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第二章  光の邂逅  1

 丸い透明な輪が幾つも連なる細長く高い塔――それを中心に円形の百階建ての白い建物は、最新設備を駆使した宇宙空港である。

 市街のどこからでも眺められる塔は、地上から全景を浮きだたせるようにライトアップされ、不夜城の如く光り輝いていたので、迷わず真夜中の暗い道でも進むことができた。


 リシューは何度目かのくしゃみをすると、水滴を全身からぽたぽたと垂らしながら柵を超え、エア・カー専用の駐車場を横切って空港の出入口にさしかかった。

 時々後ろに向かって

「早くついてこい!」と怒鳴っていた声も、雨と風に消されがちだった。


 スモーラと別れた後、岸に上がる途中ぬかるみに頭からつっこんだパットが、泥まみれになりながらも陽気に『月夜のラビットボーイ』を大声で歌い、走ってくる。

「ピョンピョン ピョンピョンと

 青いまん丸お月さま 月の光をあびて

 ラビットボーイが 屋根から屋根へ

 ピョンピョン ピョンピョン……」


 横目で呆れたように眺めていたが、黙ったままガラス扉の前に設置された台の上にオレンジ色のパスポートを乗せようとした時、パットが大騒ぎを始めた。


「パ、パスポートをなくしただと!」

 大声を出すと目を白黒させた。

 パットは、リュックの荷物を全部出して調べ、途方に暮れていた。

「ない、本当にないよ! どうしよう、リシュー。あれがないと中に入れないんだよね。宇宙港に入れないってことは、船に乗れないってことだよね。えーっ、困るぅ。ど、ど、どうしよう、リシュー」


「落ち着いて思い出せ。どこかに置き忘れたとか、ホテルを出る時はあったのか?」

「わ、わかんないよお。何も思い出せないよ。頭の中、雪景色みたいに真っ白なんだもの。そ、そういえば」

「そういえば、何だ」


「ボ、ボク、ここに、この星にきてから自分のパスポート見てないの。だって、出る時は自由に出られるんだもの。リシュー、ボク一人置いてかないでね」

「この脳天気! 大事なものだからあれほどなくすなと言っただろう! 何度同じことを言わす……ん、そういえば前にも同じことがあって。そうだ、またなくすといけないからって俺が預かっていたんだ。あはは、悪い悪い。すっかり忘れていたぜ」


