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4話

「言ったことはそう簡単に覆せません」


 ラウラウは悪意ある言葉を、今までたくさん聞いてきた。言葉の刃は情け容赦なく、ラウラウの心を抉ってくる。


「でも、今まで私が言われてきたことに比べれば、愛さないぐらいかわいいものです。貴方が歩み寄ろうとしてくれるなら、私も歩み寄りますとも。歩み寄られることは決して無いと思っていました」


 くすりと笑うラウラウを見て、ランカロは思わず席を立った。


「やはりもう一部屋借りてくる」

「もう私と貴方は夫婦なのだから、同じ部屋に泊まっても問題は無いでしょう?」

「私の心持ちの問題だ」


 ラウラウが止める間もなく、きりっと言い残してランカロは部屋を出て行った。あーあと思いながら、ラウラウはランカロが出て行った部屋の扉を見やった。ラウラウが今日一人だったにも関わらず、二人部屋を借りていたのだって…………。


「空いている部屋が無かった……」


 戻ってきたランカロの顔が情けなさ過ぎて、ラウラウは思いっきり笑っていた。ランカロは再び椅子に腰かけ、ラウラウの笑いが落ち着くのを待った。


「ここにはいつまで滞在する予定だ?」

「この周囲はもうほとんど狩りつくしたので、今日で魔獣狩りは終わりにして、明日には帰るつもりでした」

「そうか……」


 ランカロはとても残念に思った。


 その後二人は言葉少なに夕食を食べた後、入浴を済ませた。今日はお互い疲れているだろうから、早めに就寝しようということになった。ランカロとラウラウはそれぞれのベッドに横になり、部屋の明かりを消す。


「お休み」

「お休みなさい」


 就寝前の挨拶を交わしても、ラウラウを意識してしまい、ランカロはすぐに寝付けそうになかった。だからラウラウに声をかけた。


「君のことを、ラウラウと呼んでも良いだろうか?」


 ランカロがいくら待っても、ラウラウからの返事はない。業を煮やしてランカロがラウラウの方を見ると、ラウラウは既にぐっすり眠っていた。ランカロは男として意識されていないからかと肩を落としたが、魔獣狩りした日のラウラウは疲労で寝つきが異常に良いだけだった。


 翌朝、部屋まで持ってきてもらった朝食を食べながら。


「それじゃあ私は馬で先に帰りますね。また屋敷で会いましょう」


 さも当然のように、ラウラウはランカロに言い放った。ランカロは寝耳に水である。


「いや、待て待て待て待てぇい。二人で一緒に帰ろう。馬車と馬で並走でも構わない」

「そういうことなら、私も馬車に乗りましょうか。あの子は賢い子なので、人が乗らなくても馬車について来るぐらいできますとも」


 歩み寄られたのなら歩み寄るのが道理だと、ラウラウは考える。


 そういうわけで、二人で馬車の中に乗り込んだまでは良かったものの……。ランカロとラウラウ二人とも相手との距離感を掴みかねて、馬車の中に会話は一切無かった。二人に共通の話題が無かったせいもある。


 ランカロとラウラウと同乗する羽目になった侍従は、何か話題を提供できないかと頭をフル回転させたが、無駄な努力だった。『次に馬車が止まったら、ラウラウ様の馬に乗らせてもらおう、うん、そうしよう』と、ここから逃げ出したい侍従は心に決めた。


 鬱蒼とした森の中の道を行く途中、ラウラウが突然大声を上げた。


「止まってください!」


 ラウラウの声に従って馬車は急停車する。


「どうした?」

「近くに魔獣がいます。これはかなりの大物です。しかも二体も!」


 ラウラウの目が光り輝く。ラウラウはにこっと笑って。


「ちょっと狩ってきます」


 トランクケースを担いで馬車を降りようとしたラウラウを、ランカロが慌てて止めた。


「いや、待て待て待て待てぇい! その恰好で行くのか?」


 ラウラウは屋敷にいた時のようなドレス姿ではなく、ワンピース姿で馬車に乗っていた。だがワンピースであっても、間違いなく狩りに適した服装ではない。


「森の中でさくっと着替えます」


 平然と答えるラウラウと。


「止めなさい。馬車の中で着替えなさい」


 取り乱すランカロ。


 ラウラウは素直にランカロの言葉に従った。カーテンを引いた馬車の中で着替えて、昨日のように私兵団の団服に身を包んだラウラウは、馬車から降りながらしれっとランカロに言い放った。


