最終話
ランカロとラウラウが結婚してから四ヶ月後のある日、ラウラウは屋敷の庭で真新しい魔銃を構えていた。強い風が吹き、数枚の葉が木の枝から離れる。ラウラウは風に舞う葉を、寸分の狂いもなく撃ち抜いた。
「こんなに撃ち心地が違うなんて……!」
「そんなに違うのか?」
ランカロが見ている分には、普段のラウラウと変わらず惚れ惚れする程精密な射撃だった。
「ええ! 違います! 違いますとも!」
ラウラウは興奮を隠そうともせず、横にいたランカロを笑顔で見上げた。生き生きとしたラウラウを目にすれば、ランカロの苦労はどんなものでも報われる。
「前の魔銃は古いのを酷使し過ぎたせいでだいぶガタが来ていたので、新しいのを用意していただきありがとうございます!」
ラウラウはお礼の言葉と共に、深々と腰を折った。ランカロは早くラウラウにその顔を上げてもらいたかった。ランカロとしては喜ぶラウラウの顔の方が見たい。
そんなランカロの気持ちなど知る由も無いラウラウは、顔を上げてうっとりとした表情で魔銃を撫で始めた。
「かの著名なガンスミスが作った名品、軍の中でも一部のエリートしか使えない珠玉の品。こんな物をよく手に入れられましたね」
「喜んでもらえたなら苦労した甲斐がある」
ランカロがガンスミスの元に直訴しに行き散々追い返された挙句、ラウラウの名前を出したら即了承だったことは、ラウラウには内緒だ。己のジェラシーと向き合う良い機会となったのも、ラウラウには内緒だ。最終的にラウラウの素晴らしさについて熱く語り合えたので、終わりよければすべて良しなのだ。
「ありがとうございます」
ラウラウはもう一度、ランカロに向かって礼をした。ラウラウにならもう何をされても、嬉しくなってしまうランカロである。
数発追加で試し撃ちをしてから、ラウラウは足元に置いてあったトランクに魔銃をしまい始めた。ラウラウにはこれから大事な予定がある。
「まさかたった数ヶ月で、私の悪評を全てどうにかしてしまうとは思いませんでした。おまけに軍への根回しまでされるとは。お噂通り実は優秀だったのですね」
ランカロの暗躍によって、ラウラウに関する根も葉もない悪評は、全て跡形もなく葬り去られた。今ではラウラウは心を痛めること無く、日常生活を送れている。
ランカロと結婚したことに対するやっかみはあるにはあるが、その程度のやっかみはラウラウにとってはかわいいものだ。『私の旦那様は最高です!』と、むしろ楽しんでいる節もある。
「実はも何も、私は元から優秀だ」
「だって私に愛さない宣言をしたり、結婚直後のポンコツインパクトが強すぎたのです」
ランカロは怒らず、そっぽを向いただけだった。それも一瞬だ。ランカロはこれから少しの間、ラウラウに会えなくなる。ランカロは少しでもラウラウを視界に収めていたかった。
「そうそう、魔石の代金の件はよろしいのですか?」
ラウラウが魔獣狩りで得て貯めこんでいた大量の魔石は、一部を除いて全てお金に変換された。全てラウラウの資産として処理されたので、今のラウラウは実家のベルソニア伯爵家やミオーダー公爵家よりも大金持ちの状態だ。
ラウラウとしては元々表に出せなかった魔石なので、お金に関して有っても無くてもどうでも良かった。ラウラウ個人の資産ではなく、ミオーダー公爵家の資産にすれば良いと思っていた。
「あの魔石は君が得たものだ。金も君が持つべきものだ」
生真面目なランカロには、何を言っても恐らく無駄だろう。
「そうですか、分かりました。今後お金に困るようなことがありましたら、必ず言ってください。あの借金のせいで私と結婚する羽目になったのですから、今度はどうなるか分かりませんよ?」
「君との結婚に後悔は全くない。そもそもあの借金は先代の父が作ったものだ。私ならもっと上手く立ち回れた」
