5話
「今のうちに大事な話をしておきましょう。言っておきますけれど、私が魔獣狩りを止めることは不可能です。ですので」
ラウラウの自分勝手で一方的な宣言は、途中で止められてしまった。
「いいや、止めなくていい。魔獣狩りには好きに行ってくれて構わない」
「あっさり認めてくださるのですね、ありがとうございます」
続くランカロの言葉は、ラウラウにとって予想外のものだった。
「君が思う存分魔獣狩りできるよう、こちらも万全のバックアップをしよう」
「え、認めるだけでなくてですか? どうしてそこまで?」
「私が魔獣を狩る君に惚れたからだ。君には今のままでいてほしい。認めない人がいるのなら、私が認めさせよう。君がしたいようにするのが私の望みだ」
ランカロはどうしてそこまで言ってくれるのか。ラウラウが言葉を失った。かろうじて絞り出したラウラウの声はかすれていた。
「でも、こんなの、公爵夫人には相応しくないでしょう?」
「私の妻に相応しいかどうか決めるのは私だ。いや君の意思を尊重せず、私が決めるなどおこがましいか。とにかく周りがとやかく言うのなら、私が周りの価値観を変えてみせよう」
ランカロがはっきりと断言する。ランカロのその溢れる自信は何処から来るのか。ラウラウは黙りこんだ。何を言っていいか、ラウラウは分からなくなっていた。
「もう一度言う。私は君に惚れた。私はもう君の家族だ。君の家族が今まで君を大事にした以上に、君のことを大切にすると約束しよう」
ラウラウは身内以外に信じられる人がほとんどいなかった。
「信じても、良いのですか?」
ラウラウがランカロに訊けたのは、それだけだった。
「君が信じようが信じまいが、私は君の力になる」
力強く言うランカロに、ラウラウは何も言えなかった。涙が溢れそうだったから。
夕食時のラウラウは、昨日よりも格段に笑顔が増えていた。昨日は飲まなかったお酒も飲み、ラウラウはとても機嫌が良かった。ランカロはお酒を飲めない体質なので、大人しくラウラウの酌に徹していた。
夕食の後は部屋でゆっくり時間を過ごし、頃合いを見計らって入浴へ。入浴を終えたランカロは、ラウラウよりも早く部屋に戻った。ランカロはベッドの縁に腰かけて、あれだけ髪が長いと乾かすのが大変そうだ等と、取り留めもなく考えていた。
しばらくしてラウラウは部屋に戻ってきた。美しい金髪は三つ編みでまとめられており、既に完全に乾いている。ランカロがよくよく思い返せば、昨日入浴から戻って来た時もだ。
「魔法で乾かしているのか……?」
疑問符が付いているのは、ランカロが魔法が不得手だからだった。魔法でそういうこともできるのだろうか? としか出来ないランカロには考えられない。独り言のようなランカロの発言にラウラウが反応して、座ったランカロの前にやって来た。
「そうですよ。貴方の髪も乾かしましょうか?」
ランカロは悩んだ挙句、欲望に負けた。
「……頼む」
ラウラウの手がランカロの銀髪に触れた。二度三度と指を通せば。
「はい、乾きました」
ランカロの髪はすっかり乾いていた。
「ふふふ」
ラウラウは小さく笑いながら、そのままランカロの頭を撫で始めた。悪い気がしなかったランカロは、そのまま大人しくじっとしていた。
「すみません。お酒のせいでつい」
酒を飲んでも大して酔わないラウラウは、お酒のせいにした。そう、これはお酒のせいだ。
明日も朝早いので明日の支度を済ませてから、ランカロとラウラウは同じベッドで横になった。後はもう寝るだけだ。
「お休み」
「お休みなさい。…………あの、あんまり端だと夜中に落ちますよ」
ラウラウが言う通りに、ランカロはベッドの端ぎりぎりにいた。
「気にしないでくれ。それより、寝る前に少し話しても良いだろうか?」
「はい、どうぞ」
「ラウラウと呼ばせてほしい」
「呼びたいように呼んでください。貴方は私の夫なのですから」
ラウラウの言葉で、ランカロは昨日のことを思い出す。お休みと言ってからほぼ数分で眠っていた、昨日のラウラウのことを。
「そんなことを言っても、私のことを男として意識してはいないだろう?」
拗ねているのが声に出ないように、ランカロは必死で取り繕った。