 子ども用の青いパスポートをもらいながら、パットは口をとがらした。

「リ、リシュー」

「はん、変な顔してうれしくないのか」

「うれしいけど、へんてこりんな気持ちなの。すっごく怒られて、何だか損したみたいなの」

「ふん、男がいちいち細かいことを気にするんじゃない。行くぞ」


 きっちりとパスポートが収まる台にはめこむとぽうっと淡い光が灯り、分厚いガラス扉がゆっくり開いて、リシューを招き入れる。

 もし、この時パスポートもなく入ろうとすれば瞬時に扉は閉まり、パトロールロボットが出動してくる事態となるのだった。

 パットも同じように置くと、にっこり笑って言った。

「はあい。うふふ、シルバー号に会えるね、リシュー」


 道順を示す蛍光ランプの明かりだけが、静かな空港内で生き物のように光っていた。

 日中は騒々しさに包まれる待合室も今はひっそりとしており、人気のない通路は、二人の歩く足音だけが異常によくひびいた。

 反対側の通路を抜ければ様々な店や施設が軒を並べ、一晩中お祭りみたいなにぎやかさだったが、ぴったりと閉じられた扉からは、騒音はもれてこなかった。


 パットは、空港に足を踏み入れた瞬間からどこからともなく現われる毛糸玉みたいなふわふわロボットが、二人の後をついて回るのを楽しそうに見ていた。

「うふっ、かわいいなぁ」

 ふわふわロボットは

「フキフキ フキフキ」とハミングしながら、床にこぼれた水滴を拭いて回った。

 それは、毛皮のようなやわらかい毛で濡れた場所を転がりながら水分を吸い取っていく、始終雨の降るこの星に最適なロボットだった。


 パットは時々後ろを見ると、ピンク色のふわふわした毛をそっとさわった。

 リシューの後をついていくのはブルーのロボットで、その人に合わせるのか、跳び跳ねるのが早く追いつけなかった。


 エレベーターはあっという間に最上階に止まり、パットは壁に表示されたナンバーを見上げ、時計回りに数え

「54、55……あった56番ゲートだよ」とうれしそうに言った。


 扉一面に描かれた56の数字の中央に小さな口があり、パスポートを差しこむと、リシューは真剣な表情でじっと開くのを待っていた。

 ふわふわロボットは任務を終え、床の上を勢いよくころころと転がりながら去って行った。

「ありがとう、またねーっ」

 遠くのほうに見えなくなるまで、パットは手を振っていた。


「ねぇ、リシュー、どうして一人も歩いていないの? ラーラ星じゃ一晩中エア・カーが動いてて、人もたっくさんいたのにね。蛍光ランプって恐竜のおめめみたいだね。長い通路を歩いていたら、ボク、恐竜のおなかにいるような気分になってきたよ。ねぇ、リシュー、火をはく恐竜のおなかも真っ赤なのかなあ」


 ゲート内は暗かったが人の体温を感知すると、いっせいに明かりが灯り、熱風がぶわっと四方の壁から吹き出した。

「さあな」

 うわの空で答えながら、音もなく閉まった扉の内側に吐き出されたままのパスポートを素早くつかんだ。


 空港も星によって構造や型が違うように、船を停泊させるゲートも様々だった。

 ロール星は安全とトラブルを避けるため、一隻一室を実施し、すべてコントロールタワーが離着陸の管理を行っていた。

 比較的ゆったりとした横長のゲートは、正面が硬質のガラス製で一望に風景が見渡せるようになっている。最も一日の大半が霧や雨、厚いガス状の雲に覆われていたが。


 天井が透明ガラスなのはリシューたちのいる最上階のみで、横はほとんどの部屋同様、鋼鉄の壁で隣とさえぎられ、物音一つ聞こえなかった。

 楕円形の中型宇宙船は、その真ん中で妖しく銀色に輝いている。


 船はメーカーによって形も色も多種多様で、一般人が使用するものとして

 大型は、観光船、貨物船。

 中型は、乗り合い船、渡り鳥船。

 小型は、定期便船、プライベート船と区別されていた。

 リシューたちのように地上に家をかまえず、船を拠点に仕事をする者は渡り鳥船を使用し、生活の場としたのである。


「ただいま、シルバー号。今、帰ってきたんだよ。覚えていてくれた?」

 パットは船に抱きつくと天井を見上げ、ガラスを伝って流れる幾何学模様のしずくに感嘆の声を出した。

「わーっ、きれい。海の中にいるみたいだね。見て、リシュー、お空の色がどんどんねずみ色から、本当の雪の色に変わってくよ」


 正面に駆け寄ると、前方を指さした。はるかビルの向こう側から、ぼんやりした一筋の光明がゆっくりゆっくり射しこんできたところだった。

「夜明けだ」

 ハッチが降りてくるのを待ちながら、リシューが言った。


 大人二人が通れるくらいの通路を急いで歩き、まっすぐコックピットへ向かった。パットはてっきりシャワー室へ行くものと思っていたので、あわてて荷物を放り出したまま後を追った。


 リシューは服の袖で顔を拭くと、コール・ベルを操縦席の真ん中の位置にはめこんで作動させた。

「よし、今帰ったぜ。コンピューター・グレース」

 チカチカと光が点滅し、正常に動くのを確かめた後、奥の収納壁からタオルを取り、半乾きのコートはその下のカゴの中に放りこんだ。


 後で乾燥機にかけることを忘れないように考えていると、ちょうどパットが入ってきたのでピンク色のタオルを投げ渡し、リュックを座席の後ろに引っかけた。

 二つしかない座席は、正面に向かって右がリシュー、左がパットの指定席だった。

 機械音が止まった後、三つ並んだ正面のスクリーンの中央に文字が映り

「オカエリナサイ リシュー パット ルスチュウ イジョウ ナシ」

 グレースの抑揚のない声がしゃべり始めた。


「フォックス アンショウ バンゴウ――イザヨイ ニ ソラ ヲ カケル ハルカー七ーニー五ー三―八――ヲ ツウジテ シキュウ ノ シゴトイライ ガ アリマシタ ノデ オヨビシマシタ ホカニ サンゲン ノ イライ ガ アリマス」