「ふふ、はいはい、分かりました」
ラウラウの返事は楽しげだった。ガシャンガシャンとトランクケースの金具を締めてから、ラウラウは立ち上がった。
「でもあの量の魔石を一気に放出しては、魔石の相場に悪影響がありませんか?」
「非常時用の国の備蓄に回すように進言した」
「なるほど、それは有効利用です」
ふとラウラウが空を見上げる。屋敷の上空を赤褐色の騎竜が旋回し、きゃうっと一声鳴き声をあげた。
「迎えが来たようです。行ってきますね」
ラウラウは軽く挨拶を済ませると、ランカロを気にせず歩き始めた。
「いや、待て待て待て待てぇい」
ラウラウはその歩みを止めた。ラウラウが振り返ればランカロの顔が少し赤い。
「その……行ってきますのキスは、してくれないのか?」
ランカロのお願いで、ラウラウの胸はきゅんとした。ラウラウがわざとそっけない態度を取った甲斐があるというものだ。
「あ、あと、帰ってきたら……その……し……や……た」
お願いはラウラウの狙ったものだが、こちらはラウラウの想定外だ。ランカロが何を言いたいのか、ラウラウはさっぱり分からない。
「すみません。何言っているか分からないです」
何度もためらった後、意を決した様子でランカロが言った。
「すぐに寝ないよう体力に余裕を残して、帰ってきてほしい」
「分かりました。善処します」
ランカロの言葉が何を意味するか理解して、ラウラウは笑顔で答えた。そしてランカロのお願いを叶えるために、背伸びしたラウラウの唇がランカロに唇に軽く触れた。
「行ってきます、ランカロ」
「行ってこい、ラウラウ」
ランカロと別れたラウラウは、待ち合わせ場所へと足取り軽く歩く。
ラウラウが着ているのは、相変わらずベルソニアの私兵団の団服だ。だが今は左腕に軍の紋章入りの腕章も着けている。この腕章は王国軍の特別協力員の証だ。
二カ月前に王国には新しい法律が制定された。この『王国軍の特別協力員に関する法律』は、ランカロの提言により実現した。もはやラウラウ一人の為の法律だ。
疑いようもなく、ランカロはラウラウを愛してくれている。
ラウラウは真新しい魔銃入りのトランクを右肩にかけ直し、地上に降り立った騎竜の横にいた人物に挨拶をした。
「お待たせしました」
騎竜を操っていたのは、すっかり顔なじみになった女性兵士だ。これから彼女の操る騎竜に乗って、ラウラウは魔獣を狩りに行く。
ラウラウの魔獣狩りは王国軍公認のものとなった。王国軍が対処しきれない魔獣が出た場合に、王国軍から正式な依頼を受けたラウラウが討伐しに行く。宿泊場所も移動手段も王国軍が提供してくれるようになり、ラウラウは心置きなく魔獣狩りに集中できる。とっても至れり尽くせりだ。
ただ王国軍の機密保持の関係で、行先が当日まで分からないことだけは困ったものだった。
「今回はどこですか?」
ラウラウは騎竜の後方に乗せてもらい、騎竜に指示を出す女性兵士に声をかけた。
「南方の国境です。複数の魔獣の群れが、国境を越えて侵入したとのことです」
「南か……、いつかランカロと行けたらな」
騎竜が浮かび上がるとほぼ同時に、ラウラウはぽつりと呟いた。
ラウラウとランカロの新婚旅行の約束は、まだ守られていない。ラウラウはもうとっくにランカロのことが好きになっているので、新婚旅行と言える間に行きたいと日々思っている。
先程のラウラウの呟きが聞こえたのか、聞こえてはいなかったか、女性兵士がラウラウに尋ねた。
「もっと速く飛ぶこともできますが、いかがいたしますか?」
「お願いします!」
ラウラウにとって、魔獣狩りが楽しいものであることは変わらない。決して止めることもできない。でも愛しい夫の元には早く帰りたいとも思うのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。