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5 発作

 少し汗ばむくらいに陽光が眩しい中、エスティールは木陰に敷布を敷いて寝転んでいる。服装は動きやすいズボンとシャツ。地味な色合いは汚れても目立たないようにしているからだ。

 まだ暑い季節なので涼しい午前中の間に収穫を済ませたくて畑に来ているのだが、収穫後の畑の土を耕しておこうと作業を始めたが昼を過ぎても土を掘り返していた。一人で終わらせるには少し無謀だったかも知れない。

 立ち上がって気合を入れてから無心で土と向き合っていたが、ふと我に返る。

 なんだかんだと陽は傾き始めている。明日もまた頑張ればいいか、と思いながら彼女は水筒のお茶とバスケットに入っている焼き菓子で青空の元、簡易お茶会を一人で決行する。

 屋敷の方ではリュカが虫干しの指揮を取っていたり、侍女のネロリたちがこの前エスティールが収穫したノッコの実で保存食を作るために台所を占拠している。料理長は市場へ買い出しに行っていて留守だから今屋敷で手が空いている人材は皆無だ。

 畑は自分の趣味だからみんなに手伝わせるのもどうかと思うし。

 魔法が使えたならな。ちょちょいのちょいって土を耕して肥料を撒いておけるのに。

 ただっ広い畑を前に羨望の情を兄に抱く。だが魔法を使えるのは彼だけではない。そう、隠しているがリュカも魔法を使える。その生い立ちにはきっと秘密があるのだろうが、エスティールはそれを暴こうとは思っていない。リュカが隠しているのだから秘密にしておくべきことなのだ。

 ふう、と息をついて空を見上げると心地よい一陣の風が流れていく。

 一人だ。

 不意にそう自覚すると不安が押せ寄せてくる。広い畑の中でポツンと自分だけが存在している。

 いつの間にか鳥や小動物の気配も消えている。

 目の前が暗くなっていく。

 空には暗雲が立ち込め、彼女の行き先を阻もうとする。

 訳の分からない孤独と焦燥、それに恐怖が彼女を襲う。汗ばむくらいの陽気だったのに心臓が凍えたように寒い。ガタガタと震え出した彼女は拳をぎゅっと握って耐えようとする。その時。

「エス」

 ふわりと温かいものが彼女を包み込む。

 兄の匂いだ。

 必死で兄の体に縋り付いてくるエスティールを彼はしっかり抱きしめてくれる。

「誰もいないのよ。誰も残らなかった!私を置いてみんな死んでいく」

「何も心配ない。俺がいる」

「うん、うん。ガイア」

 兄の(まこと)の名を無意識で呼んで、彼女は怯えから脱して涙をこぼしている。

「俺がいる限り、お前を一人にはしないと誓う。そして何者もお前を傷つけることは叶わない。この俺が許さない」

「うん。分かってる」

 安堵のど息と共にエスティールが応えると彼は少し抱きしめる腕の力を弱める。

 しばらく兄の匂いを嗅いで落ち着きを取り戻した彼女は兄を無邪気な顔で見上げる。

「私、またやっちゃった?発作、この頃出てなかったのに」

 急な不安感が襲ってくることを発作と呼んでいる彼女はすまなそうに兄の胸に全体重を押し付ける。恐慌している間のことは覚えていない。ただ強烈な感情に支配されている自分がいたことだけが分かっている。

「エス、何も心配ない。お前のことは俺が分かっている」

「うん」

 兄に頭を撫でられて安心する十六歳。もう一週間もすれば十七だけれど。

 情けなさにちょっと眩暈がするエスティールだが、兄は青の魔術師だから良いのだ。彩色の魔術師は強くて皆を守ってくれる存在だ。だから彼女も遠慮なく守ってもらうのだ。

「畑仕事はもう終わりにしよう。屋敷に送っていく」

 そう言うなり、兄はエスティールを家に転送した。瞬間移動で自分の部屋に戻ると安堵が全身を覆う。疲労感に眩暈がしてくる。思ったよりも作業が身にこたえているようだ。

「ネロリを寄越す。湯浴みをしてもう休むといい」

「うん、そうする」

 兄の言葉に頷いて、彼女はよろよろとソファに腰掛ける。

「しばらく側を離れるが平気か」

「もう大丈夫だよ。行って」

「ああ」

 兄はエスティールの額にキスをして部屋を出ていった。なんだかんだと自分は兄に溺愛されているのではないかと思う瞬間だ。思うが口にしない。絶対に揶揄われて意地悪されるに決まっているからだ。

 ノックの音がして侍女のネロリが入ってくる。

「お嬢様、遅くなって申し訳ありません」

 ネロリはテキパキと湯浴みの準備をして、たっぷりの湯を使ってエスティールの泥を丁寧に落としてくれる。その後はいらないと言っても頑として譲らない肌のお手入れをしてもらい、リラックス効果のあるお茶を用意してもらう。

「後で軽食をお持ちしますね。食べられたら食べて下さい」

 ネロリはそう言って退出する。

 エスティールはそれを見届けて布団に入る。すぐに睡魔に襲われて意識を手放す。その間にリュカが様子を見に来たことも、兄が手を握ってくれていたことも知らない彼女はぐっすりと眠って清々しい朝を迎えられたのだった。




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