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3話

 シンプルなブラウスとスカートに着替えたラウラウと、疲れ切ったランカロは、二人で宿の部屋のテーブルを囲む。ランカロとラウラウがこんな風に二人で話すのは、今が初めてだった。侍従と御者は別の部屋に二人で泊まるので、今この部屋の中にはいない。


「聞きたい事がたくさんある」


 だろうなというのが、ラウラウの率直な感想だった。ランカロはわざわざここまでラウラウを探しに来たのだ。そりゃあ山ほど質問はあるだろう。


「いつも一人でこんなことを?」

「はい。最初の頃は猟獣を連れていましたが、そのうち足手まといになってきたので、一人で山に入るようになりました。猟獣はご存知ですか?」

「猟犬の魔獣版だろう? 特別な調教をして、魔獣を無理やり従わせるのだったか」


 魔獣は小型であっても、一般的な動物より圧倒的に強い。その魔獣が足手まとい扱いだ。ラウラウが強いことの証明だった。


「なぜ魔獣狩りを?」

「ノブレス・オブリージュみたいなものです。私にできることなら、やるべきですとも。趣味と実益を兼ねていますし、いえ、趣味の意味合いの方が強いかもしれません」


 悪名高い娘が言うとは思えない内容だった。


 ランカロが今思えば、屋敷に滞在するラウラウは悪評につながるような行動を一切していなかった。結婚式でラウラウは、家族と使用人たちにとても大切にされていた。決して厄介払いしたい娘の扱いではなかった。


 ここでランカロはラウラウの悪評に対して、疑念を持ち始めていた。だが悪評のことは置いておいて、ラウラウの行動にはランカロが看過できないものがあった。


「初夜にいなくなるなら、私に一言ぐらい言ってからにしろ。無人の寝室に混乱して廊下を全力疾走したせいで、夜中に使用人に怒られたではないか」

「え? 律儀に寝室に来たのですか? あれだけ嫌われていたから、絶対寝室には来ないと思っていました。私に会わないために、ゴミ箱に潜伏するぐらいでしたし。貴方様が寝室に来られたのなら、念の為に書き置きを残しておいて正解でしたね」


 ゴミ箱の件についてランカロは何も触れないことにした。下手に触れれば、墓穴を掘る未来しか想像できなかったからだ。


「いや、正解では無かったかもしれない。あれを見つけた執事が爆笑し過ぎて、全治二週間になった」

「それは大変申し訳ないことをしました」


 ラウラウが素直に頭を下げる。そこには傲慢さの欠片も無い。


 ラウラウはこれまで屋敷の中で、実家から連れて来た侍女以外と関わろうとはしていなかった。ランカロとも使用人達とも決して。


 ラウラウの想像とは違って、ランカロは意外に愉快な一面もある人物だった。主人が主人なら、使用人達も中々だ。爆笑して全治二週間な執事然り、ランカロにキレ気味だった侍従然り、廊下を走るなとランカロを怒る使用人然り。


「もしかして、『君を愛することは出来ない』と言うために寝室に?」


 ランカロは認めるしかなかった。


「…………そうだ」

「ああ、そういうことですか。初夜にムカつく私に『君を愛することは出来ない』と言ってやろうと意気込んでいたら、私が寝室にいなくて言えずに終わり、それで『君を愛することは出来ない』と私に言ってやりたくて言ってやりたくて、ここまで来たと。……事情は分かりましたけど、その行動は全く理解できません」


 理解できないとはっきりラウラウに言われて、ランカロは少し凹んだ。凹んでラウラウに質問するどころではなくなった。短い沈黙が流れる。


 何も聞かれないのならと、ラウラウは気になることをランカロに訊いてみることにした。


「私からも質問を。どうやってここまで来たのですか?」

「君の侍女からトランクケースのことを無理やり聞き出した。彼女を怒らないでやってほしい」

「魔獣狩りの件を話していないのなら、怒る理由はありませんとも」


 ベッドの脇に置かれたトランクケースに、ランカロは視線を送った。中に魔銃が入っているから、ラウラウはトランクケースを持ち歩いていたのだ。古くてもしっかり手入れがされたトランクケースを一目見れば、持ち主の扱いがすぐに分かった。