「では次の街で会いましょう」

「いや、待て待て待て待てぇい、ここで君のことを待っているから、ここに戻ってくるように」

「でも」

「君のことだから、二体ぐらいすぐに終わるだろう?」

「もちろんです」


 森の中に分け入るラウラウをランカロは見送った。ラウラウを待つ間、ランカロは暇だ。周囲の魔獣の警戒を怠らない侍従を邪魔しないよう気にしながら、ランカロは侍従に話しかけた。


「同じ魔武器使いとして見て、彼女はどうだ?」

「自分が今まで会った中で一番強いです。あそこまで圧倒的では、張り合う気も起きません」


 侍従も魔武器使いの中では腕が立つ方だ。その彼がラウラウを一番強いと評した。その事実だけでランカロは十分だった。


 本当は聞く必要さえ無かったのだ。昨日のラウラウの動きを見て、侍従は隠しきれない驚きを見せていた。ランカロが受けた衝撃よりも、侍従が受けた衝撃の方が大きかっただろう。


「もしもの話なのだが、仮に彼女が王国軍に所属したとして、彼女は幸せだろうか?」


 ラウラウは王国軍の反感を買うことを嫌がっている。いっそ王国軍に入ってしまえば、反感を買わずに済むのではないだろうか。


「それはいかがでしょう。魔獣を狩りたいなら、軍に入れば良いという問題でもないでしょうね。軍には自由が無く、規律や派閥やしがらみもあります。自分が軍に入らず公爵家のお世話になっているのも、色々と考えた結果です」


 魔刀の鞘を持つ侍従の手に、力がこもった。


「ラウラウ様の場合、ただ魔獣を狩りたいだけ。ただそれだけです。軍にいたとしても、彼女の力はあまりに突出し過ぎています。彼女は軍の外にいてこそ、輝く人ではないでしょうか」

「そうか。参考になった。感謝する」


 王国軍にラウラウを任せるわけにはいかない。ランカロはラウラウを幸せにする方法について、本気で考え始めていた。


「あんなに嫌っていたのに、ランカロ様がそう言われるようになるとは。良きお方と結婚できたようですね」

「ああ、そうだな」


 この思いを大切にしたいとランカロは思う。侍従との話が終わり、後はただラウラウを待つだけだった。


 魔獣狩りから戻ってきたラウラウには、怪我一つ、服の汚れ一つ無かった。ラウラウの手には、戦利品の拳大の巨大な魔石が二つある。


「ただいま戻りました」

「お帰り」


 ラウラウはその出迎えの言葉が悪くないと思えた。ラウラウが着替えを済ませてから、再び馬車は動き始める。余談だが侍従はラウラウの馬に乗らせてもらい、馬車からの脱出に成功した。


 移動と休憩、時々ラウラウの魔獣狩りを繰り返して、今日の目的地である街にランカロ一行は到着した。本日はここで一泊する予定だ。


 運よく空いていた宿の部屋の隅で、ランカロは頭を抱えていた。


「また部屋が無くて、同じ部屋とはどういうことだ。しかもダブルベッド一つ」

「二部屋しか空きが無かったのだから、仕方ないじゃないですか。あの二人を同じベッドで寝させる気ですか?」


 もう一つの空き部屋にはベッドが二つあったのだが、男二人で同じベッドはつらいものがあり過ぎる。ラウラウが言う通り、こうするしかなかったのだ。それでも頭を抱え続けるランカロに、ラウラウは宣言しておきたいことがあった。


「少しよろしいでしょうか?」


 ラウラウが畏まって部屋にあった椅子に座れば、ランカロも部屋の隅からラウラウの前へともそもそ移動してきた。

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