第17話「決断のその先へ」
翌日――。
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、机の上を照らす。
そこには、昨日ダンジョンから持ち帰った“青く輝く実”が置かれていた。
掌に乗るほどの大きさで、見た目はリンゴにも似ているけれど、どこか違う。
表面がほんのりと温かく、触れているだけで心臓の鼓動と同じリズムで脈打つようだった。
「……ほんとに、不思議な実」
私は本を数冊広げ、ページをめくりながらそれを見つめた。
けれど――どの本にも、この実についての記述はなかった。
薬草図鑑にも、魔植物データベースにも、まったく同じものは載っていない。
「ネットの情報にもないし……新種、なのかな?」
画面をスクロールしながら呟く。
けれど“青く光る果実”という検索ワードで出てくるのは、見たこともない海外の観葉植物ばかり。
どれも違う。どれも――この“温もり”を持っていない。
「……やっぱり、サキさんに聞いてみよう」
そう決めて、私はバッグに青い実を入れ、ギルドへ向かった。
ギルドは昼下がりの賑わいを見せていた。
依頼を受ける冒険者たち、荷物を運ぶ職員、そして喫茶スペースで談笑する人々。
その中で、私は受付のカウンターへと歩み寄る。
「こんにちは、サキさん。この実なんですけど、ちょっと調べていただけませんか?」
差し出した青い実に、サキさんは一瞬だけ目を細め、すぐに笑顔を作って頷いた。
「はい、お預かりしますね。少し時間をいただけますか?」
「もちろんです」
それから三十分ほど待たされた後、私は職員に呼ばれ、ギルドの奥――普段は入ることのない“別室”へと案内された。
扉を開けると、そこにはサキさんがいて、机の上には例の実が置かれていた。
部屋の中は静かで、少し緊張感が漂っていた。
私は促されるまま椅子に座り、息を呑む。
「ミオさん。まず、率直にお伝えしますね」
サキさんの表情は真剣そのものだった。
「この青い実……正式な名称は不明です。ですが、記録上“確認されたのは過去二回だけ”です」
「……え?」
「この実が最後に見つかったのは、北欧・アイスランドにあるSランクダンジョン内。つまり、ミオさんの手にあるこれは歴史上“三度目”の発見例になります」
「さん……どめ……?」
思わず言葉を失う。
そんなレアものを、あの洞窟で偶然拾ってしまったの?
私が?
「そんな激レアなものなんですか!? やったね、クロ!」
「にゃー!」
隣のキャリーバッグからクロが顔を出し、喉を鳴らす。
だが、サキさんは苦笑しつつも首を振った。
「そう嬉しいことばかりではないんですよ、ミオさん」
「え?」
サキさんは、机の上の青い実をそっと指先で転がしながら言葉を続けた。
「この実には、食べた者に“新たなスキルを発現させる”力があるそうです。スキルを複数持つことは極めて稀で、天賦の才とまで言われる。それを可能にするこの実の価値は――最低でも数十億を超えるんですよ」
「す、数十億……!?」
あまりの額に声が裏返った。
頭の中が一瞬で現実離れして、変な笑いが出そうになる。
数十億って……、想像の範囲を超えてる。
「そんなもの、宝くじでも当たらないですよ……」
そう言うと、サキさんも苦笑しながら頷いた。
「そうでしょうね。でも、だからこそ――誰もが狙う。“どんな手を使ってでも”手に入れたい代物なんです」
その言葉に、背筋が冷たくなった。
「スキルは神からの授かりものと言われています。冒険者はそれを扱うことで、市場を動かし、国すら変えることができる存在ですからね。今では“インフルエンサーの半分以上は冒険者”なんて言われてますし」
「……そんな世界なんですね」
「ええ。だから正直に言うと、この実はギルドとしては買い取りたい。ですが、私個人としては――ミオさんに使ってほしいと思っています」
「わ、私に?」
「ええ。こんなこと上司に聞かれたら怒られますけど……食べてしまえば、誰にも奪われませんからね。危険もなくなります」
そう言って、サキさんは小さく笑った。
けれどその笑顔の奥には、どこか影があった。
私は黙って頷き、実を受け取った。
それからしばらく考え込んだ末に言った。
「……一度、持ち帰って考えてみます」
「ええ。それがいいと思います」
◆
――夜。
家に帰ると、私はベッドに寝転びながら天井を見つめていた。
机の上には、青く光る実。
それは相変わらず、静かに脈打つように温もりを放っていた。
「……どうしよう、クロ」
「にゃー?」
「これを食べたら、新しいスキルが手に入る。でも……もっと他にこれを必要としている人がいるんじゃないのかな」
――昔の私みたいに、何もできないってうずくまってる誰かとか。
クロは答えない。
ただ、静かに尻尾を揺らすだけ。
その目は、どこか深く、私の心の奥を覗いているようだった。
「サキさん……どこか寂しそうな顔してた。過去になにかあったのかな」
呟いた瞬間、クロが小さく鳴いた。
その声に顔を向けると、クロが机の上へ飛び乗り、青い実の前に座った。
「クロ……?」
クロは鼻先でその実をつつく。
すると、ふわりと淡い光が立ち上った。
青い輝きが部屋を満たし、風もないのにカーテンが揺れる。
「な、なに……これ……?」
クロがこちらを振り返る。
その瞳が、まるで“決めろ”と語っていた。
「……私に、食べろって言ってるの?」
「にゃー」
小さく、けれどはっきりとした返事。
私は唇を噛み、ゆっくりと青い実を手に取った。
あたたかい――心臓みたい。
「ほんとに……これを食べたら、スキルが……?」
一瞬、怖さがよぎる。
でも、そのすぐ後に浮かんだのは――姉のアヤにかつて言われた言葉。
〈誰かを助けたいなら、自分が強くなるしかない〉
あの日と違って今なら、誰かを助ける為に前を向ける気がした。
私の胸の奥に熱が灯る。
「……わかった。食べるよ、クロ」
クロが小さく鳴き、尻尾を揺らす。
私は意を決して、青い実を口に運んだ。
果肉は柔らかく、ほんのり甘い。
けれど、飲み込んだ瞬間――体の奥から熱が広がった。
心臓が早鐘を打つ。
視界が滲み、青い光が世界を包む。
「な……に、これ……!」
手が震える。
だけど、不思議と怖くなかった。
むしろ――懐かしい感覚だった。
まるで、あの日。クロと出会って“スキル”を得た時のように。
そして、意識がゆっくりと遠のいていった――。
あとがき
見て下さりありがとうございます!
手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
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