十七.拘束と取り調べ
澄蘭公主が、影廠に連行された。
容疑は、皇太子暗殺未遂事件への関与。
澄蘭公主は、皇女にあるまじき野心──我こそが皇太子に相応しいとの思いを抱き、その座の奪取を企んでいた。その思いのもと、彼女が貧民を味方に着けようと画策していたことを知った温父子が、それを利用して国をほしいままにしようと企んだという。
彼らは縁者を利用し、皇太子殿下の朝餉に毒を盛ろうとした。
公主は、毒殺事件そのものには関与していないとされたが、その前後関係を怪しまれている。
「有り得ない……!」
侍女たちも皆、拘束され、厳しい取り調べを受けた。
姷明は取り調べのさなか、宦官に聞かされたその話に、咄嗟に大声を上げていた。
鼻白む宦官を必死の形相で睨み付け、姷明は戦慄く身体を懸命に押さえつけながら、叫んでいた。
「そんなことは有り得ない! あの方がそんな大それた野心を抱くなど……!」
「だが、複数の民が、公主を街中で見掛けたと証言している。わざわざ庶民に扮装するという、念の入れようでな。
最初は、貧民の子に手持ちの菓子を恵んでやったり、構って遊んでやる程度だったそうだが、やがて炊き出しを主導するなど、入れ込んでいたことは事実だ。
──お前は、筆頭侍女だそうだな。まさか、気付いていなかったとは申すまい?」
「それは……!」
確かに、侍女たちに隠れて、澄蘭公主が何かをしていたのには気付いていた。公主付きの宦官と、何かこそこそと打ち合わせをしていたことも。
ただし、侍女はあくまで身の回りの補佐が仕事であり、公主の扶持の出納などは、筆頭侍女であっても管轄外である。
ふと、事件発覚後、澄蘭付きの宦官の姿が見えなくなったことに気付き、姷明ははっと息を飲んだ。
「公主様付きの宦官は……」
「重要な証人だからな。身柄は慎重に確保している」
(やられた……!)
ニヤリと口元を歪めた取調官に、姷明の全身が総毛立った。
澄蘭公主の身に何が起こっているのか、浅学の身である姷明には、まるで見当もつかない。
けれど、自分が守るべき存在が、何か途方もなく大きな罠に掛けられたことだけは、直感で理解していた。宦官は余計なことを口走る前に処分されたか、あるいは『罠』を張った一味の側であったのか。
血の気の引いた顔で肩を震わせる姷明をせせら笑いながら、取り調べの宦官は囁いた。
「もう一度問おう。……温父子の証言は事実か?」
「私の知る澄蘭公主は、そんなことは決してなさらない!」
毅然と答える姷明に、しかし、影廠所属の宦官は、低く笑った。
「……知らないだけではないのか? お前たち侍女は、女官の分際で、陛下の御子である公主に、ひどく不敬な態度を取っていたそうではないか。信用出来ない筆頭侍女に、本心など見せられないだろう?」
「──っ!」
澄蘭公主が有罪であると言い分以外には、全く否定出来ない嘲りの言葉に、姷明は言葉を詰まらせた。反証も持たず、反論も出来ない。どれほど悔やんでも、嘆いてももう遅い。姷明には、澄蘭公主を守る手立てがない。
手立てを捨ててしまったのは、自分だ。
打ちひしがれる姷明を、取り調べの宦官は冷徹な目で見下ろしていた。
姷明たち澄蘭公主付きの侍女たちには、今回の暗殺未遂事件に直接関与した痕跡は見つからず、身柄を拘束されることはなかった。
それでも、重罪の疑惑が掛かる公主の関係者として、彼女たちは司率局の離れの一室で、軟禁状態にあった。粗相をした女官の折檻部屋として、使われている場所だ。
五人で過ごすには狭い、窓のないその部屋に漂う空気は、ひたすらに寒く重苦しい。
外には武装した宦官が見張りに立ち、日に一度の食事を運んでくる婢女以外には、外部の人間と接触することもない。
初めのうちは物見高く、澄蘭公主の容疑について議論していた侍女たちも、今はほとんど口を開かない有り様だった。
しかし、七日ほどが経過した時、姷明たちは突如、部屋になだれ込んできた宦官に、身体を拘束された。
侍女の一人が、自身の腕を捻りあげる宦官に、血相を変えて食ってかかる。
「――なんなのよ! いったい、なんの……」
「黙って立て!」
怒鳴り返した宦官は、問答無用で彼女たちを引き立てて行った。
姷明たちは、その身柄を、罪を犯した女官を収容する牢に移され、再び取り調べを受けることになった。
温父子が拷問の末、澄蘭公主のため、皇太子暗殺を企図したことを認めたというのだ。
皇族を害そうとしたものは、例外なく処刑される。彼らは自身に待ち受ける過酷な極刑を恐れ、処刑前日に自ら命を絶ったそうだ。
かつて、救国の英雄として注目を集めた官僚父子は、今は極悪非道の卑劣漢として皇都中から石を投げられる存在になった。
彼等は最期まで、澄蘭公主の今回の事件への関与は否定した。
「澄蘭公主の歓心を得るため、彼女が望んだ玉座に近づけようとした」
「皇太女の、ゆくゆくは女帝の親族として、栄誉をほしいままにしようとした」
彼らは最後の日、そう自供したという。
事実、暗殺未遂事件への、澄蘭公主の関与を示す明確な証拠はとうとう見付からず、この件について彼女が罪に問われることはなかった。
澄蘭公主の容疑は、そもそもの発端、「皇太子位を得ようと画策した」という点に集約した。
皇太子を任命するのは皇帝陛下の特権であり、その決定に不服を持つことは、国家反逆にも等しい。実際に皇太子位簒奪を企んでいたことが公になれば、それは皇帝への重大な不敬として、命を奪われても仕方がなかった。
侍女たちは取り調べの中で、繰り返し繰り返し、「澄蘭公主が皇太子位を狙っていたのではないか」と問われた。
ある時には容赦なく怒鳴りつけられ、頬を張られ髪を引っ掴まれる。またある時には、別の事件で拷問を受ける者の悲鳴を、間近で聞かされた。そうかと思えば、猫撫で声で優しい言葉を囁かれ、ほっと気持ちを緩めた瞬間、また怒号を叩きつけられた。
侍女たちは最初は血相を変え、時には怯え、やがて半狂乱になりながら、「何も知らない」、「見ていない」、「聞いていない」と叫び続けた。
それは決して、主人への忠誠心からではなかった。
耐え兼ねて、取調官の意に沿う証言をすれば、確かに、この地獄のような時間からは逃れられる。
けれども、公主の罪を認めた瞬間共犯に仕立てあげられることは、火を見るより明らかだった。そうなれば最悪、自身の家族にまで累が及ぶ可能性もある。
連座を恐れる自己保身から、侍女たちは頑なに首を横に振り続けた。
姷明もじっと、目の前の宦官を睨みつけながら、淡々と主の容疑を否定し続けた。