「いや、いい。至急の映像だけ見せてくれないか」

 椅子の肘掛けに軽くもたれながら言った。

「ハイ シバラク オマチクダサイ」


 軽いメロディーが流れる中、パットはタオルをにぎったままうつらうつらと居眠りを始めていた。

「おい、そのまま寝たらカゼひくぞ。シャワーは先に譲ってやるから入ってこい」


 隣の席でうずくまっているパットの頭を指でつついた。すると、ざらっとした感触のものが下に落ちたのである。

 見るとパットの頭が揺れるたび、黒い塊が辺りに飛び散っていた。

 ぬかるみにつっこんだ時の人工砂が、払いきれず残っていたのだった。


 あわててリシューは言った。

「待て、動くな。そのままじっとしてろ」

 マグネットがついた足元のゴミ箱を持ち上げ、パットに渡した。

「これをしっかり持っているんだぞ。いいな。ほら、頭を貸せ」  

 ブロンドの奥に入りこんだ砂をたたいて落とした。


「ん、いひああいよお、りひゅゅう……(痛いよお、リシュー)」

 半分寝ぼけ声で他にも何か言ったが、リシューには理解できなかった。

「しかし、どうすれば頭のてっぺんに泥がつくんだ」

 不思議そうにつぶやいていると、ふいに依頼主の映像が映った。


(ふん。ダール自らか。それとも腹心の部下か。どっちにしても見る価値のない連中ばかりだ。私利私欲に狂ったハイエナどもめ)

 心の中で悪態をつくと、スクリーンのほうは見向きもしなかった。最も、内容はそばだてて聞いていたが。

 目は砂が計器類に落ちていないかとうかがい、手はパットの頭を支えて砂を払うのに忙しかった。


「おい、パット。砂山につっこんだのか。すごい量だぞ」

「んーっ、ちゅがひゅのお。ひゅっくゆりかって、きゅるきゅるとおまみゃわって(違うの。ひっくり返って、くるくる回って)はふっ」

 パットは涙が出るほど大きなあくびをすると、ゴミ箱を下に落とし眠り始めた。


 ふと何げなくスクリーンを見、また視線をもとに戻した。が、突然パットの頭を離すと前に向き直った。その拍子にパットは肘掛けに額をぶつけたが、リシューの黒い瞳は、目の前に映し出された人物に釘づけになっていた。


「パ……ル……!?」

 信じられないようにその名を呼び、不鮮明な画像を見つめた。


 昔の思い出が鮮やかに甦ってきた。

 顔は以前と変わらない面影を宿していたが、りりしく、たくましく成長した姿がそこにあった。

 広くなった肩幅、丸みのあった輪郭も線が鋭く、いかめしくなった。

 朗々たる声は、より深みをまし、しゃべり方も以前と変わらず穏やかだった。

 しゃべるたび長くまっすぐな真珠色の髪が胸の前で小さく揺れる。


「パルだ。間違いない」

 横線が入ったり、時には消えかかったりしたが、パルだと判断するには十分だった。喜びの顔が一瞬にして、思案顔になった。

(なぜ、パルがここにいるんだ)

 再生ボタンを押し、最初から食い入るように見つめた。


『わが友シルバーフォックス、お元気ですか? これより話す伝言を受けしだい、ただちにリラへいらして下さい。心よりお待ちしております。では、わが君ダール王のお言葉をお伝えします――シルバーフォックス、急を要する仕事を頼みたい。報酬は、思いのままだ。大至急リラへこられたし。以上だ。ダール――ダール――ダール――』


「な、何だって、パル!! わが君だと! あのダールがお前の王だと言うのか!?」

 怒りをこめ、機械を拳で打った。再生がそのまま作動し、同じところばかり回った。

(なぜだ、パル。何がお前の身に起こったんだ)

 力強く目をつぶると、両手を顔の前で組んだ。疑問はますますふくらむ一方だった。


「ねぇ、リシュー、パルってこの画面に映ってる人なの?」

「ああ、そうだ」

「かみの毛長くて、ミルク色だけど女の人なの? 雪の女王みたいにきれいだね」

「いや、男だ」


「ふうん、本当だ。ようく顔を見たら、とてもハンサムなお兄さんだね。ボク、大きくなったらこんな人になりたいな。すごくきれいなかみだし。ねぇ、リシュー、この人みたいにボクもかみを長く伸ばしてもいい?」

「ああ、パッ……何だと。いや、だめだ、だめだ。お前の髪はただでさえはねっ毛で、朝起きたらライオンのたてがみか、鳥の巣みたいになるんだぞ」

 立ち上がると映像を消した。


「お前、寝ていたんじゃなかったのか。パルだと、なぜ、その名を知っているんだ」

「うふっ、何だか知らないけど目がさめたの。ちょっとおでこがいたいけど。ねぇ、リシュー、大声でパルって呼んでたけど、このお兄さんと知り合いなの? リラの人なの? ダール王ってどんな人なの?」

