第14話「十人十色」
冬の朝は、少し苦手だ。
外に出るまでのあと一歩が、どうしても重たく感じてしまう。
「うぅ……寒い……」
小さく呟いてコートの襟を直すと、キャリーバッグの中からクロが顔を出した。
「にゃー」
「クロはいつも元気だよね、寒くないの?」
「にゃにゃっ!」
機嫌良さそうに返事をするクロ。外に出ることが好きなのかな?
まぁ外の方が刺激が多いだろうし、それはクロにとっても同じか。
そんなことを思いながらクロを連れて街へ出る。
息を吐くと白く曇って、風に溶けていった。
通りには焼き栗の屋台が出ていて、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
冬の街は冷たいけど、人の営みの温もりを感じられて、どこか好きだ。
――出かけるきっかけは、ユウトの一件だった。
あのとき、偽物とはいえ“猫ポ”を作れたという事実に、どこか引っかかっていた。
私のスキルって、本当に薬師のスキルなのだろうか?
いつも自分の感覚を頼りに作っているけれど、もしかして本来の“正しいやり方”とは違うのかもしれない。
ユウトは確かに悪い人だったけれど、技術そのものは悪くなかった……と、おもう。
あれだけの数を安定して作っていたんだから、少なくとも「理論」に基づいていたはず。
私のやり方は、きっと理論じゃない。
“手で感じて、体で覚える”……そんな感覚に近い。
それがずっと不安だった。
だから、今日は思い切って――「他の薬師のポーションを試してみよう」と思ったのだ。
まず向かったのは、街の中央にある冒険者ショップ。
店の棚には、色とりどりのポーションが並んでいた。
赤、青、緑、紫……どれも透明度が高く、ラベルには丁寧な文字が並ぶ。
素材の産地や精製者の名まで細かく記されていて、見ているだけで職人のこだわりが伝わってきた。
「うわぁ、こんなに種類があるんだ……」
少し圧倒されながらも、私は治癒ポーションや解毒ポーションなどをいくつか手に取ってみた。
中には“上級薬師認定”の印まで押されているものもあった。
瓶の形もそれぞれ違っていて、角ばったもの、丸みのあるもの、淡い装飾が入ったもの……。
きっと薬師たちが、自分の作品に“個性”を込めているのだろう。
「なるほど……これだけで、もう勉強になるなぁ」
会計を済ませ、帰り道に見つけた公園のベンチで一つ開けてみる。
小瓶を開けた瞬間、ほのかに甘い香りが広がった。
興味深々でひと口飲んでみる。
「うん……甘い。けど、後味がちょっと薬っぽいかも」
舌の上に残る微かな渋み。
クロが興味津々に瓶を覗き込み、くんくんと匂いを嗅いだ。
「ダメだよ、クロ。これは人間用だからね」
「にゃー……」
つまらなそうに丸まるクロを横目に、私は次の瓶を開けた。
今度のは少し酸味が強くて、爽やかな香りが鼻を抜ける。
「へぇ……同じ治癒ポーションでも、味が全然違うんだ」
思えば、他人の作ったポーションを飲んでみたのはこれが初めてだ。
ラベルを見ると、“南地区薬師ギルド所属・グレン”と書かれている。
効能の数値は悪くない。けれど――
「うーん、なんとなくだけど……私の作るポーションのほうが、体に馴染む感じがする」
もちろん、実際に怪我をして試すわけにもいかないから試しようがないんだけど。
でも、舌触りや香り、飲み込んだ後の体の温まり方。
そういう“感覚”の部分では、少し違いがある気がした。
クロが首を傾げながら、私の足元にすり寄る。
「クロもそう思う? やっぱり、なんか違うよね」
「にゃっ」
まるで肯定するように鳴くその声に、思わず笑みがこぼれた。
午後からはギルドの購買部や、ネットショップの口コミも見てみた。
レビュー欄には「味がきつい」「即効性が高い」「香りがいい」など、いろんな評価が並んでいる。
人によって重視するポイントもまちまちで、読んでいるだけで勉強になる。
中には「飲んだあと少し眠くなった」なんて書かれていて、思わずメモを取ってしまった。
でも、どのポーションを見ても――
どこか“作り手の意志”みたいなものが感じられた。
材料も配合も、同じようで少しずつ違う。
それぞれの薬師が“誰かを思って作った”痕跡があるような気がして、少し胸が熱くなる。
「……やっぱり、みんな頑張ってるんだなぁ」
そう呟いたとき、横から小さな鳴き声が返ってきた。
「にゃー」
「うん、私も頑張らなきゃね」
クロが伸びをして、再び丸まる。
その背中を軽く撫でながら、私は笑った。
風が頬を撫で、沈みかけの太陽が街を金色に染めていく。
「でも、こうやって比べてみると――」
少し考え込みながら、瓶を並べて眺める。
「普通の治癒ポーションなら、たぶん私のほうが効き目はいい気がする」
それは自惚れじゃなくて、ちゃんと感じ取った結果だった。
素材の香りや温度、魔力の流れ。
私のスキルは、きっと“理論より感覚”に近いものなんだろう。
でもそれは、欠点じゃない。
むしろ――私にしかできない作り方かもしれない。
「うん、今度タケルさんやリナさんに聞いてみよう。実際に飲む人の意見が一番だしね」
「にゃにゃっ」
クロが元気よく鳴く。
まるで「いい考えだよ」と言ってくれているようで、少し嬉しくなった。
瓶をしまい、立ち上がる。
西の空は少し赤く染まり始めていた。
街路樹の影が長く伸び、通りのカフェからは軽やかなピアノの音が流れてくる。
「今日は良い勉強になったね、クロ」
「にゃー」
その返事を聞きながら、私は軽い足取りで家路についた。
胸の中に、小さな自信の種がひとつ、そっと芽吹いた気がした。
それは、ほんのわずかな温もりだったけれど――確かに、前へと進むための光だった。
あとがき
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