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1話

 次期公爵ランカロ・ミオーダーは苛立ちながら、屋敷の廊下を寝室に向かって歩いていた。結婚式が終わりこれから初夜を迎えるとなれば、大抵の男性は多かれ少なかれ心躍らせるものだろう。だが本日ランカロの妻となったラウラウ・ベルソニア改めラウラウ・ミオーダーは、大層評判の悪い令嬢だった。


 ランカロにとってラウラウとの結婚は、非常に不本意なものだ。ランカロがほとんどの実権を握っているにもかかわらず、父であるミオーダー公爵には、お前はまだ若すぎる、結婚しなければ爵位は譲らないと言われ、ランカロは誰かと結婚せざるを得なかった。


 銀髪の見目麗しいランカロが夜会に出れば、未来の公爵夫人の座を狙って、多くの令嬢がランカロの周囲に集まってくる。ランカロはそれを常々煩わしいと思っていた。婚約と結婚は爵位を継いでからで良いとし、ランカロは自身の結婚相手について一度も考えたことが無かった。


 そんな折に、タイミングを見計らったかのような申し入れがあった。ベルソニア伯爵家からの、ラウラウとの婚約の申し入れだ。ミオーダー公爵家は干ばつによる不作の影響で、ベルソニア伯爵家に多大な借金をしていた。申し入れと言いつつ、ミオーダー公爵家に拒否権は無かった。


 これで結婚相手がまともであったなら、ランカロの苛立ちもまだマシだっただろう。だが成人したばかりでありながら、ラウラウの巷での評判は最悪の一言に尽きた。


 ラウラウはベルソニア伯爵家の三女で、美しい金髪を持つ美貌の令嬢だ。末っ子である彼女は、家族に甘やかされて育ったため、手を付けられない程の我儘娘となったと言われている。


 男をとっかえひっかえし、泣かされた人間は数知れず、その美貌で男を誑かし、いくつもの婚約を破棄に追いやった。夜中に屋敷を抜け出し、そのまま数日帰って来ないこともある。金遣いも荒く、貢がせて何人もの男を破産に追いやったとも。裏組織と繋がり、悪逆非道の限りを尽くしているとも。


 ラウラウは令嬢としてのありとあらゆる醜聞をかき集めた存在と、言っても過言ではなかった。この無理やりごり押しの結婚が納得できる程に、彼女は悪名高かった。


 ベルソニア伯爵家からの要望により、公爵家の結婚にもかかわらず、婚約期間は異例の短さとなっていた。当然ランカロは憤慨した。厄介払いしたいラウラウを早く公爵家に押し付けたいからだろうと。


 このようにランカロが苛立ちをぶつけたい相手は複数いる。だが実際苛立ちをぶつけられる相手は、ラウラウ以外にはいない。ランカロは最低だと分かっていても、最低な一言をラウラウに言わずにはいられなかった。最低な娘になら、最低なことを言っても許されるはずだと、自分を正当化していた。


 寝室の扉の前でランカロは一度深呼吸をする。それから扉をノックした。ノックに対する返事は何もない。ランカロはもう一度ノックした。それでも返事はない。


 ランカロは気にせず、寝室の扉を開いた。人がいるにしては暗すぎる部屋を、ランカロは何となく勘で進む。暗くてよく分からなかったが、ラウラウがいるであろう方向へ。ついにあの一言を。


「君を愛することは出来な……」


 言葉の途中で、ランカロは何かがおかしいことに気付いた。部屋の暗さに目が慣れてきて、それが己の勘違いではないことが判明した。


「な、何!? 誰もいないだと!? あの女はどこに行った!?」


 寝室は見事なまでにもぬけの殻だった。ランカロはひどく混乱した。


 混乱したままのランカロは、廊下を全力疾走して執事の元に向かった。この光景を目撃した使用人は『大変美しいフォームでしたが、それはそれとして廊下を走ってはいけません』と後に語った。


