1 偽物登場
カツン、カツン。
騎士の履く鎧が金属的な音を立てて床に響いて行く。
一歩踏み出すごとに鎧が作り出す音に誰もが振り向いていく。
ガーナッテ王国の王城、謁見の間に現れたのは古めかしい銀の鎧を全身に身につけた謎の騎士だ。目の醒めるような青いマントを翻して、王の待つ広間へ現われ出る。甲冑の中の素顔は誰も分からない。だが、今日ここに呼ばれたのは王族と同等もしくはそれ以上の地位にある者。世界広しと言えど、その地位を戴けるものは五人。
世界の始まりから脈々と受け継がれているその血筋は秘密の帳の中に隠されているが、その特徴ある見た目でこう呼ばれている。
彩色の魔術師。
突き抜けるような青空よりも深い青を持つ「青の魔術師」。
凍える冷気の中に凛とした気品を持つ「白銀の魔術師」。
世界を包み込む森よりも色刻幻想的な深い緑を有する「緑の魔術師」。
夕暮れよりも苛烈に、炎よりも激しい熱を抱く「紅蓮の魔術師」。
一切の関わりを世間から絶っているミステリアスな「紫の魔術師」。
今日ここへ現れたのは青の魔術師である。であるのだが、なぜか姿を隠している。何ヶ月か前に国王に呼ばれた時は普通に頭巾付きのローブ姿で風のように現れ、風のように消えた御仁である。確かに顔を見せることは好まず、目深にフードを被って面倒そうに王からの話に受け答えしていた。目立つ要素は好まず、自由な意志を邪魔されるのが大嫌いではあるが、全身を隠すような現れ方をしたことがない。
王以下、宰相や近衛騎士たちに動揺が走る。
「青の魔術師、御前に参上した。私に何かご用か」
鎧から響く声はくぐもって聞こえるが、女性なのか男性なのか分からないようなハスキーボイスは青の魔術師のものだ。
「その前に、どうかしたのか、その格好は」
ガーナッテ国王ヘルゼンが恐る恐る尋ねる。病弱な父に代わり、若くして王位を継いだ優秀な若者である。そんな彼でも好奇心に負けて尋ねずにはいられないくらい青の魔術師の登場の仕方は不可思議なものだ。
「どう、とは?」
「その、いつもと様子が違うようだ。体調が悪いのか」
「体調が悪いように見えるか」
「いや、分からぬ。だが尋常ではないように見受けられる」
「ふむ。尋常とはいかような?」
質問に質問で返され続けたヘルゼンは目を丸くする。
簡素で素っ気ない態度はいつも通り。だが、嫌味も言わないし、顔を隠していても分かる横柄で侮蔑的な視線がないように感じる。
「愚問だったな。忘れてくれ」
ヘルゼンは取りなすように言い、宰相に目配せする。
「今日呼び立てたのは青の魔術師に依頼があるからだ。これを」
宰相が騎士に書状を手渡し、それが鎧姿の青の魔術師へ渡る。
その書状を開き、軽く目を通した青の魔術師は壇上のヘルゼンを見上げる。
「ドラゴン?」
「そうだ。西の山ルイゼンの麓、オーガスタに現れた。今の所被害はないが、あなたに調査、そして害があるのならば討伐を依頼したい」
王の言葉に青の魔術師があ口の中でもう一度「ドラゴン」と呟いたのが周囲に聞こえる。
「分かりました」
そのまま帰って行こうとする鎧の主を慌てて背の高い近衛騎士が追いかける。
「話はまだ終わっていません」
彼に耳打ちされて、鎧が引き返してくる。
「報酬はいつものように金貨とアネグロ産の石でいいのか」
ヘルゼンが困惑しながら言うと鎧がしばらく考え込む。
「いや、仕事が終わった後に要求する」
「は?ちょっと待て。莫大な報酬を要求されても払いきれない場合もある。今この場で言ってくれないか」
「えっと、どう言えば……。疑いがあるのは分かるが、今は金の話をする気分じゃない。無闇な要求はしないと誓おう。あ、でも女を要求するかもしれないな。気が利いて美人で世話焼きの」
自分の言葉にポカンとする一同に気が付いて青の魔術師が咳払いをする。
「心配は無用。それでは失礼する」
カツン、カツン。
大きな足音を響かせて、魔術師は去っていく。