インドから来た男、異世界をスパイシーにする
――俺の魂はタンドールの如く熱い。世界よ、覚悟しろ。――
その日、俺は会社の昼休みに、いつものように公園でカレーを食べていた。
母のレシピを受け継いだ、スパイス27種の黄金比カレーだ。日本で働き始めて3年、慣れない仕事に疲れ切った心身を癒してくれる唯一の救い。それなのに、だ。
急に空が光った。
「……デジャヴ? いや、映画的なやつ?」
俺の名はラージュ・シャルマ。インド・デリー出身、IT企業勤務。常に眠い。いつも腹が減ってる。そして気付くと異世界に飛ばされがち、なタイプでは決して無い。
だが次の瞬間、視界が真っ白になり――気づけば草原の真ん中に立っていた。
涼しい風、どこまでも広がる青空、見たこともない巨大な樹木。
……完全に異世界。
インド人の俺でさえ、そう直感した。
「うわマジか。いきなり異世界転移か。
いや、まあ……インド映画なら普通にある展開だけど」
そう呟いた時、空から光の柱が降りてきた。
「あなたを異世界へ召喚しました――」
現れたのは、絵画のように美しい女神。白い衣が風に舞い、金色の髪が光を反射している。たぶん、この世界の管理人とかそういうポジションだ。
「オーケーオーケー、ありがとう女神さん。
で、俺のチートは? ハーレムは? そして、悪役令嬢にバカにされるイベントはいつ?」
「ま、待って。説明をさせて?」
「大丈夫大丈夫。俺、なろう小説1000作品読んでる。
異世界転生テンプレ、全部頭に入ってるから!」
女神は目を瞬かせた。
「……あなた、異世界経験者?」
「まだしてない。でも準備は万端!
インド人は映画三時間の中で
恋愛 → ダンス → 家族の愛憎劇 → 悪の組織との戦い → 伏線大回収
ぜんぶこなす民族だ。
異世界なんてウォーミングアップみたいなもんだよ!」
女神は「そんな基準あるの……?」と呟いたが、すぐため息をつき、儀式のように手を掲げた。
「わかりました。ではあなたに加護を授けます。
スキル名は――《スパイス創造》。」
「キタァァァァァ!!
つまり俺は……無限にカレーを生み出せる?」
「カレー限定ではないけれど……まあ、好きにしてください」
「最高だ女神さん!! インドの魂が震えるッ!!」
俺がテンション爆上がりになっていると、木陰から金髪の少女が姿を現した。
青いドレスにフリルが揺れ、見るからに令嬢。だがその顔は俺をまっすぐ睨んでいる。
「きゃあっ! なんて野蛮な人!
女神様、どうしてこんな髭の濃い異国の男を勇者に選んだのですか!?」
来た。
テンプレその1――初回ザマァ要員のお嬢様。
「こんにちは、お嬢様。
初対面で髭の文句ってすごい偏見だね? インド人は髭が文化だからね?」
「文化とか知りませんわ!
あなたなんかに世界が救えるわけ――」
「はい、カメラ回しまーす」
「……は?」
俺は女神を振り返る。
「すみません、ここ初ザマァポイントなんで。
女神さん、証拠として撮影していい? 後で回想シーンに使うから」
「もう……好きにしなさい」
少女は完全に置いてけぼりである。
「な、何なのこの人たち……?」
「大丈夫大丈夫、お嬢様。こういうのは様式美だから。
いずれあなたも俺にデレる流れだから安心して」
「デレませんわ!!」
はい、フラグ立ちました。
テンプレその2――強気令嬢の早すぎる否定は、もれなくデレ化イベント確定。
すると女神が「あなた、本当に詳しいわね……」と呆れる。
「じゃあラージュさん。
ここからは世界の説明を……」
「それも知ってる!
魔王が復活して、世界がヤバくて、勇者が必要なんでしょ?
で、俺にしか倒せないんだよね?」
「正解……なんだけど、あなたにしか倒せない理由は」
女神は咳払いをして、真剣に言った。
「魔王の弱点が“辛さ”だからです」
「………………え?」
「魔王は辛いものが食べられない体質で……」
「え、かわいくない? その弱点」
「だからあなたの《スパイス創造》は最適なんです。
強力なスパイスの香りだけで魔族が弱るという研究結果が……」
「つまり俺は……
カレーで世界を救う?」
「はい」
「完璧だ!!」
インド人としてのアイデンティティが完全に輝いた瞬間だった。
◆
女神の導きで、俺は大都市アルメシアへ向かうことになった。街に入ると、どこもかしこも中世ファンタジー。行商人、魔法使い、冒険者、獣人……。
だが、その街で事件が起きる。
「なんだあの顔は! インド人? 魔族か!?」
「うわっ、肌の色が濃いわ! 怖い!」
「カレー臭がする!」
……いや、カレーは美味いだろ。
それと肌が濃いのは生まれつきだ、失礼な。
しかし、さっきの金髪令嬢が俺の前に立ちはだかり、胸を張った。
「皆さん、落ち着いて!
この者は異国の勇者様ですわ!
……たぶん」
「たぶんて言うな!」
群衆はざわつく。
「勇者? この人が……?」
「なんか頼りなさそう……」
「髭が濃い……」
「髭はもういいから!!」
そこでだ。
ひときわ偉そうな男、どう見ても典型的な“俺様貴族”が俺を見下ろした。
「ふん、勇者? 冗談も大概にしろ。
異国の男風情がこの国を救えるわけが――」
「はい来たザマァイベント二号!!」
「な、何を言っている!?」
「これもテンプレ。あなた、後で俺に負けて膝つくやつでしょ?
“くっ……認めたくはないが、貴様こそ真の勇者だ……”とか言う役の人!」
「言わんわ!!」
あ、この強がり方は後で絶対言うタイプだ。
群衆は騒ぎ始めたが、突然、魔物が街に襲来する。
犬のような獣が炎を吐きながら走ってきた。
「ぎゃあああ!!」
「護衛はまだか!?」
「落ち着け!!!!」
俺は胸を張り叫んだ。
「インド人の俺が、みんなを守る!!」
「どうやって!?」
「決まってるだろ……
スパイスだ!!!」
俺はスキルを発動する。
「《スパイス創造》ッ!!」
手のひらに、黄金色に輝くターメリック、赤く燃えるチリパウダー、香り高いクミンが次々と出現し、宙に渦を巻く!!
「うおおお!?」「な、何だこの匂いは!」
「行くぞ、タンドール・トルネード!!!!」
俺はスパイスの竜巻を魔物にぶつけた。
獣たちは一斉に泣き叫び――
煙を上げながら逃げていった。
「す、すごい……!
スパイスだけで魔物を撃退した……!」
「え、カレー神じゃん」
「ちょっと惚れたかも……」
街の人々の評価が急上昇する中、金髪令嬢は顔を真っ赤にしながら言った。
「な、な、な……なんなのですあなたは!?
野蛮だと思ってましたのに……すごく……かっこ……」
「え? もうデレ期入った?」
「入ってませんわ!!」
はい入った。
女神は空から現れ、俺の肩に手を置いた。
「ラージュさん。
あなたの旅は始まったばかりです。
世界はあなたのスパイスを必要としています」
「任せろ女神さん。
この世界を、インドの香りで満たしてやる!」
――こうして、
俺の“スパイシーな異世界ハーレム大冒険”が幕を開けたのだった。
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