つけ上がり
周囲は濃密な魔力により、かなり息苦しい感覚が絶えない。かなり重い空気が流れる中、俺は街中を歩いていた。
何も無い無音の空間を歩くのは確かに好きだしかしこのようなものを望んでいる訳でないのだ。
視線を感じる......と言った方が良いか。そういう感覚を全上位から感じる。おそらくは監視と言った感じか。だがまあエレボスではなかろう。異能力を得て、様々な気配にかなり敏感んいなってきた。それで分かるのだが、エレボスは格上中の格上。仮に監視をしていても全くわからない。
だがこの視線は俺でも難なく気づくほどの爪の甘さだ。おそらく相手は生物なのだろうが、それすらわからない。そんな状態で迂闊な行動をするには早計だろう。
......いや、動きはあったか。
俺の眼前には無数の狼...いや、狼のような姿でかなり高濃度の魔力を帯びているようだ。
俺はすぐさま能力を発動する。
「聖炎の旋律」
その炎によって、目の前にいたおよそ20体の...狼?を倒した。
......今のは本当に焦った。いくら俺が割と強めの能力を持っているからっていきなりの戦闘は無理がある。
ちなみにこの炎は、俺の能力の一つである天界之女神の能力、聖属性魔法によるものだ。
.......もうめんどくさいからラノベにちなんでこいつらのこととを魔獣呼ぶことにする。
コイツらは...出現した根本的な原因はわからない。しかも、先ほどからあった視線が消えている。さてさて、何が原因なのだかがさっぱりわからない。
「....一旦誰かと合流するか。」
幸い俺にも親友と呼べるやつが二人くらいいる。しかし高校が別れていたためあまり話せなかったのだ。
その時...
「キャアアアアアア‼︎」
そう女性の叫び声がした。普段の俺ならスルーしていただろう。しかし、今の声はおそらく...おそらく知人の声、しかもコイツは...
「ハァ...」
思わずため息が出る。とりあえず向かったのは声のした真南の方向だ。距離にして100mとそう遠いわけでは無い。
俺は急いでその方向に向かう。
「ちょっと、あっち行ってよ!」
そう言いながらコンクリートブロックを野球ボールの如く投げていた。それはもう全力投球で、15体の魔獣を相手にしてコンクリートブロックの重さを一切感じさせないその動きに、助けに来た俺が驚愕で動けなくなっていた。
壁を殴り、その破片を投げて一体ずつ殺す様子は、アンタ何をしたとしか言いようがない。
「おい、何してるんだよ。」
俺がそう声をかけると、声をかけた女、佐藤菜月がこちらを振り向いた。
「あ、終夜!助けて、お願い!」
そうこちらに助けを乞いながら魔獣を嬲り殺すのは、かなりシュールな光景では無いだろうか。
「もう自分で片付けろよ....」
俺がそう呆れ返えりながら、俺は再度聖炎の旋律を放つ。
雑に放つコレは、結構便利ではあるのだ。火力はそこまでだが、こういった集団戦では便利ではある。
そうして魔中を一掃し終えると、菜月が俺に飛びついてきた。
「久しぶり、終夜君。」
そう言いながら大はしゃぎでこちらに突進してきた。ブロックをああ投げる奴だ。おれも余裕で吹っ飛ばされるのも無理はない。そう思いながら、結果10m吹っ飛ばされた。
「......おい、力強すぎだ。」
やっとの思いで起き上がった俺は、笑顔の菜月に向かってそう言った。
ちなみに俺は、色んな能力により物理耐性も結局向上している。にも関わらず、俺は10mも吹っ飛ばされた。
もっと具体的に言えば、常人ぼ10倍以上は高いのだ。
「能力なかったら死んでたぞ?俺......」
そう呟きながら、俺にまたがっている菜月をどかす。
「あっ、えっ!ゴメン、本当にゴメン‼︎ 」
俺にまたがりながらそういうため、若干腹が立ったが、とりあえずは抑えることにした。
「まあ、とりあえず俺から降りろ。」
そう言いしぶしぶ俺から降りた菜月は、笑顔でこちらに向き直った。
「改めて...久しぶり、終夜君」
久しぶりに会ったが、前と変わらず満面の笑みでそう言った。そのことに対し、中々に嬉しく思う。そのため、俺も少し微笑みながら、返事を返した。
「ああ、久しぶりだな。」
「ええっと...1年半ぶりかな?」
「...そうだな。もうそんなに経ってるか....」
そう干渉に浸っていると、菜月は少し頬を膨らましながら、少しキレていた。
