プロローグ
よろしくお願いします。
宇宙歴2086年
アンドロメダ系第二惑星――ロール
(きた!)
( 追手がやってきた!)
レミは、心の中で恐怖の叫びをあげ、弟の手をしっかりにぎりしめた。
「逃げるんだ、ファルダ! 追手がやってきた! 大丈夫、いつものように隠れていれば、きっとうまくいくよ」
「は、はい、兄さん」
雨のしずくがぽたぽたと落ちる迷路のような巨大排水口に、水たまりを乱暴にはねとばす大勢の足音と荒々しい怒声がひびいていた。
レミは忍び寄る殺意にきゅっと唇をかみしめ、祈りのことばを唱えた。
ぬるぬるする円形の壁を手さぐりで伝い、何度も足をすくわれながら、小さな二つの影が薄闇の中を逃げまどっていた。
背後ではレーザー銃の破壊音が徐々に近づいてくる。
「レミ兄さん、もうだめだ。走れないよ」
「元気をだすんだ、ファルダ。私たちは、ここでつかまるわけにはいかない。かならず逃げのびてふるさとへ帰るんだ。それまでのしんぼうだよ」
今にも泣きだしそうなファルダのふるえる手をやさしくつかみ、レミはささやくように、だが毅然として言った。
地下道のすき間から届くかすかな明かりに照らされたファルダの顔は青白く、何十日にも及ぶ逃避行のはて疲れきっていた。しかも雨と泥に打たれたマントは、薄汚れて重く体にのしかかり、何も口にしていないぶん足元がふらふらしたが、兄に心配かけまいとしてにっこり笑った。
レミはそんな弟が不憫で泣きたいような衝動にかられたが、穏やかな笑みを浮かべ、そっとファルダを抱きしめた。そのとたん彼の顔から不安と恐怖が遠のき、ほほに赤味が戻ってきた。
「ありがとう、兄さま……じゃなくて兄さん」
レミはただ笑って、弟の頭をなでた。
そして、二人は再び深い闇の中へ身を隠し、走り去った。
執拗な暗殺者の魔の手から逃れ、生きのびるために。
(そう、私たちは帰るんだ!)
(父や母の待つふるさとへ)
(なつかしいリラへ帰るんだ……)