2 鎧の魔力
王城をトボトボと歩きながら鎧の中のエスティールは考える。
ドラゴン退治には通常騎士団の大隊と熟練の魔術師で構成される魔術師団が一隊、そして国を問わず平和の維持の為に存在するナーダ兵団の精鋭数人で臨む。
これが彩色の魔術師の場合は一人で任務遂行するのだが、最近ドラゴン退治したばかりだという覚えがある。
誰が、と言えば青の魔術師だ。本物の。
エスティールは今朝突然自分に無茶振りした青の魔術師の憎らしい顔を思い起こす。
『エス、ちょっと用事を頼まれてくれないか?』
『用事?』
『ああ。行ってきてくれたら、エスの欲しがってたアレを捕ってきてあげてもいい』
『本当?いいよ。何をすればいいの?』
疑うことを知らない無垢な自分のアホ面は青の魔術師から見れば大笑いできるほど滑稽だったろう、とエスティールは歯噛みする思いだ。
『なあに、ちょっと登城してきてくれればいい』
『はあ?』
『もう契約の魔術を行使してあるから拒否はできないぞ』
完全にハメられたエスティールは怒りに拳を振るわせる。
『心配いらない。我らは血の繋がった兄妹だからバレない。何か言われたら質問で返せばいい。依頼なら承諾して報酬の話は後日って言え。あとは普通に帰っておいで』
なんとも気楽に言ってくれたものだ。
『青の魔術師のフリなんかできないよ』
『そんなに不安なら鎧を着て行けばいい』
『鎧?お祖父様の?』
『ああ。あれはどんな魔法攻撃も無効化する優れものだ。重いのが難点だが、魔力で体力補強すれば問題ない』
問題大有りである。
青の魔術師である兄がいるにも関わらず、エスティールに魔力は皆無だ。どんなに頑張っても魔法が使えない。兄に全部持っていかれたのだと不満に思っていることを、この兄も分かっているのだが。
『私が魔法をかけておこう。ほら、笑顔を見せろ。せっかく王城に行くのだ。婿の一人や二人、見繕ってこい。そんな不細工な顔をしていたら婚期を逃すぞ』
『鎧の中からどうやって笑顔を見せるって言うのよ。それに青の魔術師を継ぐのは兄様の子供でしょ。私には関係ないもん』
怒りを滲ませて言うと、兄は寂しそうに微笑む。
『エスティール、そうむくれるものではないぞ。偽物がどちらかなんて見るものが見ればすぐに分かることだ』
『は?』
兄は彼女の頭をぐりぐりと撫で回す。
『私は野暮用がある。夕暮れには帰るから、お前も気をつけて帰ってくるんだよ』
『……うん』
そう言って送り出されたものの、鎧など乙女にとって望んで身につけたいものではない。
早く脱ぎたい。
そう思っていたら、なんだか後ろから手を引かれている感じがする。
振り返ると、そこには王宮魔術師団の白地に金の刺繍の制服を着た青年が立っていた。実際に手を引かれた訳ではなかったものの、彼が自分を呼び止めていたのは理解できた。
「何か?」
エスティールが兄の外用の口調で問いかけると相手はニタリと笑う。
「派手なご登場ですね、青の魔術師殿。勇ましい音を響かせて、何を企んでおいでか」
勇ましい音?
エスティールが首を傾げる。静かに歩いているつもりなのだが、周りには大層な音が響いているのだと合点がいって申し訳なく思うが、ここで謝っては青の魔術師ではない。彼女は青年を睥睨する。
「おお怖い。そう睨まれずとも私に敵意はありませんよ、閣下」
言葉とは裏腹に青年の表情は好戦的だ。
「用がないのならば失礼する」
再び前を向こうとしたエスティールはまた手を引かれる感覚に青年を見る。
「ところで、その鎧」
彼は言いながらこちらを睨みつける。
「どんな魔法も無効化できる、あの伝説の鎧なのですか」
「ただのアンティークだ」
「ご謙遜を。先ほどから最大出力で攻撃を仕掛けていますが何も起こらない。魔法だけじゃない。ナイフを投げても消えてしまう。物理攻撃も無効化するなんて考えられない術式だ」
さっきからそんなことをしていたのか、この男は。
エスティールが怒るよりも呆れて目の前の青年を見ると、彼は肩をすくめて見せた。
「青の魔術師殿に逆らうような愚行は致しません。が、気になるじゃないですか、その鎧!魔術無効化だけでも凄いのに、なんですか、そのチート機能。最強の鎧なのにガシャガシャうるさいとか笑える」
褒めているのか貶しているのか、どっちだ。
エスティールは面倒に思いながらも、相手をしないのは失礼かな、と考えてどう対応するのが正解か必死に頭を働かせる。
「申請を出せば見本を送ろう。同じものとは行かないが、鎧に付加する魔術が分かるだろう」
そう言って背を向ける。
面倒な奴に引っかかると後で兄に何を言われるか。
「待って、待って下さい」
実際に手を引かれたのだろう。バチンと轟音と派手な稲妻を相手にお見舞いしたらしい鎧越しに倒れる魔術騎士団の青年を確認してエスティールは内心頭を抱える。
攻撃しちゃったらしいことは分かったが、介抱するには触れなければならず、そうすると鎧はまた攻撃するかも知れない。
「困ったな」
思わず呟くと、倒れた青年が右手をよろよろと挙げて手を振る。
「お構い、なく」
その後、ガクッと右手は力を失って地面に落ちた。
お構いなくと言われたのだから、と彼女は今度こそ彼に背を向けて帰路につく。