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エピローグ

「リトゥ・フォルデル・ルルーン」

 パルは、ハッチが閉まる寸前大声で言った。

 シルバー号は大きな砂煙を舞い上がらせながら飛び立った。

 様々な想いを、それぞれの胸に秘めながら。

 さびしげな笑いを浮かべ、じっと食い入るように船を見上げていた長身のパルの姿が徐々に遠去かり、やがて一つの点になった。


 リシューは微動だにせず、リラが星のまたたく世界の端に消えていくまでスクリーンから目をそらさなかった。

 そして――

 かみしめるように先ほどのパルの言葉をゆっくりと思い返していた。


『王を見送る式がなければ他の人々もあなたを送りにきていたでしょう。あなたの勇敢な行動で私たちは救われたのですから』

『……いいえ、ホワイトブルーはなくなったりしません。今頃は、次の王のもとへいってることでしょう。その者こそ真の指導者。宝石を持つことができなかったわが君は、それ故王になれなかったのです……ふふっ、そうです。石が、王を選ぶのです』

――――神秘的なパル


『愛する王子たちのことは、一日たりとて忘れたことはありません。いずれ、時がくれば私も旅立つでしょう。今はその時機ではないので。あなたが会われたのは間違いなく王子たちでしょう。幻でもいい。私もお二人にお会いしたかった。レミ王子には感謝しかありません。大事な人の傷を治してくださったのですから。ふふっ、何ですか? 歯の浮くようなせりふ? おもしろい表現ですね……それよりもバイスがこの件にかかわっていたとしても、これはわがリラの問題。あなたには何の関係もないのです。軽はずみな真似はやめてくださいね。バイス協会は侮られません。会員一人一人の動向をチェックしているふしがあります。どうかお気をつけて』

――――慎重なパル


『……ええ、名も姿も知りませんが、確かにわが君は我々の知らない秘密の暗証番号を持っていたようです。こういう状況では、もう調べようがないですが。その者が愛する王子たちを手にかけた張本人です。ふふっ、誰か、まだわかりません。あなたには隠し事はできない。その黒曜石の瞳で見つめられたらね。さあ、これですべてです。とうとう私の口から全部聞き出しましたね。あなたは策略家だ。私が何に一番弱いかを知っている』

――――鮮やかなパル


『元気をだして。いつまで嘆いていてはパット君が悲しみますよ。お元気で――私のサフラン――今度会える日を楽しみにしています……』

――――あったかいパル


 夢見るように、その名をつぶやいた。

(俺の仕事は、いつ終わるかわからない)

(だけど、いいさ……いつまでも待つって言ってくれた……)

 瞳を輝かせ、明るい口調で言った。

「俺、お前を好きになって誇りに思うぜ」


 

 分厚いファイルからリラ星の依頼内容が記されたページを取り出すと、赤インクで×マークをつけ、そして、足元の広い引き出しにあるシュレッダーにかけた。


「さあ、これで終わった。――おい、パット、次はこの星へ行く……」

 ページを指さしながらはっと気がつき、主のいないぽつんと空いた座席をぼんやりと眺めた。

 しんと静まり返ったコックピット内は異様に広く感じ、寒々とした空気が漂っていた。

「そうだった……あいつは、もういないんだった」


 ため息をつくと、急いで席を立った。

 床にひびく靴音が耳に焼きつき、調理室へたどり着くまで何時間と経ったみたいな気がした。

 無言のまま転がっているカフェオレのパックをつかみ、一人でマグカップに注ぎ、一人で飲んだ。


(なぜかな、好きな飲み物なのに、おいしくない……)

 散乱している食料や食器には目もくれず、早々に立ち去った。

 うつむきかげんに歩きながらマントを引き寄せ、考え事にふけっていたが、かすかな音に足を止めた。長年の習慣で壁にぴったりと身をひそませ周りをうかがった。


(誰かがいる!?)

