第一章 フォックスの憂鬱 1
「シルバーフォックス!」
リシューはいつもの仏頂面で、黒いロングコートを引き寄せ、路地裏へ向かった。
同色系のシャツとズボン、髪も黒く、ひざ上まであるブーツだけがモスグリーンだったが、コートの中に隠れ、まるで闇にとけこんでいきそうないでたちだった。
腰のベルトにさしたレーザー銃はいつでも抜けるようにと確かめた時、ふいに大声でその名を呼ばれた。
横道からぬっと大きな影がいくつかあらわれ、リシューの行く手をさえぎった.
俊敏に一歩しりぞき、低く口笛を吹くと、素早く相手の人数をかぞえた。
(二……四人か。殺気はないようだな)
今にもショートしそうな弱々しい街灯に浮かびあがった体格のいい男たちは、みな凶悪そうなふてぶてしい面構えをしており、闇の住人らしく危険な匂いがたちこめていた。みにくくへつらった笑いを向け
「おい、お前、シルバーフォックスだろ?」としゃがれ声で一人の男がたずねた。
「知らんね。俺の名はリシューだ」
「へへっ、本名なんてどうでもいいさ。この世界じゃ通り名で呼び合うのが普通だからな。なあ、フォックス」
「そんな名は知らねぇよ」
「何言ってやがる。おれたちは空港でちゃんと見たんだ。この星におりてくる銀色の宇宙船をな。もちろんハッチの横にあるバイスの鳥の羽のマークも確かめたぜ。それに隠しているが、腰にさしている銃。それが何よりの証拠じゃねえか。堂々と持ち歩けるのはおれたち組織の人間だけだ。善良な一般人は、そんな物は持ってねえぜ」
ピピピと腕時計に仕込んだ銃解明装置を止め、男が呆れたように言った。
「ふん、やっぱり持ってやがったな。しかも旧式のピーターPW型。用途は広いが、殺傷能力は低い。そんな銃を使ってる奴は、お前さんぐらいだぜ」
ぽつんと一粒のしずくが頭の上に落ちたとたん、しだいに音をたてて雨が激しく降りはじめてきた。
リシューはうっとうしそうに肩まである黒髪を後ろへやり、切れ長の黒い瞳を光らせると、男たちをながめた。
「おれたちだってバイス協会の一員だからな。それくらいは知ってるさ。おめえが優秀な戦士――青薔薇のメンバーの一人だってこともな。おれたちは同業者だ。仲良く手を組もうじゃねえか。ただ、思ったよりおめえがえらく若いんで聞いたまでさ」
なれなれしく肩にさわってくる男をにらみつけ、リシューはうんざりした様子でその手を払いのけた。
「報酬さえ出せば、どんな仕事でも引き受けるのがフォックスの流儀だったな。どうだ、いい仕事があるぜ。のらねえか?」
「おめえが仲間に入りゃ他の奴らものるはずだ。実はよ、金塊を積んだ輸送船が補給のため、この星へ立ち寄るらしいぜ。確かな情報さ。へへっ、組織の連中から直接きいた秘密事だからな。だが、こんな細っこい兄ちゃんがフォックスとはな驚きだぜ。噂じゃもっと太った男ときいていたが」
「とっとと失せな」
ぶっきらぼうにリシューは言った。
「な、何だとお!」
「ちったあ名が売れてるからっていい気になるんじゃねえ。この若僧が」
「失せなって言ったんだぜ。聞こえなかったのかい」
言い終わらないうちに銃を撃ち、男たちは叫び声をあげる間もなくアスファルトの上に次々と倒れた。
一瞬の出来事だった。
「ふん。しけた野郎どもだが、命まではとらないから安心しな――どんな仕事でもない。人を倒す以外だ」
銃をしまうと、ぶるっと額にかかる前髪を振り、じゃまそうに指でかきあげた。
そして、コートのポケットからきれいな紫色をしたビー玉を一つ取り、歩きざま後ろに向かって放り投げた。
「そのうち誰かが見つけてくれるだろうさ」
ビー玉は男たちの側にころころと転がった瞬間、目もくらむような閃光に変わった。そこだけが真昼の明るさとなり、赤や黄、緑のぱちぱち光る玉がくるくると回りながら辺りにはじけ飛び、最初に何百羽の小鳥のさえずり、ペンギン鳥、カバウマ、ライオンのやかましい鳴き声がひびき渡ったのである。
メインストリートを歩く人々は、路地からもれる音と光に何事かと騒ぎだし、パトロール中のキリンロボットが耳ざわりな音をたてながら、リシューの横を走り抜けて行った。
「ふふっ、コック長に怒られるな。ビー玉を使い過ぎるって。あれは、あいつのお気に入りだからな」
ちらと振り返るなり少し笑うと、そのままポケットに手を突っこみ、何事もなかったかのように雑踏の中へ紛れこんだ。
小さな雨粒が踊るようにはね、足元のくぼんだ地下水の入り口に勢いよく吸いこまれていく。
この星にしか降らない――緑色の雨――だった。
宇宙歴2089年。
ロール星は、今夜も雨が降っていた。