第12話「いたずら猫の正義」
猫ポの証明印をつけてから、数日が経った。
あの肉球マーク付きの新しい瓶は評判が良く、売上も少しずつ回復してきた。
ギルドの買い取り価格も上がり、ようやく胸を張って「薬師です」と言えるようになった気がする。
朝の光が差し込む作業台の上には、色とりどりの瓶が整然と並んでいる。
クロはそのあいだをすり抜けながら、尻尾で空気を揺らしていた。
「……よし、これで今週分も納品完了」
キャリーバッグを閉じて肩にかけると、クロが机の上からぴょんと飛び降りた。
そのまま私の足元にくっついて歩く。
「はいはい、クロも一緒にね」
「にゃっ」
そんな短い返事に笑いながら、私はクロと一緒にギルドへ向かった。
◆
カウンターに納品書を渡し終えたとき、サキさんが顔を上げた。
その手には一枚のチラシ。眉を寄せ、少し困ったような顔をしている。
「ミオさん、これ……見たことあります?」
そこには――“激安猫ポ販売中!”という文字が踊っていた。
写真には、私のポーションとそっくりの瓶。けれど、封の猫シールがない。
「えっ……これ、私の……じゃないですよね?」
「ええ、前に話していた偽猫ポだと思います。ネットや街の露店で売られてるみたいなんです。製造者は“ユウト薬舗”って名前でした」
「ユウト……薬舗?」
聞き覚えのない名に首を傾げると、隣にいたリナさんが腕を組んだ。
「私の仲間の一人が、その偽猫ポを使ったことがある。効き目はあるにはあったが、胃を壊して寝込んだらしい」
「そ、そんな……」
胸の奥が冷たくなる。
せっかく猫ポが信頼され始めたのに――誰かが、その名を利用している。
自分の作った薬が、人を傷つけるきっかけになるなんて。
それだけは絶対に嫌だった。
「犯人の心当たりは?」
リナさんの問いに私は小さく首を振る。
けれど、その答えより早く、背後から軽い声が響いた。
「やあ、探してた人がここにいたとはね」
振り返ると、扉の前に立っていたのは若い男。
茶色い髪を無造作に撫でつけ、金のピアスを光らせている。
派手な赤いコートを羽織り、香水の匂いを漂わせながら、軽薄な笑みを浮かべていた。
「俺がユウト。ユウト薬舗の代表だよ。――猫ポの、同業者ってやつ?」
「同業者……?」
その言葉にサキさんが眉をひそめ、ギルドの空気が一気に緊張する。
だがユウトは気にする様子もなく、悠然とカウンターへ歩み寄った。
「いやぁ、そっちの猫ポも人気あるけど、俺のも結構評判いいんだ。ほら、“安くて効く”ってね」
「あなた……偽物を売ってるんですか?」
「偽物? 違う違う。リスペクトってやつさ。そっちが先に売れてるから、参考にしただけ」
周囲の冒険者たちがざわめく。
その軽薄な態度に、リナさんが一歩前に出た。
「そんな言葉で誤魔化せると思うな。人の信用を利用するのは“仕事”じゃない」
「おや、怖いねぇ。効能に特許なんてないんだから、文句言われる筋合いはないだろ?」
「でも、それで体調を崩した人がいるんです!」
思わず声が出た。
ユウトは嘲るように口の端を上げる。
「へぇ、でも“買う方が選んだ”んだぜ? 俺はただ商売してるだけだ」
周りの冒険者たちが顔を見合わせる。
私は唇を噛みしめた。
――悔しい。
言い返したいのに、言葉が出てこない。
そのとき。
「……にゃ」
足元でクロが、小さく鳴いた。
見ると、足元に転がっている空の酒瓶を、前足でちょん、とつついている。
「クロ? ダメ、それ――」
言う間もなく瓶が転がり、ユウトはその瓶を踏んで足を滑らせた。
「うわっ!?」
次の瞬間、派手にバランスを崩し、背中から倒れ込む。
机に頭をぶつけ、ガタンッと大きな音を立てた。
書類の山が雪のように舞い上がり、ギルド中の視線が集中する。
「うわっ、な、何すんだこの猫ォ!」
「ちょ、クロ! いたずらしちゃダメでしょ!」
私は慌ててクロを抱き上げる。
でも、次の瞬間――ギルド中に笑いが弾けた。
倒れた拍子に瓶が割れ、残っていた酒がユウトのコートに染み込む。
立ち上がった彼からは、強烈な安酒の匂いが漂った。
リナさんが腕を組み、冷ややかに言い放つ。
「“安くて効く”のはポーションじゃなくて、酒の方みたいね」
サキさんも口元を押さえながら、淡々と告げる。
「ユウトさん、ギルドとして正式に調査を行います。これ以上の販売は控えてください」
「ちょ、ちょっと待――!」
「文句があるなら、私が聞くが?」
鋭い眼光で睨み付けるリナさんに、ユウトは言葉を失い、転げるように外へ逃げ出した。
ドアが閉まると同時に、笑いと拍手が起こる。
私は小さく息を吐き、クロの頭を撫でた。
「クロ、ほんとにもう……」
「くふぅ」
腕の中のクロは、喉を鳴らしながら得意げに目を細めている。
その顔を見て、思わず笑ってしまった。
「いたずら猫。でも……ありがとね」
窓の外では、夕陽が傾き始めていた。
オレンジ色の光がクロの黒い毛を照らし、まるで小さな英雄みたいに輝いて見えた。
ギルドのざわめきの中で、私はそっと呟く。
「……どんなに真似されたって、私の猫ポはクロと一緒に作ったもの。誰にも作れない”特別製”だもんね」
「にゃにゃっ!」
肯定するように鳴くクロに、私の胸の奥は、小さな火が灯ったように温かくなった。
あとがき
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