 執事の元に辿り着いたランカロは、完全に息が切れていた。


「ぜーはー、な……い……た……い……な……い、ぜーはー」

「すみません、何を仰っているか分かりません」


 ランカロが不能だったのだろうかと、執事は品の無いことを考えたが、流石に口には出さなかった。彼は出来る執事である。だが出来る執事であっても、息切れしたランカロの言葉は理解できないものだった。


 事態を全く飲みこめていない執事と共に戻った寝室。やはりそこには誰もいない。だが執事は目ざとく、サイドテーブル上にラウラウが残した書き置きを見つけた。


『ようやく結婚式が終わりましたので、しばらくお出掛けします。そのうち帰りますので、ご心配は無用です。 ラウラウ』


 ここでランカロは初夜に本人の意思で、ラウラウに逃げられたことが判明した。ランカロと執事は顔を見合わせる。数瞬の後。


「ぶはっ」


 執事は爆笑に陥った。出来る執事の爆笑が治まらない程、前代未聞だった。執事は爆笑し過ぎて腹筋と腰をやってしまい、夜分遅くに医者が呼ばれる事態となった。医者による執事の診断は全治二週間。執事はそのまま二週間の暇をもらうことになった。


 何だかんだあって、気付けば翌日の朝だ。外でヂヂヂヂヂュンと鳥がけたたましく鳴く声を聞きながら、ランカロは寝室で一人佇む。外の鳥が喧しすぎて、ランカロの額には青筋が立っていた。


 今ランカロがしなければいけない仕事は特にない。結婚直後なのでしばらく何もしなくて良いように、仕事は元々調整してあった。普通はこの間に新婚旅行に行くのだが、ランカロがラウラウと新婚旅行に行く気はさらさらなかった。なので時間の潰し方も考えてはいたが、昨日ので全部吹っ飛んだ。その他何もかもが、ランカロの頭の中からきれいさっぱり全部吹っ飛んだ。


 一睡もしていない頭で考えに考えて、ランカロはラウラウを探しに行くことに決めた。


 あれを言わなければ気が済まない。何が何でもラウラウに『君を愛することは出来ない』と言ってやる。普通ならそこまでして言うべきことではないのだが、そんなことには考えが及ばない、寝不足のランカロである。


 ランカロはラウラウの手掛かりを求めて、何か知っていそうなラウラウの侍女の元へと走った。ラウラウの侍女はベルソニア伯爵家から、ラウラウと共にやって来た。ラウラウとは旧知の間柄だ。


「申し訳ございません。ラウラウ様が何をしに行ったかは存じ上げますが、どこに行ったかは存じ上げません」


 訪ねてきたランカロに対して、侍女は塩対応だった。


 どうやらラウラウは今、ランカロに言えないようなことをしに行っているらしい。そしてラウラウの行先の候補は、一つではないらしい。限られた情報から、ランカロはある結論を導き出した。


「あの女、どこかの男の元に行ったか」

「それは違います!」


 ランカロのラウラウに対する暴言を聞き捨てならないと、侍女は声を荒らげた。


「では彼女は何をしに行った?」

「ベルソニア伯爵とラウラウ様に話してはいけないと言われておりますので、お話しすることは出来ません」


 ランカロの苛立ちが再燃する。侍女はランカロの苛立ちを敏感に察知した。


「自分はベルソニア家とラウラウ様にお仕えしている身でございます。貴方様のお言葉を、優先するわけにはまいりません」


 侍女にそう言われては、ランカロはどうしようもない。ランカロは大人しく退散することにした。去っていくランカロを見送りながら、侍女はぽつりとつぶやく。


「どうやら旦那様の目論みとは、違うことになりそうでございますね……」


 侍女が言い終わるか言い終わらないかというタイミングで。


「彼女を探す手がかりを教えてくれないだろうか!? 何でも良い! 言えることで良いから! 頼む!」


 ランカロは侍女の元に戻ってきた。ランカロは何だかんだ諦めが悪い男だった。

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