第13話「旧友との再会」
朝、窓から差し込む冬の光に目を細める。
机の上には、昨日作ったポーションの瓶が整然と並び、光を受けて輝いていた。
「……よし、今日も頑張ろっと」
伸びをしたその瞬間、右手の掌がかすかに熱を帯びた。
見ると、そこには淡く光る紋様が浮かんでいる。
まるで、内側から呼吸をするように光が脈動していた。
「これって……あのときの?」
以前にも一度現れた、謎のスキル紋。
クロが布団の中から顔を出し、眠そうにこちらを見上げる。
「にゃ?」
「うーん、ちょっとギルドに聞きに行ってみようかな」
私はクロをキャリーバッグに入れ、街へ出た。
冷たい風が頬を撫でる。冬の空気は少し痛いけど、どこか澄んでいて心地いい。
歩道の街路樹にはイルミネーションの準備が進められていて、通りには微かな甘いココアの香りが漂っていた。
ギルドで魔力検査を受けると、サキさんがモニターを見て目を丸くした。
「ミオさん、スキルレベルが……上がってますね。レベル2になってます!」
「えっ、本当ですか!?」
「はい。前回の数値より明らかに高いです。取り扱える素材の種類も増えますし、ポーション調合の精度も上がってるかもしれませんね」
手のひらに残る微かな温もりが、今の自分を肯定してくれている気がして、思わず顔がほころぶ。
クロにもそれが伝わったのか、バッグの中からまるで一緒に喜んでくれているみたいに「にゃにゃっ」と鳴いた。
「ありがとう、クロ。……あなたのおかげかもね」
「にゃー」
その帰り道、私はふとウィンドウ越しに目を奪われた。
白いコートが、店先のマネキンに飾られている。
柔らかな生地と落ち着いたデザイン。
今の自分に――少し、似合う気がした。
「よし、今日はちょっと奮発しちゃおうかな」
そう呟いて、私は店に入った。
クロはキャリーバッグの中から、じっとこちらを見つめている。
「クロも似合うと思う?」
「にゃっ」
ふふっと笑いがこぼれ、久しぶりに自分が“おしゃれをしたい”と思えてることに気づいた。
少し高かったけど、頑張ってきたご褒美にと、思い切ってそのコートを買った。
そのあと、新宿の街を歩いていたときだった。
人の波の中で、ふと懐かしい声がした。
「……え? ミオ?」
振り向くと、そこに立っていたのは――ハルカだった。
茶色のショートボブに、白衣ではなくコート姿。
けれど、昔と同じ優しい目をしていた。
「ハルカ!? 久しぶり!」
二人で思わず笑い合う。
あの病院を辞めて以来、ずっと会っていなかった。
「時間ある? 近くのカフェ、入ろっか」
ハルカの提案にうなずき、私たちは昔よく通っていた喫茶店へ向かった。
入口のドアベルが小さく鳴ると、懐かしいカフェラテの香りが広がる。
店内の窓際の席に座り、二人分のマグカップが運ばれてきた。
カップから立ちのぼる湯気の香り。
テーブルを挟んで向かい合うのは、懐かしい友人の顔。
「ミオ、連絡もなくて本当に心配してたんだからね。ずっと気になってたのに、メッセージも既読にならないし」
「ごめん……あの頃は、ちょっといっぱいいっぱいで」
「うん、なんとなくわかってた。だから無理に連絡もしなかったけど……やっぱり、気になってたよ」
その優しい言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
私は病院を辞めてからのことを、ぽつぽつと話した。
辛かった時期、休養のこと、そして今は“薬師”としてギルドで活動していること。
「……薬師? なんだか、ミオらしいね」
「そうかな?」
「うん。あの頃から、人を助けたいって気持ちは誰より強かったもん」
まさかこんな風に過去のことを話せる日が来るなんて思わなかった。
ふとキャリーバッグの中からクロが鳴くと、ハルカがのぞき込む。
「んー? え、なにその子!?」
私はキャリーバッグからクロを出してあげて紹介すると、ハルカは目を輝かせて笑った。
「かわいい! 本当に飼ってるの? ……なんか、いい顔してるね、ミオ」
「え?」
「前よりずっと穏やか。……あのときの、無理して笑ってる顔じゃない」
その言葉に胸が詰まった。
きっと、ハルカは私が壊れかけていたあの頃を、全部知っていたのだ。
「ありがとう。……クロがね、たぶん救ってくれたの」
「にゃっ」
クロが返事をするように鳴き、二人で笑った。
「よかった。本当に、元気そうで嬉しい」
ハルカは微笑んで、カップを持ち上げた。
「またご飯とか誘うからさ。今度は、ちゃんとメッセージ返してよね?」
「う……それは、がんばります」
「約束だよ? 既読スルーしたら怒るから」
「えぇ、怖いなぁ」
二人で顔を見合わせて笑う。
あの頃と何も変わらない笑顔が、懐かしくて、嬉しくて――少しだけ泣きそうになった。
夕方、街の灯りがともり始める。
ハルカと別れた私は、買ったばかりの白いコートを抱えて歩いていた。
胸の奥に、懐かしさと少しの切なさが入り混じる。
「久しぶりに会えてよかった。クロのことも紹介できたしね!」
「にゃー」
「でも……あの頃の、がむしゃらに頑張っていた私には戻れない……かな」
ポツリと漏れた言葉に、クロが小さく鳴く。
その声が“今のままでいい”と言ってくれているような気がした。
「そうだね。前を向かないと、ね」
白いコートを羽織る。
冷たい夜風が頬を撫でるけれど、不思議と心は温かかった。
ネオンの光が街に滲み、クロの紫の瞳に反射する。
その小さな瞳を見つめながら、私は微笑んだ。
「明日からもマイペースで頑張ろうね、クロ」
「にゃにゃっ」
――新しいコートと、少しだけ前を向けた自分を胸に。
私は夜の街を、あの日より少し軽くなった足取りでゆっくりと歩き出した。
あとがき
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