 ぴんと張りつめた静寂の中で、自分以外の人間の気配が確かに感じられた。

(一体どこから入ったんだ。ハッチは俺とパットしか開かないはず)

 乗りこんだ時、船内を一巡しなかったことを悔やんだが、すぐさま善後策に講じた。


 コックピットは、部外者が入ってくればグレースが警戒音を出すので除外し、息を殺したまま自分の部屋からチェックした。

(変わりなし)

 いつもと同じ様子に次は隣のパットの部屋へ向かい、銃をかまえて飛びこんだ。

 部屋の中は、誰もいなかった。感傷的な気持ちが押し寄せてきたが、それを無理やり断ち切り、通路に戻ろうとした。


 その時、何かがよろめいて倒れる音がした。

 続いて床をずるずると這いまわる音にぎょっとしたが、銃を持つ手に神経を集中させ、意を決すると通路に飛び出た。

「誰だ! うわっ!」


 すぐ側に丸くうずくまった塊があり、よける間もなくそれにつまずいた。

「ふわああ、あふっ……ん、いひゃいよう、りひゅゅう……」

 そこにパットがいた。

 大きなあくびをしながら涙を流し、眠そうに目をこする動作を、リシューは呆然と眺めていた。

「し、信じられない……」

「お前は、パ、パットか!?」


「ボク……ふわあ、うん、パットだよ。忘れたのリシュー? それとも、あれから何百年もすぎてぜんぜん違う人になってるの? ボク、気の遠くなるくらい眠ってたみたい……ふわああ、ねぇ、ボクの知ってるリシューなの? 本当は女の人なのに男みたいな性格で、乱暴で、階段を二段とびで駆け上がり、自分のこと俺と呼ぶリシューなの?」

 一方的にしゃべるだけしゃべると、丸くなって眠りはじめた。


「これだけ俺のことを知って一気にしゃべるのはパットしかいないと思うが、最後の決めては」

 ポケットからチョコバーをつかむとそれで手をつつき、食べるかとたずねた。

 まぶたの腫れた瞳をぼんやりと開け、一度閉じたが、すぐさま大きく見開いた。


「うん、食べる! これ、くれるのリシュー、わーい、ありがとう! じゃ、ボクの知ってる男みたいなリシューなんだね。おなかがすいて食べ物探しに行こうと思ってたんだけど眠くて眠くて……夢の中に住んでる気がしてたんだ。おいしい」

 急いで飛び起きると、チョコバーをにぎりしめ、うれしそうにほおばった。

 その様子に確信をもち、驚愕と同時に喜びをこめて叫んだ。


「こ、この食べ物に対する執着は、間違いなくパットだ! お前、い、生きていたのか!!」


「――さあ、どういう経緯でここにいるのか詳しく話せ。いいかげんな答え方をしたら承知しないからな。どうした、まだ夢の中を彷徨っているのか」

 パットをコックピットの席まで連れてくると強引に座らせた。

「う、ううん、おめめぱっちりだよ。なぜか、いつにもましてこわいリシュー。ボ、ボク、も一度夢の中に戻りたいよぉ」


 ちらと上目遣いでリシューを眺めた。

 彼女はうるさそうに髪をかきあげ、背もたれに軽く身を預けると腕を組んだ。

「さあ、話せ。王の居城にいたお前が、どうして船の中で寝転がっていたんだ!」

「あ、あのね、ボクもどうしてシルバー号にいたのかわからないの……う、うそじゃないよ。本当だよ」

 怒られる気配を敏感に察したパットは、すばしっこくいつものように機械の下にもぐりこみ、大声で訴えた。


「パット」

 床にかがんだ時、パットの後ろズボンのポケットが異常にふくらんでいるのに気づき、暴れる彼を怒りながら中の物を取った。

「これは、ホワイトブルー! お前、どこで拾ったんだ?」


「えっ、ほ、本当だ。レミたちの大事な……どうしてここにあるんだろう? ボク、知らないよ。本当だよリシュー。ボ、ボク……炎の中でレミ王子さんとファルダ王子さんに会って……気がついたらこのシルバー号の倉庫にいたんだもの。眠たいし、おなかすくし、夢の中にチョコレートやクッキーが浮かんでくるの。だから必死で食べ物探してたんだ……そしたら、リシューがあらわれたの。ねぇ、リシュー、二人の手がボクの体にふれた時ね、とってもあったかくなって、ついうとうとと寝てしまったの。ねぇ、レミたちの手、あたたかかったよ。この表現おかしいかな。本当はつめたいんだよね。あのね、レミたちがリラに着いた時パパとママが迎えにきたんだって、とってもうれしそうだったよ。だから、ボク泣くのやめたの。ねぇ、リシュー、リラって、とっても不思議な星だね。ボク、も一度行ってみたいな」