 横に立っているリシューを、期待をこめ見上げていた。


 リシューは、黙っていた。

 複雑に並んだ計器類を凝視しているその目は、パットの知らないところを見つめ、考えこんでいた。

 こんな表情をしている時は、何を言っても無駄で怒られるとわかっていても、またしばらくすると話し出さずにいられないのがパットだった。


 ピーッと音がして他の三件の依頼者たちからの伝言が次々とスクリーンに映った。

「よお、フォックス――」

「元気か、ふとっちょ――」

「やあ、シルバーフ――」

 すべて途中で消すと、いらいらしながら怒鳴った。


「うるさい! グレース、リラ星からのメッセージ以外、全部消してしまえ!」

「リョウカイ」

 比較的ゆったりとしたコックピット内をウロウロと歩き回り、一心不乱に考え事に熱中していた。


「ねぇ、リシュー、パルさんってあの宝石箱に書いてあった名前と同じだね。同じ名前の人ってたっくさんいるの? ボクと同じ名前の人ってどんな人かな。顔がもし同じだったら、ふたごになるの?」

「ねぇ、リシュー……」

「黙っていろ」

「はあい、リシュー船長」


 お気に入りの座席で膝を抱えながら、計器類や天井に埋めこまれた文字盤を眺めていた。やがて、何事もなかったかのように口を開いた。

「ねぇ、リシュー、もしかしてこのパルさんって人がリシューを呼んでるの? じゃ、もちろん行くよね。でも、いいな。お友だちから連絡があるなんて。うふふ、ちゃんとその人のこと覚えてくれてるってことだもんね」


 無邪気なものではあるが、ぴんと張りつめた糸を持ち続けているようなリシューにとって、パットの存在は、意味のない会話は、その糸を解きほぐす結果になっていたのである。


「もう一度、感じのいいパルさん見よう。えっと、どのボタンだったかな」

「お前、まだ船の操作手順がわかっていないようだな。ピンクのひし形のボタンを押してRだ」

「はあい」


ボタンを押した後、パルの姿が再び映った。リシューは、操縦席に座るとパットにたずねた。

「パルをどう思う?」

「雪の女王さまみたいにきれいで、まっすぐなかみ。ボク、好きだよ」

「どんな人物に見えるかと聞いたんだ」

「だって、リシュー。ボク、会ったことがないんだもの。わかんないよ。でも、リシューのこと覚えてくれてる人だもの、いい人だよ。きっと。そんな感じがするよ」

 夢見るように、にっこりほほえんだ。


「ふん。この野郎、何もやらんぞ」

 パットの肩に手をかけ、大声で笑った。そして、真剣な表情をすると言った。

「そうか、会ってみないとわからないか……そうだよな。自分の目で確かめないと、な。よし、決まった。パット、リラ星へ行くぞ」


 リシューは笑っていた。が、その顔をじっと見ていたパットは、いぶかしげに首をかしげた。

「何だ、うれしくないのか?」

「う、うれしいよ。ボク……」

「お腹がすいたのか、眠くなったのか。どっちでも、もう少し我慢をしろ」

「う、うん」

「さっそく、飛ぶ準備だ。グレース、コントロールタワーと連絡をとってくれ。リラ星へ出発する」


「わーい」

 パットは手をたたいて喜んだ。

(良かった。いつものリシューだ。さっきはとてもさびしそうに笑っていたから)

 安心すると、心の中でうれしそうにつぶやいた。


「じゃあ、ボク、船の点検してくるね」

「ああ、パット。誰にもリラ行きを話すなよ」

言った後で、ここは密閉された区域で、誰とも接触できないことを思い出した。(そうだった。これならパットがしゃべりたくても無理だな)


「うん。ねぇ、リシュー、リラ星はどんなところなの? ボク、とっても楽しみだな。ねぇ、パルさんみたいに雪の女王みたいな人がたっくさんいるの? 前、行ったことがあるの? あれは、本当に自分のかみなのかなあ」

「転ぶなよ」

 全然関係ないことを言うと、計器類を手慣れた仕草で異常がないか調べ始めた。


「大丈夫だよ。じゃ、倉庫に行ってくるね。本当に楽しみだね」

 鼻歌まじりに出て行った後、床にひっくり返る大きな音がした。

「脳天気パットめ」

 目をつぶると、小さく首を振った。


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