「音信不通は酷くない?私、何回も連絡したよね?」
「....まあ俺にも色々あったんだよ。」
「例えば?」
「......」
言えるわけがない。反抗が面倒だからとはいえ佐藤誠司にいじめの一環でスマホを壊されたなんて言えやしない。
菜月は俺に異様な執着を持っている。故に、俺をいじめた奴がいると知ると先ほどの魔獣の二の舞になりかねない。
さて、聞いておくべきことは先に聞いておくか。
「なあ、菜月。お前さっきの剛力どうした?」
「......それに触れちゃう?」
「いや聞いておくべきことだろ。」
「......終夜君、こんな女の子嫌い?」
「いや別に嫌いってわけじゃないぞ?たださっきの狼といい、俺やお前の力といい、普通じゃないことが起きてるんだよ。」
「あ、じゃあさっき終夜君がさっき使ってたのって...」
「ああ、俺の力...ラノベ風に言うと能力だ。」
「ああ、なんか聞いたことある。」
「んで、お前の能力って何?」
俺がそう率直に聞くと、菜月は笑顔で「わからない」と答えた。
「えっ、ちょっ......分からないって......」
「だって分からないって。いきなり体が変な感覚に襲われて治ったらこんな感じだもん。むしろこっちが説明受けたいくらいだよ。」
......まあ言えてるわ
確かに菜月はお世辞にも運動神経がいい方とは言えない感じだった。にも関わらず、先ほどのアレだ。確かに1年半会ってはなかったが、あそこまで筋力が上昇すると言うことはあり得ないだろう。
「まあ確かにそうだが.....」
「逆に、なんで終夜君はそんな力あるの?」
「え、いやなんとなくわかったよ。具体的な事は知らんけど...まあ感覚だよ。なんとなく『コレをすればこうなる』ってのが分かるもんなんだよ。」
「そんなものか〜」
「感覚派か理論派って言う問題じゃないか?」
ちなみに俺は感覚派であるため、何も情報がない現環境では結構有利だったりする。
菜月は完全に理論派なため、俺みたいにエレボスに情報を貰わなければ何も理解はできないだろう。
「取り敢えず、お前の能力は剛力で当たりっぽいな。」
「...女の子としてはあんまりよくないんだけどね〜」
そう軽口を言うが、剛力、もしくは身体強化というのも結構当たりではないかと思う。
逃げる、攻撃する、守る。戦闘に必要な事ほぼ全て出来る。それが身体強化だ。
「『飯を作る』っていう能力じゃなくて良かったじゃんか。」
「...チョイスがオカシイ」
「......」
言うなよ。俺が何に対してもセンス無いってことは知ってるだろ。お前も...
「......んな事より、とにかく優先すべきなのは状況確認だ。とりあえず学校に行ってみるが...お前ついて来るか?」
「.....じゃあ、私も行こうかな。一人っていうのは心細いし。」
「んじゃ、行くか。」
「うん」
そう言う菜月の声は弾んでおり、満面の笑みを浮かべていた。
「......マジかよ」
俺は、そう言わずにはいられないほど困惑していた。
切り刻まれた死体、爆破によって抉られた死体、完全に凍った死体。何処を見ても死体の山だった。
まるで
戦争でもあったんかと言うほど死体が積み重ねられ、その遺体は全て残酷なまでに状態が悪いものばかりだった。中には拷問をした跡まである死体もあり、中々の惨状だった。
「......一体誰がこんなこと.......」
「....高校生...だろうな。」
「高校生?なんで.....」
「この死体、確かに状態は悪いが...コイツらを高校で見たことないんだよ。」
「教員って言うわけじゃないの?」
「いや、逆に町中では見たことあるんだよ。」
「ってことは....」
「災害ではないけど....さっきの狼から逃げてきたんだろうな。」
「...その狼じゃなくて?」
「いや、仮にそうだったとしても噛み跡がないのはおかしい。俺らの所のに来たあいつじゃなかったにせよ校舎に損傷がほとんどない。明らかな大量殺人事件だ。」
「...そうなんだ.....」
「...まあそこまでお前が気に落とすことじゃないさ。んなことより、一旦校舎入るぞ。」
「うん」
俺らは無言で、電気が通ってなさそうな校舎の中に入って行った。
暗い廊下に、二人分の足音が響き渡る。
普段は上履きには着替えるが、俺らは土足で廊下を歩いていた。