 リシューは、頭を抱えながら黙って聞いていた。

「それからね、リシューにありがとう――って言ってたよ。どうしたのリシュー?」


「ははは、やっぱり驚くぜ。石がきらめくだったか。宇宙はまだまだ広いってことだな。信じられないことや、知らない世界が山のようにあるようだ。未だに納得できないが事実だから……な」

 ぼんやりと計器類に目を移し、夢想にふけっていたが、ふと風とともにいなくなった少年たちの姿が頭をよぎった。

 きれいな顔だちをした兄と、いたずらっぽく笑う弟の仲のいいその姿を。


「おい、レミ王子は銀の髪の……」

「なあに、リシュー?」

 くるくるよく動く青い瞳を向け、にっこりと笑った。

「いや、いい。ひとりごとだ」

 リシューは口をつぐみ、二度とその件にはふれようとしなかった。


『……あなたにはまた不思議な話だと思われるかもしれませんが、王の居城が燃える前、地震があったことを覚えていますか? 兵士の話では、揺れていたのは居城だけだということでした……』

 パルと別れる寸前、彼の言葉が急に思い出され、じっとパットの瞳をのぞきこんだ。


「お前の目は、青色、だな?」

「うん……じゃなくて、はい、そうだよ」

(揺れる前、一瞬パットの瞳は金色に見えた……ふん、なぜパルの言葉とだぶらせたんだ、俺は――現に、今はいつもと同じ空の色じゃないか)

 軽く首を振ると、思案気に瞳を閉じた。

(まさかな。ただの勘違いだろう)


 だしぬけに、パットがたずねた。

「ねぇ、リシュー、ボクがいなくなった時、心配した?」

「ふん」


 きまり悪そうに頭をかき、知らないそぶりをした。が、真っすぐ見つめてくるパットと目が合った瞬間、大声で笑い出した。

「あははは、ああ、そうだ。心配したぜ。この野郎。ロボットを買いそこねてしまったぜ」

 パットの頭を腕に巻きつけわしゃわしゃなでると、コックピット内は明るい笑い声に包まれた。


「ねぇ、リシュー、どうしてこの宝石がボクのポケットに入ってたの? ボク、不思議だな。それにどうして船の中にいたんだろう? 寝てる間に夢がボクを船まで運んでくれたのかなあ。ねぇ、リシュー、この石ってすっごくきれいだね。青い光がキラキラしてて、じっと見てたら海の住人になった気がするの。ねぇ、リラの宝物だから早く帰さなくっちゃね」


「ああ、そうだな。ジェット郵便でも送って……」

 燦然と輝くホワイトブルーを小袋にしまうその手が止まった。


『……石が王を選ぶのです』


「ねぇ、リシュー、パルさんてとっても背が高かったね。ボク、あの人好きだよ。やさしく抱き起してくれたんだ。マントかぶっていて顔は見えなかったから、はっきり見たかったな。ねぇ、リシュー、あれからどうなったの? パルさんは? ダール王は? 仕事は?」

「ふん、長い航海だ。ゆっくり教えてやる」


 安心したようにキュッと袋を締め、目をつぶった。

(まさかな。パルの言葉だが……どうしてもこればっかりは信じられん。この脳天気に限って)


「じゃあ、ボク、ごはんの用意してくるね」

 走りかけていた足を止め、振り返った。

「ねぇ、リシュー、今、気がついたんだけどそのマント、パルさんのと似てるね。どうしたの?」

「ああ、彼からもらったんだ」

 髪をかきあげウィンクすると、無造作にファイルをつかんだ。


 その様子を見ていたパットは興奮した面持ちで手をたたいて喜び、首をかしげてたずねた。

「ねぇ、リシュー、次はどこへ行くの?」

「――砂漠の星、ドュ・ラダーズ」

 ページをめくっていたリシューは、スクリーンに映る銀河群を凝視しながらつぶやき、音をたててファイルを閉じた。


(果たす仕事がすべて終われば……)

(次の目標は……バイス)

 秘かに心の中で誓うのだった。


 パットは、とびっきりの笑顔で言った。

「ボク、旅の終わりはきらいだけど、新しい旅のはじまりは大好き!」


 貴重な時間を割いてお読み下さりありがとうございます。

 本編はこれで終わりですが、その後をちょこっと書かせていただきます。

 最後までおつきあい下さいますようよろしくお願いします。

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