葉:帰ってくる場所】
「帰ってくる場所……」
その言葉を口にした瞬間、胸が少しだけ熱くなった。
ギルドのみんなの顔が浮かぶ。
笑って叱って、支えてくれる仲間たち。
そして、クロ。
「……そうだね。あの場所があるから、私も頑張れるんだ」
クロが「にゃっ」と鳴いた。
まるで同意しているみたいに。
夕暮れが近づき、ダンジョンの光がゆっくりと強まっていく。
私は摘んだ十輪の花をそっと布袋に包み、胸に抱える。
花々がほんのりと温かくて、まるで心そのものを照らしてくれているようだった。
「これで、みんなに贈れるね」
「にゃーん」
クロの声が、どこか誇らしげで可愛らしい。
その声に背中を押されるように、私は出口へと向かった。
帰りの電車。
窓の外には、ゆっくりと流れる街の灯り。
橙の光が次々と遠ざかっていくたびに、少しだけ胸の奥が締めつけられた。
けれど、不思議と寂しくはない。
また帰る場所がある。
それが今の私にとって、一番の幸せだから。
「ねぇクロ……年が明けたら、みんなに渡そうね」
「にゃ」
静かな鳴き声が返ってくる。
その声を聞きながら、私は祈禱蘭の花束をそっと抱きしめた。
外の夜景が少しずつ滲んでいく。
列車の揺れが優しく心を撫でて、まるで眠りへ誘うようだった。
過ぎ去っていく光の中に、懐かしさと希望が入り混じる。
――きっと、またここから新しい一年が始まるんだ。
窓の外、雪をかぶった富士の稜線が、最後にちらりと光を反射した。
その輝きは、まるで祈禱蘭の花のように優しかった。
あとがき
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