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第一章  フォックスの憂鬱  3

ジュージューと香ばしい匂いのする肉を皿に乗せ、

「ほら、できたぞ。お前さんの好きなメニューばかりだ。全部食べるんだぞ」

ビビは、マッシュポテト、カボチヤスープ、デサ鳥の唐揚げ、瑞々しい野菜サラ  

ダ、そして盛りだくさんの色鮮やかなフルーツを次々と出し、最後に大きな丸いふ

わふわのパンを切らずに肉の横に並べた。


「ああ、ありがとう。おじさん」

礼をのべるとリシューは、美味しそうに食事をたいらげていった。


 一息ついたところで

「ところでおじさん、リラ星のことを詳しく知っている人はいないかな。今日はそれが聞きたくて寄ったんだ。ここは、いろんな情報が逸早く集まるところだからな」


「リラか……。たしかずっと前から内乱が続いている星だろう。どうした、まさか仕事か?」

「ああ。できればひそかに入りこみたいんだが」

「何だって!?」

 大声を出したことに気づきあわてて口を閉じると、周りの様子をうかがいながら言った。


「どんな仕事か知らないが、やめたほうがいい。ぶっそうなうえに、えらく警備の厳しい星と言うじゃないか。おまけに内乱の真っ最中だ。何が起こるかわからん。カルザス星域から帰ってきた連中は、皆ぶつぶつ文句を言っておったぞ。近づいただけであらぬ嫌疑をかけられたとか、いきなり攻撃を受けて積み荷の半分を失ったとか。まあ、わしに言わせりゃ命があっただけめっけもんさ。あそこは辺境の星だが、輝宝石が水みたいに湧き出るところだからな。ほれ、いつだったかどこかの命知らずが忍びこもうとして、レーザー銃でやられたそうじゃないか。そこらにあるような代物じゃなくて、S・R・R型の改良版だと」


 ちょうどその時ビビは背中を向けてしゃべっていたので、リシューの表情がさっと変わったことに気づかなかった。注文の入った野菜を手早く洗い、フライパンで炒めながら話を続けた。


「まだ見たことはないが、噂じゃ一瞬のうちに何十人もの命を奪うとか。恐ろしい話だなまったく。たぶん、イッシ星から取り寄せたはずだ。あそこは次から次へと新しい武器を造るからなあ」


 リシューは、黙っていた。

 その目はどこか遠くを見つめ、何かを考えているようにグラスファイバーのバラ

の花を凝視していた。


「ん、リシュー、どうした。あまり食べていないようだが」

「いや、もう十分だ。とても美味しかったよ。ありがとう。腕は落ちていないようだなビビおじさん。昔と同じ味だ――じゃ、そろそろ失礼するよ。元気で」


 金貨を一枚差し出し席を立った。

 それをリシューの手の中に押し返しながら、真面目な口調でビビは言った。


「これはもらいすぎだ。それにいらないよ。今度きた時払ってくれたらいい。なあ、リシュー。親父さんと同じことを言わせてもらうが怒らんでくれよ。お前さんの進むべき道は、他にあるんじゃないかと思うんだ。お前さんがここへ入ってきた時、正直言って体がふるえたよ。てっきり、スターの人間だと思ったからね。それほどこの場所とお前さんはそぐわんのだ。そうだな古い言い回しだが、泥の中の真珠ってことだ」


「あはは、そんなにいいものじゃないさ。ありがとう、心配してくれて。でも、俺は、小さな頃から親父の仕事を見て育ってきた。良い面も、悪い面もすべて見て。一時中断はあったが、親父が亡くなるまで一緒に仕事をやってきた。だからこそやめられない。いいや、やめてはいけないんだ」


 最後の言葉がどういう意味かわからなかったが、真剣な表情にビビは黙った。

 やがてため息をつくと 


「やれやれ頑固なところは、親父さんにそっくりだな。そうか……いろいろ考えることもあるんだろう。わしとしては、今の仕事をやめるのが一番いいと思うがな。リシューの決めたことだ。もう何も言わんよ。だが、危なかっしい仕事だけはしないと約束してくれないか。リラ星へは行かないと」


 リシューは、ひそかに息をのんだ。やがて口を開くと言った。

「ああ――約束する」


「そうかそうか。それを聞いて安心したよ。これで夜もぐっすり眠れるってもんだ。お前さんなら“シルバーフォックス”の名を良い意味で広げていくだろう。ジムの時代は、ちよっとばかり悪いほうで広まっていたからね」


「ふふっ、今も時々昔のなじみ客から仕事を頼まれるよ。俺を親父だと思ってね」

 二人は、顔を見合わせて笑った。


「体に気をつけてなリシュー。お前さんは、他の奴とは違う……」

「ああ、肝に銘じているよ。じゃあな、ビビおじさん。またな」

 リシューは、小さく笑いきびすを返した。


 歩き始めたリシューの後ろ姿に向かって、ビビは言った。

「この星にきたら必ず寄るんだぞ。いいな、困ったことがあったら、好きな人ができたら……何でもいい。何かあったらわしを思い出せよ、リシュー」


 返事をしたが、けたたましい音にかき消された。

 リシューは片手をポケットに突っこみ、空いた手を大きく振ると、そのままきしんだ扉を開けた。そのとたん、つめたく湿っぽい空気が全身をすり抜け、少し立ちどまったが、何かを吹っ切るように思いきり階段をかけあがった。


「シルバーフォックスは、重い足かせだな。リシュー」

ビビは深いため息をつき、つぶやいた。

 そして、花瓶の横に置いてある金貨を見つけたのだった。


「ふうっ……」

 雨の降った後の独特な匂いが辺りにたちこめ、吐く息までじめじめとしていた。

 林立する対岸のビルの間を縫うように色とりどりの電気が縦横無尽に走っている。

 上空では闇に紛れて灰色の雲が重くたれこめ、今にも降り出しそうな気配に包まれていた。


 その中をチカチカと赤い光を投げかけながら、定刻通りに出発した一隻の貨物船がゆっくりと飛んで行くところだった。


(ぶっそうなリラ星か)

(どこで聞いても同じような答えしか返ってこないな。情報はゼロに等しい。と、なると残る道は一つしかないが……)

 

 上から大型エア・カーの宙を切った風が勢い良く流れこみ、リシューの髪を揺らした。その拍子にペリドットのピアスがライトをはじいてきらりと光った。


 音もなく雨のしずくが水たまりの中へ消えていく。

「また雨か」

 街灯ランプの明かりに照らされながら、すぐ横を黒ずんだ緑色の川がとうとうと流れていた。

 リシューは、しばらく無言のままその場に立ちつくしていた。


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