 ラウラウの悪評が事実無根なのだと、ランカロの中では既に確信に変わっていた。


「今まで根も葉もない悪評を、そのままにしていたのはなぜだ?」

「ああ、最初は夜に出歩いているとか些細なもので、何を馬鹿なことをと気にせず放置していたら、このように大きくなりすぎました。否定しても逆効果で、今更本当のことを言うわけにもいかず、このざまです」


 ラウラウは明るく軽く、何でもない事のように語った。


「魔獣狩りのことぐらい言ってしまえば良いではないか」


 魔武器使いは貴重だ。貴族の令嬢が魔武器使いだと明らかになっても、醜聞になることはない。現状を改善するには、最善の一手のはずだった。


「私兵団もいるにはいますが、魔獣の討伐は本来王国軍の仕事です。今真実を明らかにすれば、王国軍の面目丸つぶれになります。この量ですよ?」


 この街に滞在している間に魔獣から得た魔石を、ラウラウがテーブル上に広げた。色とりどりの魔石は小さな山を作るほどにあった。


「たった一人魔銃一本で、これ程の量の魔石を……」


 ランカロが息を呑む。


「以前聞いたところによると、王国軍の一個大隊の一日の戦果がこのぐらいだと。でも今のこれは少ない方です。いつもなら二倍? 三倍? 程はいきます」


 この成果では王国軍の面目丸つぶれになるという話にも、ランカロは納得するしかなかった。


「貴族は他人のスキャンダルが悪趣味に大好きでしょう? きっと私は良いカモだったのです。悪評が悪評を呼び、罵詈雑言の類は我慢できない程に増える一方で。家族で話し合って、表だって文句が言えなくなるような人の元へ、嫁に行ったらどうかという話になりました」


 そこで白羽の矢が立ったのが、ミオーダー公爵家のランカロだった。公爵家ならば身分は申し分ない。簡単には返せない額の借金を、丁度良くミオーダー公爵家はベルソニア伯爵家にしている。ラウラウの結婚相手として、ランカロ以上の適役はいなかった。


「婚約を公にしてからは、貴方様のおかげで表立っての罵詈雑言はだいぶ減りました。それにあからさまにイヤイヤな政略結婚なら、相手も私に関わろうとはしないだろう。私の好きにできるだろうと父が」


 ラウラウは今までに思いを馳せて、話すことを止めた。ランカロも最初は他の人々と同じだった。でも今は話を聞いて、ラウラウに向き合おうとしてくれている。


「でも結局こうなっているのですから、思ったようにはならないものですね」


 悪戯っ子のようにラウラウが笑った。


「そうそう、甘やかされて育ったことに関しては、本当にその通りです。父が私兵団を設立したのは、私のカモフラージュのためですから。家族はいつだって私を止めるではなく、応援してくれました」


 そんな家族の元を離れて、ラウラウはランカロの元に嫁に来た。不安もあったはずだ。でもラウラウはそんな不安を表に出さない。


 ランカロは今日見たラウラウの勇ましい姿を思い出す。ラウラウが魔獣に風穴を開けるたびに、ずきゅんばきゅんとランカロの胸も射抜かれていた。胸を射抜かれ過ぎて、ランカロは情緒不安定を再発した。


「君のことが好きだ。結婚したい」


 ランカロ自身もびっくりするほどの掌返しだ。


「え……もう結婚していますけど」


 ラウラウがあからさまにどん引く。


「そうだった」

「というか、私のことなんて愛さないはずでは?」

「ぜ、前言撤回させていただきたい。すまなかった」


 ランカロは急いで頭を下げた。あんなこと言わなければ良かったと、ランカロは心底後悔中だ。息切れで全くちゃんと言えていなかったけれども。

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