「そういうことを言われると、意識してしまいます」
そんなことを言いながら、今日魔銃を使ったラウラウはすぐにぐっすり眠ってしまった。
「やはり意識してくれていないのではないか? ラウラウ?」
手を伸ばし眠るラウラウの髪をそっと撫でながら、ランカロは小さく溜息を吐いた。ランカロが触れたラウラウの髪は、とても柔らかかった。
「だから言ったじゃないですか。あんまり端だと落ちるって」
翌日の馬車の中で、心底愉快そうにラウラウが笑い泣きしながら言った。ランカロはあの後、夜中に二回と明け方に一回ベッドから落ちた。ツボに入ったラウラウは、なかなか笑いが止まらない。
そんなに笑うことではないと、ランカロは拗ねてそっぽを向いていた。が、それも長くは続かない。ラウラウの明るい笑い声を聞くうちに、ランカロも楽しくなり始めていた。気付けば二人で一緒に大笑いだ。ランカロがここまで笑ったのは、とても久しぶりのことだった。
ひとしきり二人で笑った後、ランカロはラウラウの名を呼んだ。
「なあラウラウ、屋敷に帰ったら、改めて屋敷の皆に君のことを紹介しよう」
「そういえば一度もまともに挨拶していませんでしたね」
ラウラウは不安げに俯いた。ランカロとはこれから良い関係を築いていけそうだ。でも他の人はどうだろうか。また何か心無いことを言われるのではないだろうか。
「君が不安に思う必要は無い。言っただろう? 認めない者は私が認めさせると。だがこのことに関しては私の責任でもある。君の気が済むなら、私は何だってしよう」
「じゃあ、もう一回ゴミ箱に入ってください」
もちろんラウラウは本気で言ったわけではなかった。冗談のつもりだった。
「分かった。屋敷に帰ったらさっそくゴミ箱に」
「ごめんなさい! 真に受けないでください! 今のは冗談です!!」
ラウラウは大慌てでランカロを止めた。
「君の為ならゴミ箱に入るぐらいお安い御用だ」
ランカロは怖いぐらいに目が本気だった。
「止めてください。本当に止めてください」
「とにかく君が心配する必要は無い。我が家の使用人達は、皆気の良い人々だ。侍従も御者ももう君のことを受け入れている。だから他の者も大丈夫だ」
「分かりました。貴方がそう言うのなら、信じますとも」
優しく微笑むラウラウだったが、ランカロの『君の為ならゴミ箱』発言にはドン引きだった。
馬車から微かに漏れ聞こえる声は、ラウラウの馬に乗った侍従の耳にも届いていた。二人の会話が増えたら増えたで、違う意味で同乗するわけにはいかないと思う侍従である。
その後も二人の仲が険悪になることはなく、馬車旅の日々は穏やかな時間だった。魔獣狩りから戻ってきたラウラウが、プレゼントと称して珍しい魔石をランカロに贈り、ランカロがときめき過ぎて死にかけたとしても。ランカロが至って真面目に言った何気ないことに対して、ラウラウが本気でまたドン引きしたとしても。
二人が帰る場所、ミオーダー家の屋敷はもう目と鼻の先だ。
「新婚旅行から帰宅といったところでしょうか」
まだ見慣れない外の景色を見ながら、ラウラウが口走った。ラウラウはミオーダー家の屋敷に対して、未だに自分の家だという実感はわいていない。家というと実家の方が頭を過ってしまう。
でもランカロがいてくれるなら、もう不安ではない。
「いや、新婚旅行にはいつか改めて行こう。できれば君が私のことを好きになってくれてからで」
ランカロは本来忙しい身の上だ。長い休暇を確保するのは簡単なことではない。それでもランカロなら必ず約束を守ってくれると、ラウラウには思えた。
二人を乗せた馬車は長旅を終えて、ついに屋敷へと到着した。
ランカロが馬車から降りるラウラウを嬉しそうにエスコートするのを見て、使用人たちは目を丸くした。ランカロがラウラウを好ましく思っていなかったのは、屋敷内で周知の事実だった。それが別人かと疑いたくなるほどの激変だ。
何はともあれ、夫婦仲は良い方が良い。あのランカロが受け入れたのだ。ラウラウは決して悪い人間ではないのだろうと、人々は認識を改めた。その判断が間違いでなかったと人々が思うようになるのに、時間はかからなかった。