第16話「ちいさな騎士」
――ぎらり、と光る刃。
恐怖からか喉の奥がカラカラに乾く。体が固まって、息すらできない。
目の前には、緑色の肌をした小鬼たち。
それが動くたび、鈍く光る武器がこちらに向けられる。
うそ……どうしよう……!
足が震える。逃げたいのに動かない。
頭の中が真っ白になって、心臓だけがドクドクと鳴っていた。
そんなときだった。
「……クロ?」
私の横から、ちいさな黒い影が一歩前へ出た。
「にゃっ」
クロは、まるで何も怖くないかのように尻尾を振りながら、まっすぐゴブリンたちの方へ歩いていった。
「ちょ、ちょっとクロ!? ダメ、戻って!」
声が裏返る。
けれどクロは、私の声にちらりと振り向いたきり――
まるで「大丈夫だよ」と言うように、小さく鳴いてまた前を向いた。
その背中があまりにも堂々としていて、私は何も言えなくなった。
ゴブリンたちは、クロの存在に気づいている。
鋭い牙をむき出しにして唸る……はずだった。
――けれど。
次の瞬間、ゴブリンたちが一斉に足を止めた。
唸り声がぴたりと消える。
「え……?」
クロはゆっくりと彼らの前を歩いていく。
けれど誰も襲わない。
それどころか、ゴブリンたちはほんの少し――
まるで怯えたように、後ずさっていた。
な、なんで……?
恐怖がほんの少しだけ薄れる。
私は固まったまま、その光景を呆然と見つめた。
小さなクロと、五体のゴブリン。
対峙しているはずなのに、空気の流れがまるで逆だ。
支配しているのはクロのほう。
もしかして……クロのこと、怖がってる……?
ゴブリンって猫が苦手、なのかな……?
その考えが頭をよぎった瞬間、私は自分でも驚くほど素早く動いていた。
「クロ!」
叫びながら駆け出す。
怖くて膝が震えてるのに、止まらなかった。
クロのそばまで行って、その小さな体を抱き上げる。
腕の中のクロは驚いたように鳴き、そしてすぐに落ち着いた。
その体は不思議とあたたかくて、震えた心が少しだけ静まる。
「いくよ……!」
そう言って、私は走り出した。
――すると。
目の前のゴブリンたちが、道を空けていく。
襲ってくるどころか、まるで私たちを避けるように。
「え……なにこれ……?」
ひとりごとが漏れる。
クロを抱えたまま走る私に、彼らは一歩も近づいてこなかった。
息を切らしながら洞窟の出口を目指す。
苔の光が次第に遠ざかり、外の月明かりが見えた瞬間――
ようやく、外の空気を吸えた。
「はぁぁぁ……生きた心地しなかったぁ……!」
外に出た途端、私はその場にへたり込んだ。
クロは私の膝の上に座り、まるで何事もなかったかのように毛づくろいを始める。
「クロ、ほんとに……危ないでしょ……」
「にゃっ」
「もー……怒ってるんだからね……」
軽く頭を撫でながら、思わず笑ってしまう。
あんな怖いことがあったけど、今はこうして生きている。
それだけで、少し涙が出そうだった。
◆
帰り道、ギルドに寄ると、リナとタケルがちょうど受付にいた。
「あ、ミオちゃん! こんな時間に珍しいね」
「ちょっとね……ダンジョン行ってきたの」
「えっ!? ダンジョン!? 一人で!?」
リナが目を丸くし、タケルは呆れたように頭をかいた。
「よくそれで生きて帰ってこれたな……」
「ほんとに怖かったよ……。でも、クロが一緒だったから助かったの!」
「クロが?」
「うん、ゴブリンたちがクロのことを見て怯えてて、襲ってこなかったの。クロが居なかったら、帰ってこれなかったかも」
そうやって話す私の膝の上で、クロはドヤ顔を浮かべていた。
尻尾をぴんと立てて、得意げに「にゃにゃっ」と鳴く。
だけど、リナとタケルは顔を見合わせる。
「ミオちゃん……私も冒険者歴それなりに長いけど、そんな話聞いたことないよ」
「俺もねぇな。猫がゴブリン苦手なんて初耳だ。……もしかして、他に理由があるんじゃねぇか?」
「そ、そうなのかな……」
私が首をかしげると、タケルは苦笑しながらクロの頭をぽんぽんと撫でた。
「案外、クロが只者じゃなかったりしてな」
「ふふっ、それなら――クロは姫を守るナイトというわけだな」
リナが冗談めかして笑う。
私も思わず吹き出した。
「だとしたら、かわいい騎士さまだね」
クロはそんな私たちの笑い声に、どこか誇らしげに鳴いた。
帰り道、ふと考える。
確かに――クロは小さいけど、私にとっては大きな存在だ。
人生を変えてくれたのも、支えてくれているのも、事実。
「でも、クロは騎士というより、相棒の方がしっくりくるかも」
「にゃっ」
その返事を聞きながら、私は微笑んだ。
月の光が静かに街を照らす中、クロと並んで家路を歩く。
いつまでも、こうやってクロと歩いて行けたらいいな。
あとがき
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手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
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